21. 2人のステージ
「おかげさまで弓弦の調子も戻りまして、本当になんてお礼を言ったらよいか……」
ゆーちゃんと数年ぶりに話ができた翌日、マネージャーさんがわたしの家にやってきたと思ったら、関係者の人が総出で押し寄せてきて、しかも社長まで来て涙ぐみながらお礼を言ってきてびっくりした。ゆーちゃん良い縁に恵まれたんだね、うん。
『いやぁ良かった良かった』
だれもかれもがそう言う。確かに良かったよ。ゆーちゃんはライブに向けてまた頑張れるようになったし、わたしも仲直りできたし万々歳だよ、だけど……
「そりゃあ何もかも良かったけど、心から良かったと思うけど」
現在、ゆーちゃんの凱旋ライブ最終日、ライブ直前、楽屋の中、そして、
「どうしてこんなことになってるのよー!」
ステージ衣装を着せられたわたしがそこにいた。
「ライブで一緒に歌おうよ」
ゆーちゃんからの提案は富士宮凱旋ライブでわたしがサプライズゲストとして登場するということ。確かにゆーちゃんのライブでのサプライズゲスト登場はお約束だけど、いくらなんでも全く準備してないのに登場とかありえないでしょ。
「よし、やろう」
それなのに、ゆーちゃんの申し出は社長のあっさりとした一言で確定しちゃった。いくらなんでもそんな無茶苦茶な、と思ったのにあれよあれよと話が進んで気づいたら前日リハーサルが終わっていた。流石に大して練習もしてないのにこんな大舞台で歌うなんて申し訳ないし恥ずかしいから断りたかったけど、ゆーちゃんが嬉しそうにキラキラした目で見てくるから断れなかった。お母さんも嬉しそうに「……(ニコニコ)」笑顔で逃げられないように脅してくるし。
突然の変更に対応するスタッフもすごすぎでしょ。このくらいの無茶は日曜茶飯事って、目にクマを浮かべたスタッフが笑顔で言ってたけど大丈夫じゃないよね、洗脳とかされてないよね。ゆーちゃんの居るところブラックなんたらじゃないよね。
あと、まだほとんどゆーちゃんと話ができてないのが少し寂しい。連日遅くまでリハーサルや打ち合わせで時間取れないのはわかってるんだけどね。とてつもない量のメールが飛んできてるから元気に頑張ってることは分かるけど。
そんなこんなでライブ当日まではあっと言う間だった。本番がはじまり、外はすごい慌ただしくなり、歓声が聞こえてくる。わたしは後の方でサプライズゲストとして登場するだけなので楽屋でみんなとまったりゆーちゃんのライブを鑑賞中。ああ、やっぱりゆーちゃん可愛いくて格好良いなぁ。このままずっと見てるだけじゃ、「コンコン、お時間です」ダメだよねぇ。
――――――
凱旋ライブ最終日の今日も大盛況。みーちゃんとお話できてからやる気が漲ってきて、これまでにない最高のパフォーマンスを見せられている気がする。
これまでの2回とセットリストを大きく変えて可愛さ多めでお届け中なんだけど、楽しい時間はあっという間に終わっちゃうんだよね。ライブも終盤、みんながとても楽しんでくれているのが表情から良く分かる。
ごめんね、今日は少しだけここで水を差すようなことしちゃう。でも、どうしても伝えたいことなので、わがままを聞いてくれると嬉しいな。
クライマックス用の衣装にチェンジしてステージ下方からゆっくりとステージ上に登ってゆく。
「みんなー、今日も楽しんでるぅ~?」
『うぉおおおおおおおおおお』
何かを聞くと全力で返してくれるこの感覚がたまらなーい。ファンのみんなとコール&レスポンスを楽しんでから本題に入るぞっ。
「さてみんな、今回は富士宮での、凱旋ライブですが」
それまでより多少ゆっくり話をするだけで少しざわつく。
「ってみんな訓練されすぎでしょー確かにいつものコーナーだけどさー」
ほんの少し間を置いただけなのにそれだけでいつものサプライズコーナーだと分かってしまうファンのみんながすごすぎるよっ。バレないように毎回工夫してるんだけど、会話から入ると絶対バレるんだよねー
「実は弓弦は、色々な人に謝らなければならないことがあります」
「えー」と少し声があがるけれども、一旦間をおいてスイッチを切り替えて口調も変え真面目な雰囲気を出すと、会場はシーンとなる。こういう切り替えについてきてくれるのも、本当にうれしい。
