20. ねがい
「えー!?それでずっと練習してたの!?」
田貫湖に向かう道すがら、車内で久しぶりにミカンたちと話をすることができた。
これまでずっと曲の練習をしていたらしい。
しかもその曲というのが、これからわたしが歌おうとしている曲っていうんだから、わたしの行動を読み切ったお母さんが凄すぎる。
というか、時間停止無しで3日でマスターできるものなの?
「問題ないよー」
この人たちどんだけハイスペックなの!?
膨大なWebサイト更新チェック量に呆然としているシェルフを見るとそんな人たちには見えないんだけどな。
「たった3日でこんなに溜まるでござるか……」
どんだけブクマしてるのよ。
――――――――
昨日、結論を出したあとすぐにマネージャーさんに連絡してやりたいことを伝えたところ、全力でのっかってくれた。わたしの家にすぐに押しかけてきて「絶対上手くいきます!」って眼鏡ずらして鼻息荒く言われちゃった。クールなビジネスウーマンはどこいった。
田貫湖に着くとマネージャーさんの手によって舞台はもうセッティングしてあった。横幅5メートル、奥行き3メートル程度の小さなステージだけど、これで十分。
後はゆーちゃんが来るのを待つだけ。
ってあれ?黒いもやがある……
「ねぇシェルフ。あのもやがまだ残ってるんだけど」
「前回の時は少し量が多かったので消しきれなかったでござる」
「ええー大丈夫?また増えたりしないかな?」
「今回は条件を満たしているから大丈夫でござる」
「条件って、自作の歌ってやつ?」
「そうでござる。だからアレは気にしないで良いでござる。気になるなら先に私達で消しておくでござるか?」
「うーん、まだ怖いけどいいや。どうせそれどころじゃないしね」
緊張していて他のことなんてどうだっていいです、はい。
ゆーちゃんに見つからないように木陰に隠れてその時を待つ。
来た。椅子に座って目隠しした。
ドキドキする、でも、やるしかない。
わたしの想いを、まっすぐに伝えるだけ。
行こう、わたしが求める未来を手に入れよう。
――――――
「スペシャルライブヘようこそ!」
うん、ゆーちゃんびっくりしてる。
考える暇なんて与えずに、ここで一気に畳みかけるよ!
「今日はどうしてもどうしても聞いて欲しい歌があったので、色々な人にお願いしてこの場を用意してもらいました。感謝してもし足りないくらいです。だからこそ、今わたしにできる全力の想いを伝えたいと思います」
一呼吸おく。
「早速ですが、聞いてください。わたしが人生ではじめて作った曲です」
『大好き』
ステージ上にはわたし一人だけ。ミカン達3人は後ろで演奏してくれる。手作り感満載のステージ上で、わたしは全力で楽しんで、歌い踊る。
『大好き』という曲は、好きなものを並べてなぜ好きか、どれだけ好きかを伝えるだけのシンプルな歌詞。女の子の好きがたっぷりつまった歌詞に、ゆーちゃんがとても可愛い振付をつけてくれた。その振付をアレンジして、全力で歌う。踊る。歌う。
一番を歌い終えたあと、呆然としているゆーちゃんに手を伸ばす。
「ゆーちゃん……」
――――――
みーちゃんが目の前にいる。
何が起きているのか全く分からないままに、突然みーちゃんが歌いだした。
しかも、その曲は因縁の『大好き』
弓弦が無断で使った自己嫌悪の理由である曲を、他でもないみーちゃんが弓弦の前で歌っている。
悪夢だ。悪夢でしかない。
こんな地獄のような光景を、なぜ弓弦は見せつけられているのか。
それにしかも、私の振付までセットとか、もしかしてみーちゃんは私のことが実はそれだけ嫌……
あれ?振付が間違っている。
何百何千回と練習して歌った曲。
振付の違いはすぐに気づいた。
単に間違っているのかとも思ったけど、自信をもって踊っているから意図的?
……
………… え?まさかこれって?
みーちゃんが一番を歌い終える。
みーちゃんがゆっくりと弓弦に手を伸ばしてくる。
「ゆーちゃん、いっしょに歌おう!」
その振付は、単に左右対称になっているだけだった。
それが意味するところは。
「ずっと一緒に歌いたかったんだ。わたしが歌って、ゆーちゃんが聞く。それだけじゃなくて、一緒に歌いたかったんだ」
一緒に歌いたかった、そうみーちゃんは言う。
どちらかが歌って、どちらかが聞く。
それだけじゃ物足りなくて、一緒に歌いたかった、と。
弓弦は知っている。
その気持ちを、その想いを知っている。
自分が何のために変わりたいと思っていたのか。
みーちゃんが自分を見捨てて離れて行ってしまうと思ったから?
