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第三十一話

「みやちゃん、マスターのことお父さんって呼んだね。」 

 見送りのために店のポーチに出てきた都に、いずみが言った。

「あ、うん。なんか変な感じだけど……」

(みやこ)ならすぐ慣れるよ。」

「早瀬母のことはおかあさんって呼んでるんでしょ?なら大丈夫。」

 勇気づけてくれる奈々(なな)明里(あかり)に、都は「ありがとう」と言った。

 笑顔で彼女達を見送ったあと、竜杜(りゅうと)と一緒に商店街の関係者、大叔父とはとこを送り出す。その後店の二階で私服に着替え、スタイリストをしてくれたカフェ無限大の店長に礼を言った。

「クッキーもすごく好評でした。本当に、ありがとうございました。」

「都さんのヘアメイクする念願かなって楽しかったわ。桜のクッキーも、こういうお祝いの席に好評ってわかったし。こっちこそありがとう。」

「テントウムシより青虫がよかったんだけどなぁ。」と春香(はるか)はやや不満げな表情。

 そこに撮影機材を車に運んでいた三芳啓太(みよしけいた)が戻ってきた。

「他に乗せるものないな?」

「あ、待って!」

 テーブルを片付けていたうさぎ亭の比奈(ひな)が、ビニール袋を美帆子(みほこ)に手渡した。

「三芳ファミリーも食べる暇なかったでしょ。うちの父が作った夜食。よかったらどうぞ。」

「いいんですか?」

「ありがとうございます。」受け取った無限大の面々が礼を言う。

「そうだ、小暮(こぐれ)さん。」三芳が立ち止まった。

木島(きじま)先生の写真展のクロージング、来ますよね。」

「もちろん。都ちゃんと伺うわ。」

 彼は頷くと、配偶者と妹を促して店を後にした。

大地(だいち)、とりあえず台車に乗るだけ持ってくぞ。残りの空き瓶は明日回収だ。」

 リカーハタノの店長も帰り支度をする。

「おじさんと大地くんも夜食、持ってってね。」

「あざす!」

 波多野は比奈から受け取ったビニールをダンボールの上に乗せると、そのまま「よいしょ」と持ち上げる。

「カズさん、仮営業の件、考えといてくれ。」

「木島、またメールするわ。」

 お休み、と言って波多野親子も帰って行く。

「比奈、うちも撤収だ。」

 すでに自分の店まで台車で往復してきたうさぎ亭も、最後の荷物を運び出す。

 すかさずエミリアが束ねておいた花を比奈に差し出した。

「よろしかったら、お花、少しもらっていただけるかしら。」

「いいんですか?母が喜びます。あ、皆さんの夜食も置いていきますから、よかったら召し上がってください。」

「それとパーティーのご用命があればぜひ、また。」

 そう言ってうさぎ亭が撤収するのを、竜杜が外まで見送る。

 彼が門を閉めて臨時休業の札を出している間、都と冴は笙子の手を借りて荷物……主に着ていた着物を母屋に運んだ。和室の鴨居に干していく。

「明日畳めばいいんだよね。」

「仕事の合間にとりに来るから……と、マクウェルさんからメールだわ。」

 携帯の画面を開いた(さえ)がクスリと笑う。

「どうしたの?」

「エリちゃん、帰りのタクシーで寝ちゃったって。」

「最後、眠そうだったもんね。」

 竜杜が母屋に戻るのと前後して、栄一郎(えいいちろう)もやって来た。

笙子(しょうこ)さん、車持って来たよ。」

「いま行く。」

「では僕らも行こうか。」

「ええ、そうね。」

 早瀬とエミリアの言葉に、都は驚く。

「これからどこか行くんですか?」

「うちで飲みなおすの。」と笙子。

「聞いてないぞ。」あからさまに竜杜が眉間を寄せた。

「正月にエミリアが来たときに約束したんだよ。」

 そうなの、とエミリアが微笑む。

「積もる話もあるから、次に来たときはショウコの家でゆっくりしましょうって。」

「あたしまで呼ばれていいのかしら。」と手荷物をまとめた冴が言う。

「もちろん大歓迎。」

「帰りはぼくが送りますよ。」

「ということでうさぎ亭さんの差し入れは人数分いただいて行くよ。戸締りは忘れずに。店の片付けは明日するから。」

 早瀬の決定に口を挟む余地はなかった。

 かろうじて言えたのは。

「……いってらっしゃい。」の一言。

 保護者たちが出て行くと、竜杜は「まったく」と呟きながら戸締りをした。

「気を利かせたつもりなんだろうが……」

 えっ!と、都は目を丸くする。

「二人きりは嫌だったか?」

「そうじゃないけど……」

 聞いてしまったら変に緊張する。

 戸惑う都の肩を竜杜は抱き寄せる。背をかがめて優しいキスをした。

