村長の覚悟
懐かしい、天井です。
いや、似ているけれど、違いますね。
目を覚まして、あの部屋とのちょっとした違いを意識するにつれて、戻れないんだという思いが、改めて体にしみていきました。
うん、もう寂しさはありません。
父様や母様には、また違う形でお会いすることもあるでしょう。
その日まで、ご健勝を。
意外な場面で、お別れの気持ちが湧いてくるものですね。
今までは、無意識のうちに考えないようにしてきたのかもしれませんが。
廊下の方から、いい匂いがします。
アラクレイか村長たちか、朝食を作っているようです。
軽く伸びをして、自分自身に浄化の術を発動させ、軽く上着のしわを伸ばしてから、昨夜食堂にしていた部屋に向かいました。
浄化でちゃんとキレイになるんですけど、何日も同じ服を着ているなんて、あの人たちが聞いたら、信じられないって顔をするでしょうね。
軽く朝の挨拶をしながら部屋に入っていくと、食卓についている一人に、目を奪われました。
誰!?
いや、誰かは分かるんです。
村長です。
昨日は、やつれて死にそうな顔つきになっていた村長が。
貧相な体に頼りない目つきでふらついていたあの村長が。
シュっと引き締まった顔や体に、知性と意志の共存を感じさせるクールな目元、自信と希望をあふれさせた温かな表情の、できる男感満点のナイスミドルとなって、そこに座っていました。
「サー・エリク、ちょっと、薬が効きすぎじゃないですか……?」
「いや、儂の薬湯だけでは、あそこまで人は変わらんぞ……。」
「ん? 寝てる間に、あたしの趣味も反映させといたけど、駄目だった?」
アビスマリアさんが会話に入ってきました。
「えーと。」
反応に困ってしまいます。
「だって、打ち合わせとかお願いとか、これからもあるわけでしょう? お互い、気持ちよく話を進めたいじゃない。
ほら、娘さんも息子さんも、なんだか尊敬の眼差しよ。奥さんなんて、惚れ直したって顔してるし。みんな幸せ、いいことじゃない。」
「それも、ダンジョンコアの力の一つってことですか?」
「あたしのっていうより、ダンジョンの力っていう感じかな。ほら、力のあるダンジョンの主は、不老不死になってたりするじゃない。
ダンジョンに生まれる魔素の一部を、マスターの生命力なんかに変換できるのよ。だから、あたしたちがいなくなっても働く力よ。」
不老不死って、簡単に言いますね……
どういう働きでアビスマリアさんの趣味が反映されてるのかはよく分かりませんが、確かに、ダンジョンの面倒を見てもらうんですから、短命で不健康では困ります。
驚かされる展開は、その後も続きました。
朝食の後、いったん家に帰った村長は、村の臨時集会を呼び掛けていました。
ダンジョンの今後の運用のこともありますし、僕達も同席させてもらっています。
そこでの村長の演説は堂に入り、滑らかなもので、誠実さを態度で示せばそういうことかという模範となるものでした。
「……霊樹の精霊は、地下のダンジョン、つまり精霊の里を騒がせることが無ければ、魔獣たちには地上へ干渉させないと約束してくれた。それに、門番としての、見返りもある。精霊の里に暮らす魔獣たちの、抜け落ちた牙や鱗、死骸の一部の採取を認めてもらえるということだ。
我々は、精霊の里の門番として、精霊の里と共に生きていく。それが、精霊の道の上に村を作ってしまった、我々にとって最善の途ではないか? 大いなる時の流れの中では、我々がここに住むようになってからの年月など、ほんの一瞬でしかないのだから……」
昔からダンジョンがあったっていう設定も、ちゃんと拾ってもらえてますね。
村人たちは、最初こそ騒いでいたものの、途中からは村長に陶酔する目つきの者が多数となっていました。
懐疑的な連中も、とりあえずは様子見というところでしょう。
素材については、いつの間にそんな約束を取り付けてきたのやら……
何しろ、後のことは、村長さんにお任せってことで。
おっと、もう一人のダンジョンマスターのことを、忘れてましたね。
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