「次に歌う曲は、弓弦のデビュー曲『大好き』になります。この曲はご存知の方も多いとは思いますが、弓弦がオーディションで歌った曲であり、弓弦が作った曲とお伝えしていましたが、実は弓弦が作った曲ではありません。騙してしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ピンと張り詰めた空気が会場を支配する。5万人もいるのにみんなの吐息すら聞こえてきそうな不思議な静けさ。みんなを騙していた。ファンのみんなは優しいから、理由を話せばきっと許してくれると思うし、たとえ許して貰えなくても仕方のないことだと思う。ただ、それをこの楽しい場で伝えるべきかどうかは少し悩んだ。でも、今日この場で、ゆーちゃんと一緒に育ったこの富士宮で、本当のあの曲をみんなに届けたい。だから、伝えます。
「弓弦には仲の良い幼馴染が居ました。いつも一緒に遊んでいて、彼女の歌を聞くのが大好きでした。そして中学のころ、色々と思うところがあってオーディションを受けようと決めたのですが、弓弦は極度の緊張で歌うことができなくなりました。そんなとき、彼女の歌を思い出し、予定を変えて彼女の曲を口にしていました」
まわりをゆっくりと見渡す。誰一人言葉を発することなく真剣に聞いてくれている。
「自分の歌ではないと言い出せなかった。そのことを知っても彼女は気にしませんでした。それどころか弓弦を応援してくれました。でも弓弦は罪悪感でいっぱいで、彼女のそばにいるのが辛くなって、自然と距離を置くようになりました」
こんな弓弦をどう思うだろうか。つまらない暗い話をはじめて幻滅しているだろうか。
「その後はみなさんもご存じのとおり、全力でアイドル活動を続けてきました。いつしか罪悪感も薄れ、このまま楽しくアイドル活動を続けられると思っていました」
歌っている時以上にみんなの表情がはっきりと見える。本気で重い話で、ほとんどの人は困惑しているみたい。
「ですが、初日のライブで偶然彼女と出会ってしまいました。ありがたいことに彼女は弓弦の熱心なファンになってくれていました。でも弓弦はまた罪悪感がよみがえってきて、正直なところこのライブに参加できるかどうかわからないくらいの状態でした」
きっとライブ中にこの話を受け止めきることは難しいと思う。ライブが終わってからが勝負だね。
「弓弦は恵まれています。色々な人が弓弦を助けてくれました。そして先日……彼女と仲直りできました」
暗い話をするためだけでこの時間を取ったわけじゃないんだよ。これは真面目な話だけどこの先にみーちゃんを登場させるための盛大な前フリでもあるんだから。仲違いしてた友達と仲直りしてこのライブに出てもらう、こういうのみんな大好きでしょ!
「やっと弓弦は過去を気にせずに前を向いて走ることができるようになりました!」
まばらな拍手が生まれ、それがやがて大きな拍手へと広がってゆく。
「これからは今まで以上に色々なことをやらかしちゃおうと思います!」
歓声。
「その一歩として」
歓声。
「今日は」
歓声。
「スペシャルゲストを呼んでいます!」
歓声。
「もちろんそれは、弓弦の大切な大切な大切なたーーーーーーーいせつな幼馴染、御影朋ちゃんです!」
歓声。
ステージ上にみーちゃんが出てくる。少し俯きがちで表情は良く分からない。ステージに上がってもピクリとも動かない。あれ?どうしたのかな?緊張して動けないのかな?会場がざわつきはじめたころ、みーちゃんが顔を上げてゆっくりとマイクを口元にもっていく。
会場の画面に優しい笑顔のみーちゃんの顔が映ると大きなざわめきが起こった。
すごい可愛い!
衣装も似合ってるし、油断してると弓弦負けちゃうかも。って弓弦はなんでみーちゃんに対抗心燃やしてるのよっ!
会場のざわめきが少し落ち着いた時、ようやくみーちゃんが話しはじめた。
「最初に1つだけみんなに聞いても良いかな」
突然の質問に会場は騒然としてる。いきなり5万人に質問とかなんという強心臓。
「ゆーちゃんの話聞いてる途中で、わたしが死んだと思った人、正直に手をあげなさい」
ええええええ、ってみんなも笑ってるし、結構手を挙げてる!
