地底の楽園
「ふわぁー! そーらだー! 」
変な声が出てしまいました。
丸っきり、外みたいです。
それも、どこまでも涼やかで光に満ちて、神々の住まう高原のような。
頭上の空は透き通るように輝き、緩やかな丘が視界の限りにうねりながら広がり、すぐ脇には巨大な霊樹がそびえ立ち、清らかな水が流れ、足もとからは草葉のささやかな音が。
風が、吹いているんですね……。
「すごいですね……。アビスマリアさん、これ、幻なんですか? どう考えても、階段を歩いて降りてきた地下にある空間とは思えないんですけど。」
「幻とはちょっと違うわね、本物よ。
……次元が圧縮されてるし、少し位相もずれてるのかな……? 時の流れも、少し遅いみたい。階段を下りるとそこは、精霊の里ってことね。」
「ええと……?」
「フロイデって言ったっけ。驚くわ。おとなしい精霊かと思ったら、なかなか貪欲じゃない。ここは、彼女の王国ってわけ。
一体、どれほどのイメージを抱えてダンジョンを生成したら、こんな世界が一度に作られるのかしら……。」
長いこと風穴に閉じ込められてる間に、延々と空想を広げていたんでしょうね、あの木は。
そんなフロイデの背中を、押しすぎたってとこでしょうか。
でも、それを実体化したのはあなたですよ、アビスマリアさん。
「いやー、フロイデは、明るくて広い場所に行きたいって言ってたんですよ。ダンジョンの中に連れてきちゃうんだったら、できるだけのことを、してあげたいなって思いまして……。」
「風穴で溜めに溜めた魔力が、半分くらい持ってかれたわよ。」
「はいはい、このお礼は、いつかしますよ。」
霊樹の幹に、手を当ててみます。
さっきまで種だったのに、一瞬でこんな巨木になっちゃいました。
てっぺんが、見えないくらい。
さわさわと、枝の葉がこすれあう音がします。
くすぐったがっているような、恥ずかしがっているような。
いやー、乙女の木っていうにはゴツ過ぎますけどね……
大の男三人でも、幹を抱えきれないでしょう、これ。
あ、はらはらと一枚葉っぱが落ちてきました。
持っていけってことですか? はい。
「ところでコーダ、何が目的だったか、忘れてない?」
「あ、いけない、いけない……」
「あたしは、思いっきり力を使って、気持ちよかったし、いいけどねー。その代わり、何が訪れてきても、文句言いっこなしよー。」
んん?
「そうそう、上の階の通路も、大きく広げておかないと、大物は通れないわよ。」
そうでした。
急いで階段を上っていきます。
階段も、同時に幅を広げていきます。
三十メートル? 宮殿の正面階段みたいになっちゃいますけど? 必要なんですかね。ふーん。大勢同時に通れるようにってことでしょうか。
通路も、同じくらいに広げていきます。高さも、十メートルはあるでしょう。
両脇の部屋の中身はそのまま、中央の通路だけを後から広げていけるというのも、ダンジョンコアの力ならではですね。
地底の空間と、地表近くの――「詰め所」と呼ぶことにしましょうか、の間には、簡単な魔道ゲートを設けておきます。
扉の大きさを自在に変えられる、柔らかな膜のようなものです。
入り口の近くまで通路を広げていったところで、アラクレイが外から降りてきました。
なんでしょう?
ぎこちない歩き方ですね。
まるでゾンビにでもなったかような。
「アラクレイさーん、どんどん中に連れてきてしまってくださーい。」
その後ろには、村長さんと…… なんか色々な影がついてきてますね。
さっき地上で見かけた、オオカミ型の魔獣の群れ、クマ、シカっぽい何か、大型のネコやアルマジロ?、ヘビやトカゲ、あまり見たくない人より大きな昆虫や脚一杯の節足動物……
ハーメルンどころではなく、ゆっくりとしたモンスタートレイン、いや、フワフワと漂う霊体やら生き物なのかさえ姿からでは分からないドロドロしたものまで含まれていると…… 百鬼夜行です。
ダンジョンのお引っ越し、ってことがあれば、こんな光景になるんでしょうね、まさに。
「ダンジョンマスター、あのゲートの奥が、魔獣たちの住まいになります。その先のことは、中の霊樹の精霊が、下の世界での決まりごとを示してくれるでしょう。」