魔王の復活
官房長は、疲れた顔つきを誤魔化そうともせず、二人を迎え入れた。
儀礼はすべて省略し、話を始める。
「二人しておとなしく入ってきたところを見ると、情報交換はできたものの、成果は上がらずというところか。」
ソチモワールが、応える。
「は。イジュワール様の不在は、ニングルムの機能に、深刻な障害をもたらしているとのことでございます。
そして、ニングルムの一部の者が今回の破精術を行使したのだといたしますと、イジュワール様の不在と無関係とは言いきれません。あまりに、タイミングが近すぎます。」
「むしろ、破精術の行使、つまり魔道具の破壊を行うために、イジュワール様に対しても何らかの攻撃がおこなわれたということか。」
「可能性は、否定できません。」
「となると、魔道具の破壊の目的が気になるところだが……。そちらについては、こちらで背景を調べさせた。」
官房長の脇の若い男が、かいつまんで状況を説明する。
「くだんの魔道具は、勇者蘇生の秘術に関わるもの。かつての対魔王戦争時代の終期に、勇者による討伐を支える重要な機能を担っていたとのことでございます。」
シュッツコイも、口を開く。
「その魔道具は、帝室官房の管理下にあったものでしょうか?」
「いや、それがな……。」
官房長の口は重い。
「かつては、勇者にまつわる秘術は、教会を束ねる神祇庁で厳重に管理していたらしい。だが、魔王討伐後、百年が経過している。それに、多数の勇者の存在は、帝国に非常に複雑な問題を生み出した。一種の禁忌となったといっても良い。
表と裏の両面で神祇庁の力はそがれ、経済的にも困窮していく中で、その資産は流出していった。」
「すると、その魔道具は。」
「うむ、おそらく、その価値を知られることもなく、長らく放置されていたのであろう。それで、何の問題もなかった。」
ソチモワールも、口を挟む。
「しかし、その魔道具が突然狙われたとすると、これは……。」
官房長が、力を失ったように、椅子の背に体を預ける。
「魔王の復活ないし、それを目論む勢力を、想定せぬわけにはいかぬ……。」
戦慄すべき、事態であった。
帝国の防衛防諜の中枢を担っていた、イジュワール様の無力化。
ニングルムの分断と、陣営への取り込み。
その力による、勇者蘇生の秘術への破壊工作。
官房長は、独り言のように呟いている。
「ニングルムは、五精家への牽制としておかれた組織。限られた場面ではあるが、五精家にすら対抗する力を与えられている。よもや、その力を奪って利用するとは……。」
シュッツコイも、無力感に打ちひしがれている。
ニングルムの一員が、自分も把握していないような力で、帝国に害をなす。
いくつもの意味で、部隊長の肩書が、疎ましくさえ感じられた。
だが、まだ終わりではない。
俺は、しつこいんだよ。
「官房長。ここまでの無知と無力をさらしておいて、厚顔のそしりを免れないことは分かっている。だが、魔王に操られでもしているのか、ニングルムの暴走が本当だとしたら、私の手でそれを止めたい。
逃げも隠れもしない。処分は、その後ということにしていだけないか。」
「当たり前だ。今お前を罷免して、何の利益がある。死力を尽くして、脅威の排除に当たるのだ。」
シュッツコイは、片膝をついて頭を下げた。
いずれにしろ、俺の代で、今の形のニングルムは終わる。
その予感が、シュッツコイの背中を覆っていた。