5. もう大丈夫だからね
「報告致します。魔王が討伐されました」
「そうか……」
円卓に座る五人は、魔王討伐という大喜びしてもおかしくない情報を得たものの、深くため息を吐いて肩を下ろすことしかできなかった。五人はそれぞれ王国、帝国、聖王国、獣王国、魔王国の長であり、ここは各国のTOPが集まる場所、すなわちサミットが行われているような場所である。
「ようやく終わりましたな」
「ああ、とてつもなく長かったような気がする」
「長かったって、これまでの魔王討伐に比べたら相当短期間での決戦だったぞ」
「あら、でもこれだけ被害が出てしまったら、長く感じてしまうのも仕方ないでしょ」
「ははっ違いない」
魔王。
魔物の中から不定期に生まれる強大な力を持つ突然変異種。発生するタイミングは決まっておらず、たった百年で生まれたこともあれば五百年も間が空くこともある。今回の魔王が生まれたのは丁度五年前のことだった。魔王が現れると各王国の王族は居場所を必ず認知することができる。これは血筋ではなく国王という立場に立ったものに与えられるギフトである。
今回の魔王が発生したとき、各国はこぞって魔王へ向けて調査隊を派遣した。そして運が悪いことにその調査隊の一部が魔王と正面から遭遇して戦いになり、『後一歩で倒せそうなところまで追いつめたものの』敗北して引き返してきた。
これが人類にとってあまりにも不幸な出来事であった。調査隊は調査能力には秀でているが戦闘が得意では無かった。それにも関わらず魔王を追い詰めることが出来たということは、今回の魔王は弱いということ。各国はそう判断し、魔王の存在を重要視していなかった。
更にタイミングが悪いことに、人類は大きな戦争中であった。世界の覇権を求めて帝国が隣国の獣王国と王国に突如侵略を開始。準備の出来ていなかった獣王国は蹂躙され、土地の大半を奪われた。王国は帝国と同様に侵略を考えていたため図らずも戦の準備はできており帝国と真っ向からぶつかった。そして両国が争っている隙に聖王国が疲弊したところを狙って攻めてくる。そうして各国の争いは徐々に泥沼化していった。
魔王に構っている隙に他国に攻められる。世界を支配した後に弱小魔王なんぞ簡単に捻り潰してやる。これが戦争の中心国である王国、帝国、聖王国の認識であった。
実際魔王は弱かった。個体能力ではこれまでの魔王に比べて圧倒的に劣っており、優秀な戦士が数人がかりで戦えば簡単に倒せただろう。しかし、魔王は一つだけこれまでの魔王には持っていない能力があった。それは、配下の魔物を無尽蔵に生み出せる能力。自身が弱いことに気づいていた魔王は自らを守る肉壁としてひたすら魔物を生み続けた。ボディーガードとして強い魔物を自分のそばに置き、あとは数を揃え続けた。
そして世界の覇権をかけて三国が睨みあった決戦の日。何度かぶつかり合って各国が疲弊し始めて撤退を考えはじめたころ。数十万を超える魔物が疲弊した兵士たちに襲い掛かってきた。
壊滅。
主だった戦士はことごとく数の暴力に倒れ、生き残った者はほとんど居なかったという。そして魔王の圧倒的な数の力による侵略がはじまった。ここでようやく各国は自分たちの大きな過ちに気付いた。魔王は決して侮ってはいけない存在だったのだと。戦争などしている場合では無かったのだと。
各国は手を取り合うしかなく、数に対抗するために動ける国民ほぼすべてを戦に駆り出し、辛うじて押し返し、魔王を討伐するに至った。
当然被害は尋常ではない。魔王を倒せたのも奇跡としか言えず、人類は滅亡する可能性の方が遥かに高かったのだ。そんな状況で大手を振って喜ぶような気力は誰にも残っていなかったのである。
「復興、できるのだろうか」
「うちはちょっと厳しいかな、どれだけ人が残っているか」
「いっそのこと統一国家にでもして、一か所に人を集めたほうが良いんじゃない?」
「おいおい、それじゃあ誰が国王になるかでまたもめるんじゃねぇか」
「はははっ、僕ら以外なのは間違いないね」
この状況を作った国王達は国民の手によって間違いなく処刑されるだろう。それが今すぐなのか復興に目途が立ってからなのかは分からないが。
「ほ、報告します!」
また新たな伝令がやってきた。今度は王国の使者のようだ。もう何も聞きたくないというように彼らは目を伏せたが、聞かないわけにはいかない。
「異世界への扉が開き、×××××が大量にあちらの世界に流出しました。すぐに封印を施しましたが依然として扉は開かれたままです」
数か月後。
「異世界への旅人募集のお知らせ。このたび514年ぶりに異世界への扉が開きました。そして残念なことに大量の×××××が異世界に流れ込んでしまったため、それを浄化する方を募集しております。ただし、現在世界中で人材不足が深刻であるため、異動許可の条件を厳しく設定しておりますのでご承知おきください。条件、日時など詳細は以下を参照すること」
