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第十六話

「びっくり、多すぎ。」

 はぁ、と(みやこ)はテーブルに額をくっつける。

「ケィンの言うとおり、素敵な挨拶だったわ。」

「あんなに嫌がってたのに、ちゃーんとまとめるのがミヤコらしいわよね。」

「面白がってる?」

「本気で褒めてるの!ミヤコは凄いなぁって、心から思ってるんだから。」

 力説するリィナに、都はありがとう、と力なく言う。

 宴の後。外は夜まだ早い時刻。

 けれどマーギスと銀竜(ぎんりゅう)のレイユ、リィナの母と弟のショウライナは用があるからと先に帰宅し、残った竜騎士と商人は議会の続きのような話をしている。そして少女達は、店が用意してくれた別室で夜のお茶会をしているところだった。

 テーブルには焼き立てのお菓子と、花の香りがするお茶。

 フェスとコギンも新鮮な水をもらい、床の上で寛いでいる。

「エナの花のお茶、おいしい。」リィナがうーんと唸る。

「それにケィンのお菓子も。」と微笑むのはネフェル。

「お料理いっぱい食べたのに?」

「これは別!」

 顔を見合わせ、ごく自然に笑みを交わす。

 いったいどんな顔をして会えばいいのかと悩んだのが、嘘のようだ。

「わたし……二人はもう会ってくれないと思ったんだ。」

 都の告白に、ネフェルとリィナは顔を見合わせた。

「あたしたち、ホントは何度も手紙を書こうとしたの。」

「でもリィナのお兄さまや私のお祖父さまから、ミヤコは試験で大変だって聞いたから、それが終わるまで我慢しようって。」

 ね、と顔を見合わせ二人は頷きあう。

「なんか、気遣いさせてごめん。」

「それより!」リィナが、身を乗り出す。

「無事一族になったんだよね?印は?」

 都は左手を差し出した。中指に嵌められた指輪に、ネフェルが目を見張る。

「小さいのね。」

「新しく作ったから。」

 最初に出てきた雛形が大きすぎたので、全体的に小さめにしてもらったのだ。それでも都の華奢に指には、充分無骨に見える。

「私のはもっと大きくて重たいから。」

 ネフェルは襟元から鎖を手繰ると、その先にぶら下がっている印章を掌に載せた。

 確かに。

 都のものよりも一回り大きく、そして年月を経ているせいか色もくすんでいる。

「私も嵌めたのは一族になったときだけ。」

 それでも身につけているのは、亡き父からもらった形見だからと言う。

 都が彼女と出会ったのは、ちょうど一年前の春休み。消息を絶ったリュートを探しにたどり着いたのが、隣州カーヘルの農村レンナに程近い神舎だった。古の竜の遺跡の上に建つルァ神の祈りの地は、円形の壁で囲まれた形状から「神の砦」と呼ばれ、ネフェルはそこで古い書物を読む「語り部」として暮らしていた。

 一族だったネフェルの父と語り部だった母は正式な婚姻を結んでいなかった。そのため父が聖堂の警備中に事件に巻き込まれて亡くなり、その数年後に母をも病で亡くすと、神の砦の最高責任者だったゲルズ司教の勧めるまま、母の仕事を引き継いだのである。

 しかしあの日、監禁されたリュートに接し、そしてリュートを助けるべく神舎にもぐりこんだ都と出会ったネフェルは、禁忌である「呪術」が神舎(しんしゃ)で使われている事実を知る。

 信じられない、信じたくない事実。

 だから警備員の男……ゼスィの手の甲に呪術文字が刻まれているのを見たとき、そして信頼していたゲルズ司教が主犯だと知ったときのショックは計り知れなかった。同時に、ネフェルは自分も一族の血が流れていること、父が話してくれた竜と英雄たちの逸話に焦がれてたことを思い出す。

