商談会第二会場
官房長の机の上の魔道具が、光を点滅させている。
通信の合図だ。
官房長が、手を滑らせるようにかざす。
「何用だ。」
「帝都衛兵長が、緊急の報告があると申しております。」
「今聞こう。手短にな。」
衛兵長の報告は、昨日から魔獣、魔虫が通常ではありえない頻度で帝都付近で活動していること、一部のものは地下から街区にまで入り込んだことを知らせるものだった。
室内のメンバーにも、共有できるように映像を映し出す。
「……何らかの、侵攻か。」
「いえ、組織だった動きはありませぬ。帝都めがけて集まって来たようですが、群れを成すわけではなく、現れた魔獣同士、魔虫同士で食い合う場面なども目撃されています。何らかの要因で、刺激され、誘因されたものと想定されます。」
ソチモワールの脇の官僚が、口にする。
「本格的な侵攻の前に、魔獣や魔虫に襲撃させ、こちらの対応力を見ようというところでしょうか……。」
ニングルム副隊長も、議論に参加する。
「逆に言えば、今はまだ、力押しで圧倒できるほどの勢力を蓄えていないとも考えられますな。」
「しかし、それならば秘密裏に活動しておけばよいはず。あえてこのような騒ぎを起こすとなれば、侵攻は近いと考えるべきでしょう。」
官房長は、いったん手を挙げて話を止めると、通信装置に向かう。
「衛兵長、現在の魔獣どもの集結は、どの程度の脅威と評しているのか。」
「いったんは集まりつつあった魔獣どもも、今は方向性を持たなくなっているようです。討伐の困難な大型のものは、都市から引き剥がすよう誘導できていますし、被害そのものは大きくならないでしょう。
ただ、都市城壁内部に侵入を許しており、目撃者も多数おります。市民への説明は必要になるかと思われます。」
「なるほど。引き続き対応と監視を頼む。」
「こちらの軍事的な対応力を試しつつ、体制への不信をあおるという複数の効果を狙ったというところでしょうか。」
「しかし、どうやって魔獣たちをこの都市へ……。」
再び、官房長のもとへ通信が入る。
「何か。」
「冒険者ギルド長より、情報提供だそうでございます。」
「聞こう。」
それは、帝都内部において、ダンジョンコアの力が発動された形跡があるとの情報であった。
「ダンジョンコアか!」
「どういうことじゃ? 儂は、ダンジョンのことには疎い。誰でもよい、説明してくれい。」
「ダンジョンコアは、巨大な精霊の力の塊です。ダンジョンの器を作り、魔素を供給します。魔素があれば魔獣や魔虫は強くなり、繁殖することが可能になります。ダンジョンコアの存在を知った魔獣や魔虫は、魔素を求めてそこへ向かう本能があるのです。」
「し、しかし、帝都内部でダンジョンとは一体?」
「それは、なんとも……。
先ほどの衛兵長のお話からしますと、相当に遠方にまでその存在を知らしめるほどのダンジョンコア。近隣で大きなダンジョンが討伐されたなどという話はありませんから、遠方から持ち込まれたものでしょう。」
「そのようなもの、並みの隠蔽では隠しておけまい。」
「それもあって、イジュワール様が狙われたということでしょうか。国境や都市城壁の魔力探知機構にも、イジュワール様の力が使われています。」
「周到に計画されたものと考えるしかないな……」
官房長は、口元にしばらく手をやったあと、矢継ぎ早に指示を繰り出す。
「帝室への報告は、私が行う。ダンジョンコアの捜索と勇者にまつわる調査も、こちらでやろう。ソチモワール、そなたはイジュワール様の不在の影響の調査と、市民向けの対応の検討を。シュッツコイ、ニングルム内部の洗い出しを行え。
今しばらくは、魔王侵攻の話は、ここにいる者のみの機密扱いとする。このメンバーの会合に、暗号名を定めよう。世間で話題となっているような言葉を当てておけば、何かの拍子に他者に聞かれても印象に残りにくかろう。」
「……そういえば、ボタクリエ商会が、有力な貴族たちを集めて魔道具の商談会を開くのだとか。芝居や演奏に宴が催されるとかで、話題となっておりました。会場もこの近くですし、我々の通常業務でも関わりがあります。『商談会第二会場』としてはいかがでしょうか。」
皆がうなづき、参集や連絡の方法などを打ち合わせておく。
「この国は、長く平和の中にあった。社会の仕組みは、すべて平和であることを前提に構築されている。大いなる危機が訪れた時、どのように仕組みを変える必要があるのか、それも考えねばな……」
官房長の言葉に、これから何が起ころうとしているのか、それぞれに思いを馳せるのであった。