1. プロローグ
「ソロ曲を作りましょう!」
7月に入り関東、岐阜、四国などで30度を超えたというニュースが連日流れている。富士宮は27度くらいだけど湿度が高いのでけっこうしんどい。毎年「今年は猛暑になる」って言われてる割にはそんなに暑くないなぁと思ってたけど、今の時点でこれだけ暑いなら本当に猛暑になるのかも。
そんな蜃気楼が見えそうな程空気が揺らめている夏に入り、わたしたちは今後の予定を決めるためにメンバー全員で喫茶店に集まっていた。これから先は曲作りと旅を並行して随時進めて行く予定だったけど、ちゃんとした単独ライブもやりたいなぁっていう話がでた。単独ライブをやるならトーク込みで2時間持たせられる曲数が必要になる。それならば曲作りの方に専念すべきか、でも旅も行先が沢山あるのであまり後回しにはしたくない。てな感じで絶賛みんなでお悩み中。
こういう悩みの答えは案外みんな同じことを考えているもので、かつ、みんなが大変になるからこれを提案するのはなぁって遠慮しているものだったりする。今回の問題については「出来るところまでどっちも全力で頑張る」という脳筋的な意見にまとまったけれど、暇人が多いので案外これが正解ではないだろうか。仕事があるゆ~ちゃんやバイトがある根古ちゃんは大変なので作業分担はちゃんと考えないとね。
方針が決まったら曲のアイデア出し。どんな曲を演奏したいか、歌いたいか。まずはこんな漠然としたテーマで意見を出すことになったんだけど、これが出るわ出るわの大豊作。結果、どれから順に形にするか決めることが最優先となった。たっぷり出たアイデアを各自持ち帰って次回の集まりで好きなのを発表しあうことになって打ち合わせが終わろうとしていた。ここで冒頭のゆ~ちゃんのセリフに戻る。
「ソロ曲?」
アイドルグループは必ずしもすべての曲を全員で歌う必要はなく、一部のメンバーだけで構成されたユニット曲や、一人で歌うソロ曲もある。
「まだ一曲しか作ってないのに早すぎない?」
ソロ曲を作るタイミングにセオリーなんて無いけれど、まだ自分たちのグループとしての形すらまとまってないのに、ソロ曲を作るのは早すぎると思うんだよなぁ。
「確かに早いと思う。でも会社への反応がすごいから対応したいの」
「反応?」
「どの事務所にも所属してない人だらけだから、メンバーの情報が全く世の中に出てない。だから紹介して欲しいって問い合わせが連日来てるの」
あ~ライブの時は時間が無くてメンバー紹介できなかったもんね。
「それならホームページ作ってメンバ紹介すれば良いんじゃないかな」
「それじゃダメ!文章で書かれたプロフィールからじゃ、人となりは正しく伝わらないの。あくまでもプロフィールは補足情報。人となりを知ってもらうにはみんなの前で話をしないと」
それはそうだけど、別にプロの方々みたいに生き残るために全力を出すって方針じゃないし、今のグループ出来立ての段階で歌う以外の目的でみんなの前に出るってのはなぁ……あ、そうか。
「だから歌で知ってもらうってことなんだね」
「そう、歌ったり演奏する姿ってのが一番ストレートにアーティストのことが伝わるものなの。その前後にちょっとした挨拶があれば完璧ね」
「さっすがゆ~ちゃん、アイドルのこと分かってる~」
この時は納得したけど、Webラジオでもやってトークした方が人となりは伝わるよね、って気付いたのは少し後の事だった。
「それでやっぱりわたしの曲から作るのかな」
ソロ曲を作る順番にセオリーがあるのか知らないけど、最初はリーダーからだよね。
「普通はそうなんだけど、ちょっとイレギュラーなことをしてみたいの」
「イレギュラー?」
「うん」
み~ちゃんは少し深呼吸をして予想外の人物の方を向いた。
「ちっこいの、あんたの曲から作りましょう!」
え?プラム?本人も突然の指名にびっくりして固まってるよ?
「わ、わわ、わたしですかぁ!?」
プラムは少し硬直した後、飛び上がって変な声で叫んだ。反応が古い。
「そう、あんたからよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。私は演奏する側で歌うメンバーじゃないです!」
うん、プラムはドラムに専念するって話になってるよね。流石に他のと掛け持ちは難しい楽器だし。
「別にソロ曲なんだからドラム演奏しなくても良いのよ。すみれにキーボードお願いしてバラード歌っても良いし、あんたが好きなやり方を選べば良いの」
「ちょっと待ってゆ~ちゃん、もしかしてソロ曲ってボーカル五人だけじゃなくて十人全員やるの?」
「もちろんそう。だって自己紹介でもあるんだもん。全員やらないと」
これは想定してなかったなぁ。全員やるって曲作るの大変そ……あれ?
「根古ちゃんが出来ないんじゃ……」
歌は苦手って全力で拒否していた根古ちゃん。あ、顔を左右にブンブン振ってる。
「仕事中毒は超スパルタ特訓するから大丈夫よ。『これも仕事だから』って言えば頑張るでしょ」
根古ちゃんへの扱いがみんな段々とおざなりになってる気がする。確かに『仕事』のキーワードがあればなんとかなりそうな気がするけど。根古ちゃんをもう一度見たら涙を流しながら顔をブンブン縦に振ってる。どういうこっちゃ。
「ま、まぁそれはそれとして何でプラムからなの?」
「全員のソロ曲を作る上で、最大の問題になりそうだからよ。逆に言えばちっこいのさえクリア出来ればその後は順調に作れると思う」
最大の問題?プラムに何か問題あったっけ?そう思ってプラムを見たら青ざめていた。
「人見知り……」
最近仲良くなったから忘れてた。プラムって人前に出るの苦手なんだっけ。うわぁ、それでソロ曲で一人で舞台に立つとか無理難題じゃない!?
「そう、だからこれを機に人見知り克服をチャレンジしてみない?って意図もあるの。どうかな」
プラムは深呼吸して冷静になるよう努めていた。どうにかして心を落ち着かせた後、目を閉じて少し考え始めた。色々と葛藤しているんだろうな。無理はしないで欲しいけど、プラムのソロ曲を聞いてみたい気もする。
しばらくして目を開けたプラムは、迷いが晴れたかのようなスッキリとした表情をしていた。そして眩しい笑顔でこう答えた。
「い・や・で・す」