そりゃあ確かに流れ的に、事故で死んじゃってもう仲直り出来ないとか鉄板ネタだけどさぁ!
「今手を挙げた人、後でグーパンね」
からかう様な笑顔でパンチの素振りをするみーちゃんに会場が爆笑。一気に会場の雰囲気を変えちゃったよ。
「会場のみんな!はじめまして、ゆーちゃんの幼馴染こと御影朋です(ウィンク)」
う、うわ。予想外の行動で注目させつつ、あざとく挨拶とか、どこでこんな技覚えたの!?
「さてゆーちゃん、話をしようか。なんてね」
「なんか弓弦より目立ってずるいー」
「そりゃあスペシャルゲストだもん、今この時だけはわたしが主役だもんね」
「ウィンクとかあざとすぎるよ!」
「うん、みんなちょろいよね」
「思ってても言っちゃだめ!」
あ、しまったゆーちゃんに乗せられちゃった。でも会場がさらに温かい笑いに包まれてる。やるなぁ。
「それじゃあゆーちゃん曲振りお願いします」
「うー主導権握られたままなのが納得いかないー」
この流れにのって小さな笑いを取りつつ。
「それでは聞いてください。みーちゃんが生み出して」
「ゆーちゃんが『形』にしてくれた大切な曲です」
『大好き』
『大好き』という曲は弓弦のデビュー曲という以外にも、オチサビの前に分かりやすいコール&レスポンスがあることで人気の曲。弓弦が「○○は好き?」と聞いて各々が「大好き、好き、嫌い、興味ない」など返すだけのものだけど、全員「大好き」で揃ったときはすごい気持ち良いんだよー。ライブだと調子に乗って何度も繰り返して遊んじゃう。
今日も富士宮にちなんだ内容でやる予定で、その一部のコールをみーちゃんにお願いすることになっている。2番が終わり、2人が離れた位置に立つ。ステージの左右をそれぞれが担当するというシンプルな構成。バンドの演奏が一旦単調になり準備ができると、ふっと会場のライトが消えた。と思ったら、弓弦とみーちゃんのところだけ、スポットライトが当たっている。
あ、これ、ドッキリだ。
みーちゃんがこっちを見てる。
「ゆーちゃん!わたしのこと好き!?」
な、なんてこと聞いてくるのよ。さ、さすがに恥ずかしいよ…………
で、でもアイドルがここで退くわけにはいかないっ
「だ……大好きっ!」
爆発が起こったのかと思ったほどのとんでもない歓声が聞こえる。
こ、これは返すパターンだよね。
「み……みーちゃんは弓弦のこと」
「大好き!」
食い気味で言われた!
ステージ上で完全に主導権握られているんだけど、どうしてここまで。
「ゆーちゃん!わたしのこと好き!?」
ええ?まだ同じことやるの!?
それから3回ほど同じやり取りで愛を?確かめ合った後。
「ゆーちゃん!わたし今、幸せだよ!」
「え?」
「ずっと一緒に歌いたかった、ずっと一緒に遊んでいたかった、小さい頃みたいに一緒に居たかった!」
その想いはみーちゃんだけじゃない。反射的に返す。
「弓弦も!弓弦だってそう!みーちゃんの歌を聞いてるだけじゃ満足できなくなって、一緒に歌いたかった!離れたくなかった、距離置きたくなんてなかった、大好きなみーちゃんとずっとずっと一緒にいたかった!」
どれだけ自己嫌悪に陥っても、この想いだけは変わることは無かった。
「ごめんね!ゆーちゃん!いっしょに歌おうって言えなくてごめんね!一緒に居て欲しいって言えなくてごめんね!」
そんな、それはみーちゃんじゃなくて弓弦が。
「弓弦こそごめんなさい!ゆーちゃんの曲を勝手に使ってごめんなさい!勝手に離れて不安にさせて本当にごめんなさい!」
ここがステージの上だということはもう忘れていた。どちらからともなく走り出し、ステージ中央で抱き合い泣き崩れた。ごめんね、ごめんねとお互いに繰り返す。
この瞬間、弓弦たちは本当に元の関係に戻ることができた。