そんなのはいくつかある理由の一つに過ぎない。
一番の理由は、いつか自分に自信を持てたら一緒に歌えたらいいなと思ったからではないのか。
みーちゃんと一緒に楽しく歌いたかった、ただそれを願っていただけではないのか。
そしてみーちゃんが私と同じ気持ちを抱いていた。
「でも……でもっ…………!」
どんな顔して歌えば良いのかわからない。
みーちゃんにあんなに酷いことをした弓弦には一緒に歌う資格なんてない。
「手を差し伸べてもらう資格なんて、弓弦にはないんだよっ!弓弦はっ、弓弦はゆーちゃんの歌を」
「でもじゃないっ!資格なんて関係ない!わたしはゆーちゃんと一緒に歌いたいの!ゆーちゃんは!?」
歌いたいよ、歌いたい、歌いたい、歌いたいよ!
だってそれは自分が壊してしまった最高に幸せな未来なんだもん。
「想像して。この歌で、この振付で、ゆーちゃんと一緒にこのステージで歌う姿を。さいっこうだよ!だからさ、一緒に歌おうよ。難しいことはぜーんぶ後回しにして、今ここにすごい楽しそうなことがあるんだよ、全力で楽しもう!」
分かってるよ。きっとそれはすごく幸せで楽しいことなんだ。
だけど自分を許せないのにそんなことをしてしまったら、楽しくなんて歌え……ない?
あれ?違う、そんなことない。
こんなにも自己嫌悪でいっぱいで辛いのに、今の自分がみーちゃんと同じ舞台で歌う姿を想像したら、ワクワクする。楽しんでる姿しか想像できない。
なんで?楽しんじゃダメだよ。
わたしは酷いことを。
「ゆーちゃん」
笑顔のみーちゃん。
私は今ボロッボロに泣いているのに、温かな眼差しで手を差し伸べてくれるゆーちゃん。
優しくて可愛くて楽しくて、大好きなみーちゃん。
みーちゃんが歌っているところを見るのが大好きだった。
いつの間にか、見ているだけじゃなくて一緒に歌いたくてたまらなかった。
でも恥ずかしくて歌えなかったから、一人でこっそり練習してた。
アイドルオーディションに受かったことを知って喜んでくれたみーちゃん。
あの曲を使ったことを知っても、私が作ったことになるって知っても笑顔で認めてくれたみーちゃん。
わたしが距離を置こうと思ったらそれを察してくれたみーちゃん。
中学の卒業式の日、切ない表情で私を見つめていたみーちゃん。
みーちゃんとの思いが蘇る。
でもその中には私が一緒に歌っている思い出は無い。
ここで手を伸ばせば憧れのみーちゃんと一緒の舞台に立てる。
それは、これまでの自己嫌悪を押し込めてでも手に入れたい最高の舞台だった。
そうか、それほどまでに弓弦は、みーちゃんと一緒に歌いたかったんだ……
ゆっくりと、ゆっくりと、私はその輝かしい姿を求めて、みーちゃんの手をしっかりと握りしめた。
――――――
ゆーちゃんはわたしの手を取った後思いっきり抱き着いてきてワンワン泣いている。
ごめんね、から歌いたい、まで、感情が思いっきり溢れてきたようだ。
わたしは信じていた。ゆーちゃんがわたしと一緒に歌いたいって強く想ってくれていることを。
もはや誰も罰することのできない自己嫌悪なんて、ゆーちゃんがずっと付き合っていくしかないんだ。
だからそれはそれとして他のとんでもなく楽しいことで塗りつぶしてやれば良い。
わたしとゆーちゃんが一緒に歌うことはそれほどまでにわたしたちが望んでいた未来なんだもん。
泣き止んだゆーちゃんを抱きしめ背中をゆっくりとさすってあげる。
マネージャーさんは離れたところに移動して、目頭をおさえている。
しんみりしちゃったね。
一気に一緒に歌うところまでもっていって明るく終わらせたかったんだけどな。
わたしは泣かないのかって?
そんなのゆーちゃんが飛び込んできた瞬間にボロ泣きしてるに決まってるじゃないですか。
やっとゆーちゃんと仲直りできるー!
ゆーちゃんはたっぷり泣いて、ようやく落ち着いたようでわたしから少し体を離した。
「さあ、ゆーちゃん歌おう!」
「ううん、歌わない」
え?
「その代わり提案があるの」