 最終的に竜で乗り込んだオーディエ・ダールとリュート、時を同じくして神の砦に滞在中だったマーギス司教と二人の弟子の活躍で、呪術を復活させようとした首謀者は取り押さえられた。

 その直後、息子の忘れ形見を捜していたデレフ・オーロフが文字通り飛んできた。

 ネフェルが父、スゥエン・オーロフに生き写しだったこともあるが、オーロフ家の印を継承していたことが決定的となって、彼女はその後オーロフ家に一族として迎えられたのだ。

「アデル家やマーギスさまも口添えするとおっしゃってくれたんだけど、印のおかげでそういう必要もなかったの。」

 今まで友人達に話したことのない経緯に、都もリィナも驚いた。

「あ、でも、オーロフ家ってネフェルのお義兄さんが継いでるんだよね?」

 オーロフ家の現当主ジェイス・キール・オーロフはネフェルの父の姉の息子……つまりネフェルの従兄で、彼女と同じように祖父デレフ・オーロフの養子になったと聞いている。だとしたら、彼の印は新しく作ったのだろうか。

 首をかしげる都に、ネフェルは首を振った。

「義兄が使ってる印は、お祖母さまの家に伝わっていたものよ。」

 もともと祖父と祖母は親戚同士。そのため、同じ柄の印が伝わっていたのだ。

「お祖母さまの実家はもうないけど、印は義兄さまが引き継だの。」

「古くても新しくても自分の印を持ってるの、羨ましい。」

 傍らで二人の話を聞いていたたリィナが、ほーっとため息をつく。

 彼女と知り合ったのは二度目の異世界訪問時。彼女の兄、オーディエ・ダールがガッセンディーアの案内役にと引き合わせてくれたのだ。年齢が近いこと、それにリィナの爛漫な性格もあって、仲よくなるのにさほど時間はかからなかった。

 そんな関係だから都が自分の世界へ帰った後、聖堂で顔を合わせたネフェルとリィナが共通の友人の話で大いに盛り上がり、仲良くなったのはごく自然だった。三人顔をそろえるのは今日が初めてだが、ネフェルとリィナは頻繁に会っていると聞く。

 それでもネフェルの印を見たのは初めてだと、リィナは言った。

「なんか一人前って感じ。」

「使うのは面倒なときだけ。私が身につけてるのはお守り代わりだから。それにリィナも家を継いだら、印も継ぐことになるのよ。」

「それはそうだけど……」

「えっ!」と都は驚く。

「リィナ、家継ぐの?」

「だって他にいないもの。」

 彼女の兄、オーディエ・ダールの婚約者が新しい長になったことで、二人は結婚と同時に前長でアニエの祖父母の家、ワイラートに入ることになっている。そのこと自体反対はないが、ダール家もそれなりの家柄。しかし弟のショウライナは一族という存在に身をおくことをためらっている。

