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第十九話

「はとこ?」

「お祖父さん同士が兄弟。わたしより五つ年上でお姉さんみたいな人。フリューゲルに来たんだって。」

「そういうことか。」

(さえ)さんが声を送ってきたの、初めてだもんね。」(みやこ)は笑った。

「わたしもびっくりしたけど、大叔父さんから連絡あったなら納得かな。」

 夜明け前に目覚まし代わりにコギンが伝えたのは、まごうことなき冴の声。突然のことに驚いて見ていた夢もどこかへ吹っ飛んだが、話の内容を聞いてなお驚いた。

 しかしスケジュールの都合でゆっくり再聴することができず、イーサの手を借りて着替えると、そのまま銀竜(ぎんりゅう)と一緒にリュートの召喚した竜の背に乗ってラグレス家を飛び立った。

 空の上では風が強く、デリケートな話をするのはままならない。

 次第に朱に染まる空を見ながら飛ぶのは圧巻で、風除けの眼鏡越しでもその光景は美しく、都は思わず感嘆の声を上げていた。頬に受ける冷たい風と、手を伸ばせば届きそうな空の近さに、改めて同胞と飛んでいるのを実感する。

 そんな都の心の内に呼応するように、竜が短く鳴いた。

 すっかり辺りが明るくなった頃、竜は岩山のふもとに着地した。リュートいわく、崖を背にしたなだらかな斜面地は湧き水もあり、竜と人の休憩地にもってこいなのだ、と。

 すぐに竜と銀竜たちは水を飲みに行き、都は耳当てのついた帽子と風除けの眼鏡、それにごつい革の上着と手袋を脱いだ。イーサが編みこんでくれた頭をさっと振って、前髪を整える。

 適当な場所に布を敷き、携えてきた朝食を広げた。料理人が前夜から準備してくれた朝食は、目覚めてすぐ飛び立った身体にはことさら美味しく染み渡る。フェスとコギンにも、薄いパンのような生地に酢漬けや肉を巻いたものを渡すと、器用に両手で受け取り、もしゃもしゃとこれまた旺盛に食べた。

 食後は、リュートが湧き水を沸かして淹れたコーヒーで一服。

 そこでやっと、都は冴からの連絡事項をリュートに切り出したのだ。

「はとこ……(あおい)ちゃんっていうんだけど、リュートのこともお父さんのこともびっくりしてたって。」

「そりゃそうだろう。」

「うん。でも波多野(はたの)くんとマクウェルさんが説明してくれたから、わかってくれたみたい。」

大地(だいち)のことだから偏った説明だろうが、それでもありがたいな。」

 リュートの言葉に都も同意する。

 共犯者、と言えば聞こえが悪いが、今回ガッセンディーアに来て、そういう人たちに助けられているのだとつくづく実感したのだ。特にアデル家の献身は、心からありがたいと思う。

「アデル家にとって、ラグレス家の存続は人事じゃないんだろう。」

「シーリアさんの実家だから?」

「アデルの叔父の名前を覚えてるか?」

「ボナウン・アデル。」

「正確にはボナウン・メリカデ・アデル。」

「メリカデ?」

「今はない、一族の家の名前だ。」

 ボナウン・アデルの母……セルファとクラウディアの祖母に当たる人は一族の出で、しかし、聖堂に出入りしていた商人のアデルと結ばれた。一度は縁戚が継いだメリカデ家もその後途絶え、今は彼の名前に残るのみ。しかしその名を知る人も少ないため、ガッセンディーア一の大店の主人が一族の血筋と知る人は少ない。

 唯一、早瀬加津杜(はやせかずと)はあえて彼のことをメリカデと呼んでる。呼ばれる本人もまんざらでないのは一族への羨望が未だにあるから。だから娘のクラウディアが竜隊に入ることも反対せず、自らもラグレス家に関わっているのだ。