ーーーー
「というわけで、私達は応募してこの世界にやってきたのでござる」
という設定なんだよね、と茶化すことができないくらい真剣な表情。そもそもあの謎の黒いもやや、妙に着慣れてる素材が分からない服装、頭を合わせた時の何かが流れる感覚、といった奇妙な体験があるので、全部本当の話かどうかは置いておいて、異世界から来たことは納得できてしまっている。
細かい話を後で聞こうっと。例えば魔王国って結局戦争にどう絡んだのかが分からないとかね。でもそれより何よりすぐに聞いておかなければならないのは×××××のことだよね。上手く聞き取れなかったんだ。たぶんあの黒いもやのことだと思うんだけど。
「単語が聞き取れなかったんだけど、こっちの世界に流れ込んだのって何?」
「×××××のことでござるか。こっちの世界だと、該当する言葉が無いでござる」
「どういうものなの?」
「今日朋殿と出会った場所で、朋殿が見ていたものでござる」
「やっぱりあの黒いもやのことなんだね、あれって何?」
「あれは負の怨念のようなものでござる。大きな戦や天災などで多くの人が死に、世の中が暗い気持ちになると自然発生するでござる。どうして発生するのかはまだ解明されていないでござるが、あれ自体は近づくと人を少しだけ暗い気持ちにさせる影響があるだけでござる」
「少し暗い気持ちにさせる?」
「ほんの少しだけでござる。なんとなく嫌な感じがする、くらいで悪い影響はほとんど無いでござるし、放置しておけばいつの間にか消えているでござる」
「なんだ、何も問題無いんだ」
それならもしかして今の状況って何も問題ないのかな。危険なことに巻き込まれてるってわけじゃなさそう。良かったぁ。
安心して一息ついていると、シェルフさんがこちらの様子を慎重にうかがっている。
「朋殿は、私の話を信じてくれるでござるか?」
異世界モノなんて最近は鉄板ネタだしねぇ。異世界で無双するのも気持ちよさそうだけど、痛い目を見る作品も結構あるし、そう考えると安全そうなネタで良かったかな。
「チートは欲しかったけどね」
「チート?」
「あ、ううん、なんでもない」
小さくつぶやいたつもりが聞こえちゃったみたい。でもほんとチートは欲しかったなぁ。
「わたしは人を見る目は自信があるんだ。3人が悪い人じゃないってことは分かってる。だから信じるよ」
その言葉に3人は安心したような表情の後に、心からの笑顔を見せてくれた。可愛いね。
「ミカン、プラム、まだ起きてるでござるか?」
「ござるー」
「はい、起きてます」
3人は朋の強い勧めで泊めてもらうことになった。疲れ果てて眠かったはずなのに、いざ布団で横になると異世界に転移したことへの不安が押し寄せてくる。
「私達は運が良かったでござる。あんなにも失礼なことをしたでござるのに、ここまで親切にしてくれる人に出会えるでござるとは」
「ござるー」
「私もそう思うです」
転移先の世界がどんな世界なのか分からなかった。とはいえ、旅慣れた彼女達はモンスターだらけであっても意思疎通のできる存在が居なくても旅ができる自信はあった。しかし実際は自分達の想像の範囲外にあるレベルの異なる文化を持つ世界。謎の金属(車)が高速で動き回り、獲物が狩れそうな森も近くには見えない。そもそも狩りで生きるという概念が存在しているのかも怪しい。フラフラと歩き回って旅ができる世界ではなさそうだ。その事実が明日から自分達が為すべきことを分からなくしていた。
「ただ、これ以上迷惑はかけられないでござる。明日起きたら早めにここを出るでござる」
「……ござるー」
「……はい」
今後の見通しは立っていないけれど、自分達の都合で迷惑をかけ続けることはできない。
なんてことを考えてる顔して寝室に入っていった!
「おじゃましまーす!」
扉を勢いよく空けて部屋に突入。よし、3人とも驚いてるね。作戦通りであります。
「ダーイブ!」
ボフンと3人が寝ている布団に向かって飛び込み、丁度プラムちゃんとミカンちゃんの間におさまった。
え?え?とわけが分からず呆然としている3人。
「私も一緒に寝るー」
「「「え?」」」
せっかくの出会い、それを大切なものに変えるために、
「実は1個だけ言い忘れたことがあるんだー」
元気になってほしい、そしてこれからも色々なお話をしたい。
少しでも安心してほしいから、この言葉を伝えます。
両腕で2人をぐっと自分に引き寄せ、頭を撫でる。
「もう大丈夫だからね」
2人は少し逡巡したのち、キュっと抱き着いてきた。
服の湿り気がとても温かい。
シェルフさんを見るとその口が「ありがとう」と。
これで少しは心が近づいたかな。
さあ、たっぷり休んで、明日から一緒に毎日を楽しもう。
ニート生活初日、3人の新しい友達ができました。




