ボタクリエの思索
ボタクリエは、棚から取り出したグラスに蒸留酒を注ぐと、わずかに口に含んだ。
普段は、執務中に酒を飲むことはない。
だが、普段とは違う思考が必要だと、考えられた。
今までの自分の経験に縛られない、発想が。
ボタクリエは、椅子に背を預けて、ぼんやりと考えを巡らせる。
今回声を掛けた家は、いずれも経済的に窮乏している中位以下の貴族だったはずだ。
その格からは考えにくいレベルの品が多数リストに上がっている。
討伐戦争時代の英雄級の装備など、中級貴族のもとに残っている理由がない。
何が背景か分からないが、上位貴族が下位の貴族の名を使ってまで、競うように強力な魔道具を差し出しているのだ。
帝都や周辺の都市で需要がある戦闘用魔道具は、警備や護衛に使えるような品である。
副次的被害を抑えるよう繊細な制御ができ、長時間の運用に備えて燃費がよく、交代要員の誰にでも使える容易な操作性を備えていることが求められ、強力な決戦兵器など出る幕がない。
外に目を向けても、昨今の帝国周辺は、いたって平穏だ。
強いて言えば、商都サルサリアとの貿易で摩擦が伝えられているものの、軍事衝突などはあり得ない。
サルサリアは、周辺の国家や都市への食糧供給を一手に取り仕切っている。
敵に回して長期間をしのげる国はない。
サルサリアは、交渉においてもしたたかだ。
痛い目にあわされた帝国貴族の一部には、サルサリアを屈服させろなどということを口にする者がいるが、破壊的な兵器など、後の報復が苛烈になるだけで、何の用もなさない。
その意味では、これらの魔道具が使いどころのない死蔵品というのは事実だろう。
帝国の上位貴族は、いずれも高位の付与術を使う。手元の魔道具を差し出しても、対価として新たな精霊石が手に入れば、より使い勝手のよい、最新型の魔道具を製作できる。
だが、貴族の側の事情は納得できるとして。
この大量の武具や兵器が集められたならば。
それは何処へ向かうというのだ……?
コン、コン。
突然のノックの音に、ボタクリエはびくりと背筋を引きつらせる。
「何用だ!」
驚きを誤魔化すように、つい声を荒げてしまった。
「ボタクリエ様、コルダ殿が、いらしております。」
いつもの秘書の声だった。
「……会おう。通してくれ。」
「応接室ではなく、こちらへ?」
「うむ。」
ボタクリエは、額に冷たい汗が浮いているのを感じている。
商会の配下達にも話せない内容が増えていく予感が、自室を選ばせた。
通されたコルダが、にこやかに挨拶をしながら入ってくる。
屈託のない笑顔だ。
「いやあ、またお約束もなしにすみません、ボタクリエさん。例の商談会が、もう目の前ですね。
何かお手伝いできることでもあれば、と思いまして。」
ドキリ、と脈が跳ねる。
お手伝い、……か。
「いえいえ、コルダ様の手を煩わせることなどできませんよ。商談会の当日、裏手からにはなりますが、出し物などを楽しんでいただければ。」
「そうですか。ま、私のような未熟者、商会の皆さんの足手まといにしかなりませんね。おとなしくしていますよ。」
「そういえば、しばらく帝都には、いらっしゃらなかったようですね。」
「あ、はい。ちょっと仲間のところへ遊びに行っておりました。新しい工房を立ち上げているところだとかで、作業を手伝ってきましたよ。」
「ほう、工房というと、魔道具ですか。コルダ様のお仲間となると、さぞや贅沢に石をお使いなんでしょうな。」
「そういえば、最初は、色々と魔道具を作ってもらうつもりで行ったんですがね。工房の立ち上げ騒ぎでバタバタしていて、結局魔道具を作っている暇はありませんでした。
そうこうしている間に、商談会の日にちも近づいてしまったので、お約束もありましたし、いったんこちらに戻ってきたところです。
そうそう、商談会の方は、楽しませていただくとして、お願いしていた取引の方は、どんな状況ですか?」