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第二十四話

「順番、これでいい?」

 脚立の上から林杏子(はやしきょうこ)が問いかけた。

 箕原亜衣(みのはらあい)は腕組みして「うーん」と唸る。

「ごめん。やっぱ二枚目と三枚目入れ替えて。」

「って、さっきからそればっかじゃん。」脚立の上で、杏子は腰に手を当て呆れる。ただでさえ背の高い彼女がそうしていると、威圧感があることこの上ない。

 しかし、亜衣はそれに屈せず、むぅ、と頬を膨らませる。

「じゃあ杏ちゃん、どっちがいいと思う?」

 杏子がポニーテルにまとめた頭をかしげる。

 そうして導き出した答えは……

「どっちでもいい。」

「ひどっ!」

「だってミノが気に入るか気に入らないかの問題でしょーよ。」

「そーだけどー。」

 三年間、苦楽を共にした部活仲間の容赦ない言葉に、亜衣はいっそうフグ顔になる。

「一旦休憩して、も一度見ればいいじゃん。」と助け舟を出したのは波多野大地(はたのだいち)

「だね。」と杏子は脚立から降りた。

「ミノがわがままなのは疲れてる証拠。都さんも休もー。」

「あとちょっだから、先休んでて。」

 新川真(しんかわまこと)となにやら意見しあってるみやこに、波多野は肩を竦めて見せる。

 彼らが右往左往しているのは定休日のカフェ無限大。

 写真部は卒業したが、卒業製作展と称して展示を行うため、設営作業を行っているのだ。カフェの壁面に写真を吊るすだけなのに、学校の文化祭と勝手が違うせいか四苦八苦している。特にこだわりの強い都と亜衣は、早々に持ち場を終えたほかのメンバーの手を借りてやっと、といったところ。