 と。

「ぎゃう!」と声。

 顔を見合わせる。

「フェスとコギン?」

「待ちくたびれたと言ってるな。」

「だね。」

 そっと笑い合う。

 もう一度口づけを交わすと居間に向かった、


 その数日後。

 竜杜と都の姿は夜の公園にあった。

 見上げた先にあるのは花真っ盛りの桜の花。

「うわぁ……きれい。」

 都は枝の下に行くと、老木を見上げた。

「夜桜って怖い感じがしてたけど一人じゃないからかな。すごくきれい。」

 古い、ごつごつした幹からは想像できないほど柔らかな色が広がっている。

「もっと大木だと思ってたが……。」

「それ、いつの話?」

「祖父さんが死んだとき。」

「もしかして迷子事件のとき?」

 竜杜が祖父の通夜の席でいなくなり、近所総出で探し回ったことは、今でも商店街の語り草になっている。

 しかし竜杜はきっぱり言った。

「あれは迷子じゃない。」

 いわく、桜に誘われたのだと。

 幼少期からたびたび早瀬の家に滞在していた竜杜だが、桜の花を見たことがなかった。初めて見たのは祖父、早瀬博人(はやせひろと)の葬儀のため、こちらの世界にやってきたときだった。

 齢十一だった竜杜は、大好きな祖父と二度と会えないことを理解しつつもどこか現実と思えず、一人、庭でぼんやりしていた。時折吹くのは春の風。ふと空からなにか舞い落ちてきたことに気づく。手を差し出して受け止めたのは、薄いピンク色の花びら。どこから飛んできたのだろうと辺りを見回したが、庭にその片鱗は見当たらない。ならばと、興味の赴くまま、通夜の席を抜け出し、そうしてたどり着いたのがこの公園だった。

「桜、咲いてたんだ。」

「今と同じように満開だった。きれいなのに静かでどこか怖くて、ずっと見てた。」

 そこに通りがかったのが、波多野酒店の店長だった波多野大地の祖父。

「祖父さんの通夜にいく途中だったんだろうな。」

 黒いスーツだったので気づかず、急に声をかけられてびっくりしたことを思い出す。しかしよく見れば、幼い頃から自分をかわいがってくれた祖父の囲碁仲間。

「竜杜くんだろう。ヒロさんとこの。」

 問われて竜杜は頷いた。

 そうかそうかと、相手も嬉しそうに頷く。

「しばらく見んうちに、でかくなったなぁ。」

「これ……」

「桜がきれいだ。今年は遅かったが、やっと満開になった、」

「さくら……?」

「ヒロさんも好きだったなぁ。」

 そうやってしばし二人で花を眺めたあと、彼は大騒ぎの最中だった早瀬家へ竜杜を連れて行ったのだ。

「それが花見?」

「たぶん、な。家に帰って勝手に出歩いたことを母親から叱られて、波多野さんと会ったことは忘れてた。」

「リュートでも忘れること、あるんだ。」

「それほど厳しく怒られたんだよ。」

「でも波多野くんのおじいさんは、覚えてたんだね。」

「祖父の散歩について行くと、必ずこの木の下で誰かに会って立ち話してた。」

「思い出の木なんだ。」

「ああ。だから夜桜ならここだと思ってた。去年約束しただろう。」

「あ……」

 一年前、花の盛りを過ぎた葉桜の下で言ったことをだと気づいて、都は嬉しくなる。

「覚えてたんだ。」

「当たり前だ。」

「当たり前でも、すごく嬉しい。お義母さまにも、見せたかったな。」

 銀竜を介して知らせが届いたのは、昨夜だった。前の長、ルヴァンドリ・ワイラートが息を引き取った、と。

 それに対して早瀬は、自ら聖堂に赴くことをすぐさまセルファに伝えた。

「僕が竜騎士でいられたのは彼のおかげだからね。最後を見送るのも僕の役目だ。」

 その言葉通り早瀬はつい先ほど、エミリアと迎えに来たセルファと一緒に、門の向こうの世界へ向かったのである。

「リュートも行きたかった?」

 いいや、と首を振る。

「父の幕引きを邪魔するつもりはない。オーディもいるし、向こうは大丈夫だろう。」

 そっか、と都は桜を見上げる。

「でももしこの先リュートが向こうで暮らすって言ったら……こういうの、見れないんだろうな、」

「別に、花の時期に戻ればいいだろう。」

「いいの?」

「いいもなにも、店を完全放棄するわけにいかない。」

 今回も店長代理の役目で残ったんだから、と答えるのがいかにも彼らしくて、都は嬉しくなる。

「それに、都がそう望むなら俺はそうする。」

 その言葉に偽りないことを都は知っている。

 ならば伝える言葉はただ一つ。

 都は竜杜を見上げた。

「リュート。わたし、これからもずっと……」

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