火精家宝物庫にて
数々の魔道具、そして歴史と機密に満たされた火精家の宝物庫の中。
火精家当主、ゲキレティウスとその長男は、声を潜めて論を戦わせていた。
「父上。先ほどから申し上げている通り、失礼を承知で提案させていただきます。これらの品を手放し、新たな魔道具を導入すべきだと。グレナディン家は親戚筋でもあり、秘密は守られます。換価できれば、その一部をグレナディン家への支援とすることもできましょう。」
「しかし、火精家伝来の品だぞ。伝統や由緒ばかりにこだわるわけではないが、我が家の祖先は、真に力ある術者であり、かつての魔王討伐戦にも数々の活躍をなしたと聞く。その祖先が、敢えて家に残した魔道具を、軽々しく手放してよいものか……。」
「現実を見てください、父上。その魔道具自体、今の我が家には使える者がおりません。伝来の魔道具が使いこなせなくなっている、そのような事実が明らかとなれば、侮蔑や嘲笑どころか、後継者として失格の烙印さえ押されかねませんぞ。」
「我々の暮らしは、平和に慣れすぎた。魔道具も付与術も、怠惰と享楽に奉仕するものでしかなくなっている……。
伝来の魔道具は、生死をかけた戦いを幾度となく経験した者にしか使えぬ宝具。仮に戦となっても、物を言うのは宝具ではなく、新たに開発され、誰にでも使える兵器であろう。お前の言うことも、よく分かる……。」
常ならば威厳と自信に満ちたゲキレティウスが、いつになく長男の剣幕に押されている。
「先日の、倉庫街での古い魔道具の暴走騒ぎもご存知でしょう。中に収められていた魔道具の暴走を、魔道倉庫の防衛機能で、かろうじて抑え込んだのだとか。倉庫丸ごと、完全に崩れ落ちていたそうですよ。
一歩間違えば、近隣の倉庫を巻き込んで大変な事故になっていたでしょう。被害によっては、家や商会がつぶれるような賠償が生じることもあり得たのです。そして、我が家に残っている宝具も、同じ魔王討伐戦争時代の遺物なのです! このような品を対価を得ながら秘密裏に処分できる機会など、二度とありませんぞ。」
「ううむ……。」
「それだけではありません。話によれば、理由は不明ながら、風穴での魔道具の引き受けが断られているそうな。この先、力があっても制御が不安定な魔道具は、保管をしてもらう相手さえ見つからないやもしれません。」
ゲキレティウスは、腕を組んだまま、深く吐息をつく。
「グレナディン家を通じて、我が家の伝来の魔道具も処分してもらう、か……。
こんな時、コーディウスならば、何と言ったであろうな。あれは、付与術が使えぬくせに、時折、魔道具には妙なこだわりを見せおったからな……。」