 ややあって、疲れきった都とホッとした表情の新川がテーブルにやってきた。

 カフェ店長の三芳美帆子(みよしみほこ)がマグカップを差し出す。 

「お疲れさま。お試しコーヒーどうぞ!」

「ありがとうございます。」

 ソファー席の杏子と亜衣の間に座った都は、カップに口をつけて「ん?」と目を丸くした。

「これ、もしかしてレモンかオレンジ入りのコーヒー?」

「どぉ?」

「ありっちゃありかなぁ。」と言ったのは杏子。

「あたし、アイスで飲みたーい。」と亜衣が手を上げる。

「箕原に同じ。」と波多野も頷く、

「自分、けっこう好きかも。」と言ったのは元部長で、今回の展示チームのリーダー新川。

 と、そこへ二階で仕事をしていた三芳啓太(みよしけいた)が登場。

「啓太、コーヒーは?」

「どーせまた妙なモン入れたんだろ?」

「意外に好評よ。」

「オレはあとでビール飲むから。んで、設営終わったのか?」

「箕原以外は。」

「波多野氏!なんで暴露する?」

「事実は事実。」

「ちょーっとしっくり来ないだけだもん!」

「まぁ展示期間長いから、気に食わなかったら途中で入れ替えるのもありだけどな。」

 三芳の言葉に亜衣は「えっ!」と腰を浮かす。

「ホントですか?」

「一階貸し出すの初めてだし、今回一月ちょいだろ?長い分、フレキシブルでいいと思うぜ。」

「じゃあ、これでオッケーです。」

「散々悩んでそれかよ!」まったく、と新川は眼鏡を押さえる。

 ご機嫌な亜衣と脱力してる新川を尻目に、波多野は残りの作業内容を三芳に伝えた。

「そんくらいだったらあと一時間もかかんねぇな。」

「木島、そのまま居残りで打ち合わせなんだよな。」

「みやちゃん、二階の展示も関係してるもんね。」

「ほとんど三芳さんにお任せだけど、その他の打ち合わせもあるから。」

 と、店の扉をドンドン叩く音。

 慌てて美帆子が出ると、そこにいたのは元演劇部の部長と副部長カップル。

「フライングでごめんね。」

 差し入れ、と言って篠原明里(しのはらあかり)はコンビニの袋を差し出した。

和臣(かずおみ)、明日引越しだから。先に見せてもらおうと思って。」

「都さんから話、聞いてるわ。今ちょうど個人の設営が終わったところ。」

 美帆子にどうぞ、と言われて二人は店の中をきょろきょろ見回す。

 すかさず新川が立ち上がった。

「コーナーごとにそれぞれの写真飾ってるんだ。アルバムと芳名帳は今、波多野たちがまとめてる。」と、説明する。

「波多野、やっぱ猫か。」西が苦笑する。

「おう!今回は千葉の猫だぞー。」

「新川も千葉の鉄道……とか言うんじゃないだろうな。」

「いいや。今回はローカル線特集だ。」

「杏子さんの写真……昔の線路?」

「最近、廃線にはまってんだ。」

「亜衣ちゃんの、相変わらず凄いね。」

「都さんの写真、わざとモノクロにしたの?」

「うん。アルバムは過去作品だからカラーだけど。」西に問われて都は応える。

「ちなみに都さん母の写真って?」

「上にあるけど……」

「まだ半分しか展示してねーけど、適当に見てくれてかまわんよ。」

 横から飛んできた三芳の言葉に、西が「見たい」と言った。明里は「後日見る」と言うので、都は西だけを二階へ案内する。階段を上ってすぐのギャラリースペースは三芳の言うとおり、半分は壁にかけられているものの、残り半分は床にパネルが立てかけてあった。

「ホント、風景ばっかなんだな。」

「うん。雑誌とかパンフレットとか……父親とも、雑誌の取材が縁で知り合ったんだって。」

「すげーきれいだけど、おれ、やっぱ都さんの写真がいいや。」

「無理に言わなくてもいいよ。」

「無理じゃねーよ。だっておれ、一年んときから都さんの写真ファンだもん。」

 へっ?と都は目を丸くする。

「文化祭んとき、新川に誘われて写真部の展示見たときにからすっげー気になって。掲示板ギャラリーもチェックしてたんだぜ。」

「え……あ!じゃあ明里さんがわたしの写真見てたのって……」

「おれに付き合って毎月見てた。」

「じゃあ写真部に舞台の撮影オファーしたのも……」

「あれは文化部全体、巻き込むつもりだったから。でもあんとき写真部の木島さんに会えるの、楽しみだったんだ。」

「会ってがっかりした?」

「いんや。だって都さん、、新学期早々ぶつかった相手だったし、明里さんと仲良くしてくれたし、まじで運命感じたりして。っても、恋愛感情抜きな。」

「それ、なんか矛盾してる。」

「文化部所属の表現者同士ってこと。やっぱ都さん、すげーと思うもん。おれさ、下に展示してる都さんの写真見て、今、すっげ脚本書きたいって思ってるんだぜ。」

「脚本って舞台の?」

 まぁな、と西は笑う。

「それくらい、都さんの写真ってイメージくれるから、すげー好き。って言っても、信じないと思うけど。」

 こくん、と都は頷く。

「でも……西くんが脚本書いたら、読んでみたい。」

「まじ?送りつけるよ。フリューゲルに。」

「いいけど……感想とか、苦手だから言わないよ。」

「面白いか面白くないかでいーよ。」

「それだったら……言えるかな?」

「やり!」

 パチンと西は指を鳴らす。

「それとさ、も一つ頼みごとしていい?」


「早瀬さん、いらっしゃい。」

「おつかれ~。」

「作業、終わったのか。」

 三芳夫妻に出迎えを受けた竜杜(りゅうと)は、人気のないカフェ無限大の店内を見した。

「ついさっき解散したトコ。小暮(こぐれ)さん、ご一緒じゃなかったの?」

「同じくらいに事務所を出てるはずだから、じき来るだろう。」

「んじゃま、先にビール飲んでるか。」

「都さん、上にいるわよ。」

 竜杜は礼を言うと二階に向かった。

 階段を上りきる前に都の姿が視界に入る。彼女は半分しか写真が展示されてない壁に向かい合う形で、椅子に座っていた。

 そっと背後に立つ。

「きれいな風景だ。」

「だって……お父さんに見せたかった風景だもん。」

 竜杜を見ずに、都は言った。

「見せたくて、景色切り取ってたんだよね。」

「切り取る?」

「わたしの写真は、時間を切り取ってるみたいなんだって。お母さんとは違うんだなって、実感してるとこ。」

「同じである必要はない。それが都の表現なら。」

「うん。西くん……演劇部の元部長さんにもそう言われた。西くんね、わたしの写真見るといろんなこと想像して、それで脚本を書きたくなるんだって。」そこでやっと都は竜杜を振り返った。

