工房という名のダンジョン
この村の、もう一人のダンジョンマスターを訪ねます。
アラクレイは、村長と一緒に昨日の騒ぎの後始末というか、村人と手分けして周囲の様子を確認したりするそうです。
いやー、あの竜とか、一体どれくらい遠くから来たんでしょうね……。
ダンジョンのことを村長にお任せできたおかげで、僕の中ではすっかりお気楽モードです。
プラプラと歩いて、工房までやってきました。
「ケーヴィンさん、おはようございます。」
中に入っていくと、作業台の脇の小さな椅子に、小鬼が座っています。
「ゲギャ。」
立ち上がって、ぺこりと挨拶をしてきます。
……ケーヴィンが、使役している、店番でしょうか?
「ケーヴィンさん、呼んでもらえますか……?」
一応、言葉も通じているようです。
「グギャ。」
作業台の隅に、小さな念話の魔道具が置いてあります。
小鬼は、そこに向かって話しかけています。
少し経つと、部屋の奥の物陰から、ケーヴィンがゆっくりと現れました。
「ああ、ケーヴィンさん、おはようございます。ゆうべは、ちゃんとご飯、食べましたか……!?」
途中から、声が裏返ってしまいました。
ケーヴィンが、ケーヴィンとは思えないようなたたずまいなのです。
いつものボロじみた服とボサボサと伸びた髪は変わっていないのに、どことなく色気のある表情、しなやかさを感じさせる立ち姿です。
鼻歌交じりの声も涼やかで、だらしなさの中に人をたらし込むような、名うての優男のような雰囲気を帯びているではありませんか。
こ、これも、村長さんに続いて、ダンジョンの力なのでしょうか……
でも、魔道具工房にこの色気、必要ですか?
と、何やらおかしな声が聞こえます。
「誰よ、コイツ……? この男の知り合い? 石のこととかどこまで知ってるのかしらね。」
ケーヴィンの、首の後ろ辺りから聞こえました。
ピンと来て、ケーヴィンの肩に手をかけます。
「ケーヴィンさん、ちょっと内緒の話があるんですけど。」
「ん? なんだい?」
僕の方が背が低いので、耳を寄せようとしてケーヴィンがしゃがみました。
あ、吐息からも、なんだか甘い匂いがします。
え、なんで僕の背中に手を回すの、ケーヴィン……?
ダ、ダメですよぅ。
「剥奪」
首筋に触れながら、術を行使します。
スッと、濁った小さな石が取れました。
ケーヴィン、たちの悪いのに取りつかれてたみたいですね。
立ち眩みにでもなったかのようにケーヴィンは座り込み、少ししたら、あれ?と言いながら立ち上がりました。
「コーダ? いつから居たんだい? おや? 僕は、下の工房にいたはずで?」
混乱していますね。
それに、いつものケーヴィンに戻っています。残念な感じの。
「ケーヴィンさん、ちょっと悪い精霊に、取りつかれてましたよ。こいつです。」
石を見せてもまだ、とまどった表情が残ったままです。
「え? じゃあ、アレッタちゃんは?」
「誰です?」
「昨日、うちに押し掛けてきた、弟子入り志願の風妖精の女の子で…… 下かな?」
ブツブツ言いながら、エレベーターに乗り込もうとするので、慌てて追いかけます。
何だか顔を赤くしながら、こちらに目を合わせようとしませんね。
アレッタちゃん、ゆうべはゴニョゴニョ……
つぶやきながら、思い出し笑いのようにニヤニヤしています。
不気味です。
「ふーん、あれね、淫魔かその類よ。」
アビスマリアさんが教えてくれます。
「石を狙って入り込んだんじゃない? でも、あの絶魔体の箱は、淫魔じゃ持ち出すことも開けることもできないから、チャンスをうかがってたのよ。
さっき、コーダも仕掛けられてたじゃない。」
……地下室の片隅に、干からびたようになって転がっている淫魔を目にして、灰になったようにしょげかえったケーヴィンです。
僕まで悲しい気持ちになりました。
それにしても、いきなりダンジョンごと乗っ取られるところでした。
……いや、もう乗っ取られていましたね。
「ダンジョンマスターって、なんていうか、もっと大したものかと思ってたんですけど。」
「この工房は未完成だし。もっとも、ダンジョンから出たらただの人間だから。村長だって、半日も離れていたら、元に戻っちゃうわよ。」
ケーヴィン、色々な意味で、ますます引きこもること不可避のようです。