「わたしもそれに、助けられてるんだよね。」

 ふう、と空を仰ぐ。

 空の一点でキラリと光るものが見えた。

 そういえば、フェスとコギンは食後の飛行に行ったきり戻ってない。

 都は木のコップを傍らに置くと、立ち上がって目を閉じた。

「白き翼の盟友、その力、その光をわれに与えん……」

 何度も唱えている言葉。諳んじている文句が口をついて出る。

 そっと目を開く。

 そこに映し出されるのは、はるか遠くに連なる大山脈。

 ゆっくり旋回しながら捉えるのは、地上。

 それはコギンが今まさに見ている風景。

 岩山の稜線を伝い、目標を定める。やがて見えるのは、斜面地の草に座って空を見上げるリュートと、その傍らに立つ自分。

 都は再び目を閉じた。軽く深呼吸。

 通常の視界に戻った目を開くと、空に向かって手を差し出した。

 空から舞い降りたコギンがその手に止まる。

「おかえり。」

「ぎゃう!」

「元通り、飛べるようになったね。」

「フェスも思い切り飛んだな。」

 リュートも、肩に舞い降りたフェスをねぎらう、

「今回は俺に付き合って、窮屈な思いをさせたから。」

 連日、共犯者……もとい今後も世話になる人への挨拶に忙殺されたリュートに、フェスも付き合っていたのである。

「聖堂以外、フェスとずーっと一緒なんだもん。ラダンさんの言うとおりだったよね。」

 モリス・ラダンはリュートの同期で聖堂の警備をしている。昔から一方的にリュートに反目してるのだが、先の呪術騒ぎのときは彼の窮地を救い、そして門番である事実も知ることとなった。それは職務上の話なので好き嫌いは言ってられず、リュートは都と共に彼に会いに行ったのだ。