「わたし、ライバル宣言されちゃった。」

「大地にも宣言されてなかったか?」

「そうなんだよね。わたし、凄いことしてるわけでもないのに。」どうしてだろう?と首をかしげる。

「そういえばリュートに会ったことないけど、気配は感じたことあるとか言ってた。」

「文化祭で見かけた気がする。」

「なにそれ?」

「その程度のことだ。それより、最後に聖堂に寄ったとき、ユーリ・ネッサに会いに行ったそうだな。」

「セルファさんか……」

「クラウディアから連絡が来た。」

 その連絡の中に、都がケイリー夫人を訪問したこと、彼女から都への伝言が含まれていたのだ。

「次に会うとき、あなたが飛ぶのを拝見させていただく……と伝えるよう言われたそうだ。」

「えーっと……」

「聞きようによっちゃ、ライバル宣言だな。」

 なんでかなぁ、と都はため息をつく。

「何を言われた?」

 竜杜の旧知であるユーリ・ネッサ・ケイリーが、以前彼女に辛らつな言葉を投げたことは竜杜も知っている。けれど都は首を振って「前と違う」と言った。

「わたしが、リュートのように飛ぶつもりなのか?って聞かれたの。」

 しかし言われたのが一族になるための審問の真っ最中だったので、何かの試験かとひどく悩んだのだ。言われて竜杜は思い当たる。

「じゃあ聖堂で部屋の隅で丸まってたのは……」

「いろいろ考えてたらああなっちゃって。でも、そのあと誰にも聞かれなかったから、あの人の個人的な質問だったのかなぁって。」

「なんで言わなかった?それにどさくさで言われたことなら律儀に答える必要もないだろう。」

「そうなんだけど……」と都は小首をかしげながら口を開く。

「なんでわざわざ聞くのか不思議だったの。わたし、一族はみんな飛ぶんだって思ってたから。でもメラジェさんみたいに召喚しない一族の男の人もいるってことに気づいて。それとトランに会いに行ったとき、子供も大人もコギンとフェスにすごく興味持ってたでしょ。リュートとトランがいろんなこと説明して。あれ見て、一族も銀竜も同胞も、当たり前じゃなくてもの凄く特別なんだって思ったの。だから飛ぶっていうことも凄くて、だから尊重しなきゃいけなくて、なによりわたし、やっぱり飛ぶのが楽しくて……だからこの先もリュートと飛びたいって思った。」

 もちろん聖堂に行ったのはネフェルとリィナにしばしのお別れ言うためだった、と付け加える。

「もし会えたら……と思って書記官さんお部屋に行ったらあの人がいて……で、思ったことだけそのまま言って……」

 それに対してユーリ・ネッサは顔色一つ変えずに「そう。」とだけ言った。

「いいとも悪いとも言われなかったから、特にリュートに言わなかったんけど……まずかった?」

「逆だ。」

 そう言って竜杜は都の頭にそっとキスをする。

「ケイリー家から正式に竜で飛ぶための訓練をして欲しいと、聖堂に依頼があったそうだ。」

 ケイリー家は当主のケイリーが怪我をしたせいもあって、幼い息子たちに飛ぶことを禁じていた。主に妻、ユーリ・ネッサの意向だったが、このたび正式に「飛ぶことを教えたい。ついてはクラウディア・アデル・ヘザースに教授して欲しい」と連絡があったのだ。

「それは……いいこと?」

「未来の竜騎士を育てることだからな。」

 そっか、と都は笑顔になる。

「彼女、都に負けたなくないと思ったのかもしれないな。」

「えー!わたしのせい?」

「無関係じゃないだろう。」

「だから、そんなこと全然してない。」

 必死で否定する都の姿に、リュートは笑う。

「あー!人事だと思ってる!」

「そうじゃない。もし都が竜騎士だったら、きっと優秀だっただろうとクラウディアが言ったのを思い出した。」

「竜騎士は、嫌かも。」

 えっ?と竜杜は驚く。

「だって飛ぶのは好きだと……」

 だから!と都は竜杜を見上げる。

「わたし、リュートと一緒に飛ぶのが好きなの!」

明日がメンテナンスのようなので、前倒しで更新します。次回の更新は2017年10月10日(火)を予定してます。

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