ニングルムの崩壊
シュッツコイの、裏返った声が会談室に響き渡る。
「せ、説明も何も、何が何やら分からんぞ、ソチモワール殿! 悪い冗談にも、程がある!」
ソチモワールも、負けじと頬の肉を震わせながら言い返す。
「冗談なら、その方がどれだけマシだったか。よりによってイジュワール様の不在の折、帝都で派手な禁術を使いおって、一体何を考えておるのだ! それも、蘇生の秘術に必要な魔道具を、破壊してのけるとは…… 」
禁術……? 蘇生の秘術……!? 分からん!!
長く長く息を吐いて、パニックになりそうな頭を、心を鎮めようと試みる。
はあぁぁぁぁー……
「なんじゃ、何の真似じゃ!? 儂は、お前を信じてわざわざこの場に呼び出したのだぞ!」
「あいや、すまぬ。呼吸を、整えただけだ。」
慌てて両手を挙げて、害意のないことを示す。
「本当にすまぬ。言葉もないが、俺も副隊長も、全く事情が分からぬのだ。
ええい、正直に申し上げよう。
イジュワール様がお隠れになってから、ニングルムは機能を失って活動を停止しているのが現状なのだ。主要なメンバーとさえ、半数しか連絡も取れていない。」
「なん、じゃと……。すると、イジュワール様とお話ができぬばかりか、隊員の動向も掴めておらぬということか。
そんな、そんな、どうするのじゃ!?」
今度はソチモワールが呼吸困難に陥っており、恐慌寸前である。
脇に控えていた若い男が、ソチモワールの背中を乱暴に叩き、ショックで回復させる。
慌てているソチモワールの姿を見て、シュッツコイは立ち直った。
大臣への手当としてはいささか不穏当な気もしたが、危急の事態だ。
副隊長も、目をそらしている。
それにしても、考えてもみなかった事態を、この男は示してきた。
「ニングルムの、連絡の取れていない隊員が、関与している可能性か……。」
自分自身について考えれば、ニングルムを裏切ることなど、考えたこともなかった。
先代の部隊長も、そうだろう。
隊員にしても、黒の系統の術など、冒険者や傭兵であってもそうそう生かせるものではない。
精霊術の妨害や防御だけなら、他の一般的な系統にもっと洗練された術がいくつもあるし、魔道具の破壊など、肝心の獲物を駄目にしてどうする、という話だ。
かつての自分を思い返しても、力を持っていたならば、訓練して制御できるようにしなければ、日常生活にも支障をきたす。
程度の差はあれ、黒の系統の力の持ち主は、ニングルムに関わっていた方が間違いなく暮らしやすいはずなのだ。
そのうえで、帝室の一翼を担っているという誉もある。
禁術を遣う程の術者が、あえてニングルムを捨てるとしたら、その動機はいかなるものだろうか。