25. 色の薄い世界 後編
ケイちゃんは言葉の通じない私たちを自分の家に呼んでくれた。家に入るとおばあちゃんが出迎えてくれて、見ず知らずの私たちのために飲み物とお菓子をもてなしてくれた。温かい眼差しがお父さんとお母さんの雰囲気と重なった。この人なら大丈夫かもしれない。そう思った私はおばあちゃんに近づいて額をくっつけた。何も言わずに受け入れてくれたおばあちゃん。やっぱり感じた通り優しい人だ。
なんて思ったのも束の間、頭が割れてしまいそうな激痛がやってきた。想像してたよりも遥かに辛い。涙が止まらず地面をのたうち回り、何かを叫んでいたようだ。永遠に終わらないのでは、このまま死ぬのではと感じたとき、痛みはゆっくりとひいていった。たったの1分程度だったみたいだけど信じられない。10分くらいは苦しんでいた気がするんだけどな。
これをお姉ちゃんにもやってもらうのは心が痛いけど、仕方ないよね。うん、仕方ないんだ。
お姉ちゃんも同様に苦しみ、こちらの世界の言葉を話すことができるようになった私たちは、突然の行動をおばあちゃんに謝って、ケイちゃんとおばあちゃんに私たちの現状を包み隠さず説明した。2人ともあまり理解していないようだったけど、私たちがこれからどうすればよいか分からず困っているのを知って、しばらくの間一緒に住まわせてもらえることになった。こんなに優しい人に出会えてラッキーだね。
しばらくしてケイちゃんのお父さんとお母さんも戻ってきた。2人も私たちが居候することを認めてくれたけれども、2つ条件を出された。1つはケイちゃんの遊び相手になること。もう1つはケイちゃんの家が経営している喫茶店のお手伝いをすること。働かざる者食うべからず、ということで承諾した私たちだけど、お姉ちゃんがお店の手伝いで私がケイちゃんの相手をするのが自然と決まった。私、家事もできないけど子供の相手も出来ないよ?
そんな私の心配をよそにケイちゃんは私を色々なところに連れまわし、歌をせがみ、遊び相手になっていた。私はどう反応してよいか分からず無口で無反応なことが多いのに、それでもケイちゃんは楽しそうに私を振り回す。そういえばこっちの世界は向こうの世界より少し色が全体的に濃い気がする。気のせいかな。
お店の手伝いをしているお姉ちゃんの接客はもちろん完璧。おっとりとしているけれどもテキパキと仕事をこなすお姉ちゃんは私の自慢だ。そんなお姉ちゃんだけど、まだ私のことが気になっている様子。私がいろいろと興味を持つように、ケイちゃんのご家族にお願いして色々な所に連れていってもらった。
海岸、ロープウェイ、富士山。あの富士山って山は感動したよ。左右に他の山が無いから存在感があって、形も左右対称に近くて整ってる。向こうの絵画でも見たことない形でびっくりした。あと、浄蓮の滝もすごかった。ただ水が落ちるだけなのにあんなに迫力があるなんて。一瞬視界の色がきつくなって目が痛かったけど、お父さんの水魔法を思い出したら何故か収まった。何だろう、最近目が変だ。こっちの世界に来たからかなと思ったけどお姉ちゃんはそんなこと無さそうだし。
ある時、ケイちゃんに連れられてお姉ちゃんと一緒に下田公園に向かった時の事。可愛い女の子たちが降りて来て、すれ違おうとしたら『妖精族』って言葉が聞こえてきてびっくりした。
同じ世界から来た人が居て、私たちの羽が見えて気付いたらしい。私たちの羽はこちらの世界の人には見えないみたいだけど、ケイちゃんは何故か見えて綺麗だねって気に入ってくれた。変に思われると可哀想なので誰にも言わないように秘密の約束をしている。
リーダーは御影朋さんという人で、快活で見ていて気持ちの良い人だ。彼女もなぜか私たちの羽が見えたようだ。不思議。
彼女たちはアイドルをやっているらしい。私たちはこっちの世界についてかなり詳しくなっているので、アイドルが何を指すのかもちろん分かっている。あのときの旅の楽団みたいなもの。こっちの世界の歌も聞いてみたいな。
そんなことを思っていたらケイちゃんがとんでもないことを言い出した。
「ぱすてるおねいちゃんもトモおねいちゃんといっしょにうたおうよ~」
歌うのは大好きだけど、一緒に歌うなんて無理だよ。彼女たちは真剣にアイドル活動をやろうとしてるんだよ。それなのにちょっと歌が好きなだけの私が突然参加するなんて申し訳なさすぎる。絶対にお断りしないと。
「……私がいると……迷惑になるから」
もう少し早く出会えてたら、参加してたのかな。
ううん、それは無いな。
参加してる自分の姿を思い描いてみたけど、つまらなそうに歌ってる自分しか想像できない。むしろお姉ちゃんの方が似合うんじゃないかな。
かなり昔に一緒に歌おうよって誘ったときに聞いたお姉ちゃんの歌は、音を外さないように慎重に丁寧に歌っていて整っていた印象がある。当時はつまらないって思ったけど、歌は上手だったし、少し砕けて歌えばアイドルっぽくなる気がする。
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「お姉ちゃん……アイドル……やらない?」
「お姉ちゃんが?パステルじゃなくて?」
「うん……きっと似合う……」
可愛らしい衣装を着て歌って踊るお姉ちゃん。そんな心から楽しんでる笑顔なお姉ちゃんをまた見たいな。
「あらあら、嬉しいわ。でも私よりパステルの方がきっと似合うわよ」
「そんなこと……」
仏頂面の自分じゃあ、可愛い衣装なんてもったいないよ。
「お姉ちゃんが……良い……」
「あらあら、困ったわね……」
お姉ちゃんは少し困ったような顔をして考え出した。
「そうね、それならパステルがやるなら、私もやっても良いわよ」
「……じゃあむり」
お姉ちゃんは私の答えに寂しそうな顔をしているけど、しょうがないよ。お姉ちゃんにアイドル活動で楽しんでもらうのは諦めよう。




