冷徹の崩壊
僕はウィリアーズ公爵家の長男、アランだ。
ハームズ王国唯一の学園である、ナーナード学園の生徒会長をしている。
僕は周りにあまり興味がない。
いや、昔はコロコロ表情を変えて可愛らしいと言われていたらしい。覚えてないが。
しかし、よく考えてみてくれ。
話しかけると鼻血を出す女子。
廊下を歩くと決闘を申し出てくる男子。
僕を見かけるとすり寄ってきて胸を押し付けてくる、香水くさい女子。
笑いかけると襲ってくる男子。
小さい頃から周りがそんなやつらばかりだった僕は、感情が出なくなった。
感情をあらわにした結果、誘拐されかけたことも理由に含まれるかもしれない。
そして、美しいものをみてもなんとも思わなくなった。
きっとこれからも僕が笑うことも泣くことも怒ることもないんだろう。
喜怒哀楽が抜けた僕を、みんなが陰で「冷徹の人形」と呼んでいることは知っている。
しかし、それでも嫌悪すら感じなくなっていた。
このまま感情を忘れたまま愛のない、いや、愛の分からない結婚をして老いていくのだろう。
そう覚悟していた17歳の夏、僕に妹ができた。
***
「あぁぁあぁぁーー!」
「あああ、ミラちゃん、泣かないで!」
妹が来てから1週間がたった。普段僕は学園の寮に住んでいるのだが、その日は親に呼ばれて久しぶりに実家に帰った。妹に会わせるのだろう。
妹は、正式には僕の従兄弟にあたる。
妹の両親、つまり僕の叔父と叔母は、ミラを置いて姿を消したらしい。どうも、借金をしていたようで、逃げたのだという。
しかし、ミラは2歳にもなっていないため事情など分からない。そのため、いつまでたっても帰ってこない両親をもとめて泣いていた。
「あぁぁあぁぁ…あぁぁぁん……ヒック…」
泣き疲れてミラの泣き声が小さくなったころ、僕はミラに近寄った。
「ああ、アラン。あなたの妹になるミラよ。可哀想に、まだこんなに小さいのに義姉さんも義兄さんどこに行ってしまったのよ…」
母がミラを抱きながらな涙をながす。そんな母に気づいてだろうか、ミラがまた泣き声をあげそうになった。
「初めまして、僕はアラン。君のお兄さんになります。」
僕はミラに自己紹介をしてミラの頬を触った。
モチモチだった。
なんだこの頬は。
自分とあまりにも違う。少しでも乱暴に扱ったらすぐに壊れてしまいそうな。
すぐにどけようとした僕の手を、小さな小さな手がつかんだ。
「にー?」
涙でうるんだ大きな瞳で僕を見上げるミラ。
完敗だった。
2人の様子を見ていた母上がそっとミラを渡して来た。
僕はまるで壊れ物を扱うかのように、慎重に、慎重にミラを抱いた。
「うぅ、あぁぁ…」
また泣きそうになったミラをそっとだきしめて、耳元でささやいた。
「大丈夫。これからは僕がいるよ。僕がミラを守ってあげるからね。」
そういった僕を、母上が驚いて見ていた。
どうしたのかと思ったら、口元が歪んでいるのがわかった。
笑ってる…
僕が笑ったのをみてか、ミラも笑い出した。
キャッキャッと笑うミラを見ながら、僕は久しぶりに幸福を感じた。
***
それから僕の行動は早かった。
まず、寮をでた。
唯一友達と呼べなくもない男であるジェームズは、僕のいきなりの行動におどろいた。
「なんで寮出るんだよ!家が少し遠いから、通うのめんどくさいとか言ってたじゃねーか!生徒会もあるんだから、朝早い時もあるし帰りも遅くなることだってザラだ!いちいち実家に帰れるわけねーだろ!」
「ふざけるな!寮にいたらめったに実家に帰れないだろう!僕がいない間にミラが泣いてたらどうするんだ!?それに、ミラのそばにいなかったらミラの成長がみれないだろう!!生徒会なら大丈夫だ。ミラのためならば生徒会の仕事など片手間に過ぎない!ミラ、今帰るぞ!!」
「誰だよお前!?」
あまりにも前とは違う僕に、ジェームズは頭を抱えた。
そんなジェームズをしりめに、僕はホクホク顔で帰路へついた。
途中、いつもと違い感情を表に出した僕の顔を見て、何人か倒れた。その中には男子もいたが、全く気にならない。
今僕は最高に気分がいい。
「にー!」
家に帰ったら、危ない足取りで必死に手を伸ばしながら僕の方へ向かってくるミラがいた。
「ミラ!?フラフラして!危ないぞ……でも可愛い!!」
両手を広げてミラを待つが、たどり着く直前で転んでしまった。
泣きそうなミラに慌てて手を伸ばし、
「ミラ!?大丈夫?!ミラの可愛い手に傷がついたら、あぁぁぁぁ!」
慌てる僕に涙でうるんだ瞳を細めて、
「にー!」
と笑うミラ。
完敗だ。
ミラの可愛さに、冷徹な人形は感情を吹き込まれ、だらしなく眉を下げて笑うのだった。