 都の顔を見るなり、ラダンは言った。

「銀竜はどうした?」

「外で待ってます。」

 以前、聖堂でコギンがおかしくなったことを覚えていたのだ。

 そのときと同じ竜隊の制服姿に、濃い茶色の髪は竜に乗る者の常で首筋で束ねている。 

 クラウディアの情報によれば彼は英雄の家系で、成績優秀だが、いささか辛らつだという。

 ふうんと舐めまわすように都を見ると、

「どう見てもリィナリエより年上に見えないな。」

「羨ましいか?」と、リュート。

「なわけないだろう。で、あんたも、ラグレスみたいに銀竜を連れ歩いてるのか?」

「えーっと……」

「こいつは銀竜に甘すぎる。」

「それ、学校に連れてったこと……ですか?」

「実習にも連れて来た。」

「フェスが行きたがったんだ。」

「いさめるのも主人(あるじ)の役目だろう。」

 まったくとラダンは額を押さえる。

「お前は腹が立つほど優秀だが、銀竜に関しちゃズレまくりだ。それで、ケガは大丈夫だったのか?」

「おかげで助かった。」

 リュートは事件のときに負傷した左手首を動かして見せる。

 ふん、とラダンは鼻を鳴らした。

「要人を警護するのは我々の役目だ。言っとくが、これからも職務として守るんだからな。あくまで職務だ!」

「別に頼んでないぞ。」

「上からの命令だ。ハヤセ、およびラグレス家を護衛する任務をおおせつかった。新しい長直々にな。だから安心しろ、なんて言わねぇぞ!」

 ぴしっ、とラダンはリュートに指を突きつける。

「お前は竜騎士なんだ。」

「わかってる。」

「けど、こないだみたいな不意打ちは、おれたち警備がどうにかする。ミヤコ……だったな。」

「あ、はい。」

「わかってると思うが、こいつを見張れるのはあんただけだからな!」

 真顔で言ったラダンを思い出し、都はクスリと笑う。

「リュート、学生時代からマイペースだったんだ。」

「ラダンの言うことは半分に聞いておけ。」

 リュートは傍らに来た都の手を導いて、膝の上に座らせた。

 そうすると、ちょうど目線が同じになるのだ。

「でもリュートの言葉鵜呑みにすると、お義母さまにまで何か言われそう。」

「気のせいだ。」

「シーリアさまにも。」

「当主を信用できないのか?」

 そんなことない、と都は首を振る。

 大きな手が、都の肩を抱き寄せた。

 目を閉じて、その後に続く口づけを受け止める。

 最初はついばむように軽く。

 二度目は互いを確かめるように、あわただしかった時間を埋めるように、長く唇を求め合う。

 互いの息遣いを感じること、温もりを享受すること、そして同じ時間を共有することがたまらなく嬉しい。

 つと顔を離し、そのまま都は恋人の胸に顔を埋める。

 暖かな手が、都の髪をなでる。

「わたしね、リュートに出会ったことも、ここにいることも、全部のことに感謝してる。契約が成立した時、リュートはわたしから距離を置こうとしたけど……でもやっぱり手を離さなくてよかった。」

「都がいなかったら、俺は門を見捨ててた。」

「そんなことない。リュートは大切なもの、ちゃんとわかってるもん。でも、もし……」

「うん?」

「お父さんとお母さんが生きてて、違う生き方してたら……それでもリュートと出会えてたかな?」

「都はどう思う?」

「聞いてるの、わたし!」身体を起こし不満げに唇を尖らせた都は「でも、」と言葉を継ぐ。

「時間がかかっても、フリューゲルにたどり着いてたと思う。だって、ご先祖がずっと帰りたかった場所だから。」

 マクウェルから父親の写真をもらったときはまだ漠然としていた。けれど彼のことを聞くにつけ、そして母親の遺したわずかな痕跡を目にして、やがて確信した。

 きっと父親も門を目指したに違いない。

 日本で生まれながら日本を離れた彼が、日本に関わる仕事をしていたことも、母親と恋仲になったことも、目指す場所がそこにあると感じていた、その結果のような気がしてならない。

「だから時期が違っても、リュートと知り合ってたと思う。こういう関係になるかどうかはわかんないけど。」

「もし都がリラントの瞳の欠片を継承してたら、結末は一緒だろう。」

「ほんとにそう思う?」

「俺はそう信じたい。」

 うん、と都は頷く。

「竜騎士の勘なら、間違いないよ。でも結婚許してもらうのは、もっと先だろうな。」

「許可を得るまで待つだけ。」

「待ってくれるんだ」

「今と同じくらい、都が俺のことを好きでいてくれたら。」

「わたしだけ?」

「俺が都を嫌うはずないだろう。」

「そういう前提、わかりにくい。」

 もーっ、と頬をふくらませる表情さえ愛おしくて、リュートは恋人をぎゅっと抱きしめる。

 出会った頃は自分の言葉すら不確かで、どこか危うかった彼女が、堂々と自分の思うことを話すのが誇らしかった。それは彼女が悩み、戸惑い、時には怒り、そうして自分の気持ちと向き合った結果。過去を知り、事実を知り、自分という存在を認めた結果に他ならない。

 それは自分も同じ。

 理由もわからず契約を交わしたあの日から、暫定的にもう一つの故郷で暮らし、自分はどうあるべきか考えてきた。その結論はいまだ出てないが、自分の大切なもの、この先信じるべきものは手に入れたのだ。

「りゅーとぉ!苦しい!」

「気のせいだ。」

「からかってる?」

「都といるとどうしても……」

 リュートは髪を上げて露になった都の首筋に唇を触れる。

 ひあんっ!と都は身体をよじった。

「だっ、だから!そういうのくすぐったい!」

「仕方ないだろう。どういうわけか、やりたくなるんだ。」

 と、頭上でフェスが鳴いた。

「そろそろ行こうと言ってる。」

「フェスに言われたら、行かないわけにいかないよね。」

「それに、いい風が吹いてるなら今のうちだ。」

 リュートは立ち上がると手際よく荷物をまとめ竜の背にくくりつける。身支度を整え、起き上がった竜の背に都を乗せ、続いて自分も飛び乗った。最後にフェスとコギンが鱗にしがみつくと、踵で竜に合図を送る。

「もうひとっ飛び頼むぞ、同胞!」

 竜は咆哮すると空に向かって羽ばたいた。

次回の更新は2017年8月17日(木)予定です。

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