18. 後悔
アイドルは楽しい。
ネットで叩かれたこともあるし大変なことばかりだけど、辞めたいと思ったことは一度もない。
辛いことよりも楽しいことの方が遥かに多いからだ。
ただ、弓弦は一つだけどうにもならない苦しみを抱えている。
「みーちゃん……」
凱旋ライブ初日からもう3日も経っている。
本来であれば前回の反省を生かして次のライブをより良いものにするために連日打ち合わせをするのだけれど、マネージャーはじめ色々な人から休暇を命じられてしまった。あり得ないことだ。
それほどまでに今の自分は酷い顔をしているんだろうな、と思う。
みんなが頑張ってるし、弓弦だって楽しみなライブなのは間違いない。
早く気持ちを切り替えなきゃダメなのに。
滞在先のホテルで何もする気が起きずにぼぉ~っとしている毎日。
気持ちが乗らず、まったく症状が良くならない。
このままでは何も良くなる気がしないので、気分転換に外に出ようと思う。
今の富士宮はファンが押しかけて来てるからそのまま外に出たらすぐにバレるので、少し遠めの由比海岸まで車で連れて行ってもらった。
おとなしいファンばかりだから普段はバレても良いんだけどね。
こんな気落ちした姿を見せて心配させたくないので。
堤防の上を散歩しながら改めて自分の気持ちを確認する。
みーちゃん、弓弦の大好きな幼馴染。
歌が上手で明るくて可愛くて話が面白くて、何よりも一緒にいると居心地が良い。
ずっとずっと一緒だと思ってた。
でも実は気がかりだったことがあった。
人見知りで口下手のままだと、いつかみーちゃんは弓弦と一緒に居てもつまらないって離れてしまわないかと。
みーちゃんがそういう人じゃないのはもちろん分かってた。
でもその不安は分かっていてもなお大きくなっていった。
ちゃんとしないと。
そんなとき、偶然ネットでアイドルオーディションのお知らせを知った。
自分を変えるための荒療治。
逃げられない状況に追い込めば、きっと自分はもっと積極的な人間になれるだろう。
小さいながらにそんなことを考えて、実際それに近いことを両親に話して応募を認めてもらった。
どうせ一次の書類選考で落ちるだろうと思っていたら通ってしまい、東京で面接を受けることに。
今思えば、両親のびっくりしてた感じが面白かったなぁ。
もちろん弓弦は緊張でそれどころじゃなかったけどね。
今にも倒れてしまいそうなプレッシャーの中、面接で途中まで一応ちゃんと受け答えできていたのは奇跡だと思う。
集団面接で一つ前の人が、弓弦が歌おうと思っていた歌をすごく上手く歌っていて動揺した。
どうしよう、このままじゃダメだ。
受からないということよりも、自分がダメな人だとがっかりされることが恐怖だった。
それで迷って何も口にできず、試験官の人が困りだし、会場の雰囲気が悪くなりそうだったとき、ふと、みーちゃんが楽しそうに歌っていたのを思い出した。
「嫌なことや辛いことがあっても、歌ってるときはすごい楽しいから歌が大好き!」
みーちゃんの言葉を思い出した瞬間『スイッチが切り替わった』
今までの引っ込み思案な自分はどこに行ったのかと思ってしまうくらいノリノリで歌いだす。
それも、予定していた曲じゃなくてみーちゃんが作った曲『大好き』を。
豹変した自分に驚くというよりもすごく気持ちが良かった。
全力で楽しく歌うことで、きっと本来の自分が出て来たんだと思う。
そしてその本来の自分はこれまでとは全くの真逆の性格だった。
だってまさか、面接の場でコール&レスポンスを面接官の人にお願いしちゃったんだから。
無茶苦茶やったので当然失格、かと思ったらまさかの合格通知がきてびっくり。
後々合格の理由を聞いたら、無茶苦茶やったからじゃなくて、歌を一番楽しそうに歌っていたこと、が理由だって。
これもみーちゃんのおかげかな。
みーちゃんが楽しそうに歌う姿を思い浮かべながら歌ってたからね。
合格したことが嬉しくて、真っ先にみーちゃんに言おうと思った。
でも、思っちゃったんだ、みーちゃんの曲を使って受かったなんて知ったら、嫌われないかな。
この思いがずっとずっと引っかかっていた。
そして事務所からの衝撃的な連絡。
あの歌をデビュー曲にする。しかも弓弦が作ったことにする、と。
みーちゃんに対する申し訳なさでいっぱいだった。
そんな心配は無用だと言うかのごとく、みーちゃんは素直に喜んでくれた。
この歌を使ってくれて嬉しいとも言ってくれた。
でも、罪悪感が消えてくれない。
嫌われたくない、それが今度は罪悪感に変わり、みーちゃんの前から逃げたいという気持ちに変わった。
アイドル活動は楽しかった。
それはそうだ。
だってそこは逃げた先で、歌っているときは何も気にせず全力で好きなことができるんだから。
卒業してからはみーちゃんに出会うことも無くなり罪悪感もだんだん薄れていった。
突然みーちゃんからファンレターが来てびっくりしたけど、その後プッツリと来なくなった。
だから、弓弦も忘れかけていた。
そして凱旋ライブ。
5万人もいるんだから気付くはずがない、気付いてももう過去のことだから大丈夫、そう思っていた。
「思い込んでただけだったんだよね、逃げてただけで弓弦は何も変わってない」
押し込んでいただけの罪悪感が、一気にあふれ返ってきて、心がどうにもならなくなった。
こんなにきれいな景色で富士山も美しいのに、心は全く晴れない。
せめて今回のライブはやりきらないと、でもこのままじゃ、いったいどうしたら・・・
「どうしたらいいの……だれか助けて……」
翌日、そろそろ復活しないと日程的にまずいので無理矢理にでも気合を入れなおして今日から打ち合わせに復帰しようと思っていた。
「あれ?どこ行くの?」
だけど、車が打ち合わせ会場へ向かわない。マネージャーに聞いても「秘密」とだけ言われて何も答えてくれない。
ドッキリにしては露骨なんだけど、マネージャーがドッキリ仕掛けてる時の顔をしている。
顔でバレバレなのはダメだよね。
気付いてないフリして素直に驚いてあげようと思う。
着いたのは富士山の写真で有名な田貫湖。
そういえば弓弦は田貫湖にはあんまり来たこと無かったなぁ。
ここで何するんだろ?
連れてかれたのはキャンプ場。
あれはステージ?なのかな。
少しだけ高くて5メートルくらいの幅の台と、バンドセット一式が置いてある。
今日はあそこで歌うってことなのかな。でもこの静かなところで音鳴らして良いのかな。
と思ったらステージの前に一つだけ置いてあるパイプ椅子に座らされた。
「少しの間だけ、これをつけていてください」
目隠し?え?何が起きるの?
流石に何が起こるか分からずドキドキしてきた。
あ、ドキドキで嫌な気持ちが少し薄れてる。これ狙ったのかな。
そのまま座って待っていると、ガチャガチャと準備をする音が聞こえて来る。演奏の準備をしているようだ。
そして準備が終わったのか、マネージャーが声をかけてきた。
「それでは目隠しを外してください」
マネージャーの声を合図にゆっくりアイマスクを外すと、小さな小さなステージの上には、今最も会いたくない人物が立っていた。
「スペシャルライブへようこそ!」
み、みーちゃん……




