シュッツコイの出頭
本日2投稿目です。
精霊術は、帝国においては火水風土光の五つの系統で語られる。
精霊自体は多種多様で、中には意思を持ち名を名乗り、固有の力を持つものもいる。
それらの精霊の力を複数束ね、術式の形で調えたものが精霊術である。
精霊の力は、少しずつならば大気や大地から取り出すこともできるが、まとまった力を瞬時に発動させるには、魔石や精霊石、魔道具を用いることが必要となる。
全ての種類の精霊石や魔道具を用意するのは費用対効果が悪いため、主力となる魔道具と補助的な精霊石、補給のための魔石で装備を構成するのが一般的である。
その主力となる魔道具にどのようなものを選ぶか、それが精霊術の系統の発想である。
従って、系統が異なっても同じ内容の術もあり、異なる精霊の力を使って似たような効果を発揮させる術もある。
術者も、主な系統を定めつつ、その他の系統の術も修めていることは珍しくない。
魔道具を複数持てる余裕があることが前提だが。
黒の系統は、他の精霊術とは全く異なって、精霊そのものを排する力である。
精霊の力を打ち消し、時には、精霊そのものを霧散させる。
術によっては、魔道具を直接破壊することもできる。
元来使える者が非常に少ないことと、帝室がその力を厳しく囲い込んでいることから、一般市民にはほとんど知られていない。
シュッツコイの、術として整えていなくとも近くの者の術の発動に干渉するほどの黒の力は、類希なる素質と言って良いものだった。
だが、手の者として誘われた後も、その評価は、本人に知らされることはなかった。
ニングルムの手の者は、縦の関係でも横の関係でも、名前さえ呼ばれない。
つなぎの者から指示が来て、それをこなす。
時には、憑依の術で直接に上位の者が訪れてくることもあるが、やはり名を聞くこともない。
背景も結果も知らされず、知ることもなく、ただ淡々と、任務をこなす。
単なる監視や殺し、盗みもあったが、徐々に「力」を使う役目が増えていく。
その日々の中で、己の力を認識し、術式を組み立て、術として洗練させ、剣技と組み合わせ。
手の者となって三年。
己の力の本質を掴み、それが研ぎ澄まされた技として形になった頃、イジュワールと名乗る存在に、出会ったのだった。
帝室直下、黒の破精部隊に、第九位の座が用意されていた。
「なぜお前を選んだか、知りたいか?」
「いいや。」
「くくく、良い答えじゃ。なぜお前は任務をこなす。」
「俺にその力があるからだ。」
「ふむふむ、悪くない。その力で、何を成す。」
「何も成さねえよ。俺がやってるのは、草むしりだ。種まきや水遣りは、ほかの誰かがやるんだろう。」
「我が名はイジュワール。シュッツコイ、お前をニングルムの九人の一員としよう。」
「そりゃどうも。」
「末永く、努められるか?」
「しつこいのだけが、俺の取り柄でね。」
「我らに必要なのは、力ではない。力を使わぬことを、信じられるかじゃ。心せよ。」
確か、返事はしなかった。
シュッツコイは、その時イジュワール様が憑依していた男の顔を、思い出せない。
いや、女だったかな。
どうでもいいか。
何を言っているかも、よく分からなかった。
ただ、ラックラバと、呼ばれなかった。
それがどれだけ久しいことだったか。
そこだけは、覚えている。
「なるようになるさ。」
脇に立つ副隊長の肩を叩くと、シュッツコイは壁際のマントと剣を携える。
力が無いってことと、何もできないってことは同じじゃねえ。
こいつにも、それを分からせてやらねえとな。
シュッツコイは、帝室官房長のもとへ出頭していった。