「そんなことない、っていうけど、なーんかアテにできないのよね。だからあたしが継ぐって父さまに言ったの。」

「それって……つまりお婿さんに来てもらうってこと?」

「そうなるわね。」

「相手って……」

「これから探すに決まってるでしょ。」

「でもダール家は長の家と縁戚になるし、そういう家なら入ってもいいという人、いると思うわ。」

 ネフェルの言葉に都は目を丸くする。

「一族ってホントに家の家との繋がりなんだ。」

「向こうの、ハヤセさんのお家は、そういうのないの?」

 都は首を振る。

 リュートの祖父は早瀬(はやせ)家の婿養子だった。その祖父が亡くなり、あまり交流のなかった親戚もやがて高齢になったり鬼籍に入ったりで、今は交わりがないと聞いた。

「商売やってるからご近所には挨拶しなきゃいけないけど、それくらいかな。」

「それくらいって……そういうのだって大変でしょう。私はできない。」

「ネフェルは聖堂の司書官になりたいのよね。」とリィナが小首をかしげる。

「語り部じゃなくて?」

「それも考えてるけど……」

 どこか歯切れの悪いネフェルにリィナが代わりに説明する。

「ヘザース教授にね、調査の報告書見せてもらったんだって。それでやっぱりそういうものに携わりたいって思ってるの。」

 調査報告書とは、カーヘルの神の砦で偶然見つけた不思議な小部屋。

 それはさながら部屋ごと使ったピンホールカメラで、外の景色を壁に映し出し、かつ、壁に刻まれた文様と共に文字となす古の記録だった。もしかしたら空の民と一族に関わる遺物かもしれないと、歴史学者であり、かつ一族でもあるメラジェ・ヘザースが予備調査隊に加わったのだ。

 ネフェルは発見した当事者の一人として、特例的にその報告書を見せてもらったのだ。

「解読はこれからだけど、きっと英雄時代の文字だと思うの。それとマーギスさまの故郷から掘り起こされた石版の話は聞いた?」

「アデル商会が預かってるっていうのは。」

「それもヘザース教授たちが聖堂で研究しようと手続きしてるの。もしそうなったら司書官ならお手伝いくらいできるでしょう?」

「でもネフェルは語り部で、古い文字とか異国の文字とか読む勉強してきたんだよね?お手伝い以上、できると思うんだけど。」

「ミヤコみたいに上の学校を出てるわけじゃないもの。」

 そんなことない、と反論しかけて都は言葉を呑み込む。州によって違うが、義務教育は日本の小学校程度だと以前、早瀬から聞いた。

「特に一族の女性は二十歳前後でお嫁に行く人も多いからね。」

 こちらの世界では高学歴の女性はごくわずかだよ、と言ったのを思い出す。

 それが世界の違い……否、国の違いなのだと今さらながらに思い知る。

 でも……

「ネフェル、ずーっとガラヴァルの……英雄時代の文字を読みたいって言ってたよね。それが目の前にあるのに遠巻きに見てるって、ネフェルらしくない。そうしたいって、オーロフさんに言うべきだと思う。」

「あたしもミヤコの意見に賛成。あたしも家継ぐって言い出すのに勇気ふりしぼったけど、父さまも兄さまも、そうしちゃいけないとは一言も言わなかったから拍子抜けしちゃった。ネフェルのお祖父さまもきっとそうだと思うな。」

「うん。オーロフさんならネフェルが活躍できるように、どうしたらいいか一緒に考えてくれると思う。だってネフェルのお祖父さまだもん。」

「ミヤコもリィナも、なんだか強気。」どうしたの?とネフェルは目を丸くする。

「どうもこうも、ネフェルを応援したいの!」

 都も頷く。

「だって、大切な友達だもん。夢、かなえて欲しいから応援するよ。」

「そんな……」

 ネフェルは言葉に詰まる。そんな風に同年代の仲間から言われたことなどなかった。どう応えていいかわからず、「もう……」と困ったように呟く。

「わかった。お祖父さまに相談してみる。それより、リィナ、あれ。」

 慌てて話題を変える。

 すぐさまリィナが「あ!」と反応する。

 ちょっと待ってて、というと傍らの台に置いてあった手提げから小さな箱を取り出した。

「あたしたちからの贈り物。」

「開けてみて!」

 そう言って渡されたのは掌にすっぽり納まる紙の箱。ざらりとした質感の蓋を開けると、中には柔らかな布。袱紗包みのそれをそっとどけると、出てきたのは……

「銀細工?」

 細い銀線をより合わせ、花のモチーフを形作った細工物。花の中央に白い丸い石が嵌め込まれており、裏を返して髪飾りらしいと理解する。手に取ると、細工の細かさがいっそうよくわかる。

「きれい……」

「それ、南の海で取れる貝なんですって。昼間見ると銀色に見えるの。」

「細工も南の、ホルドウルの工芸品なの。けこう、有名なんだから。」

「もらっていいの?」

「二人でミヤコのために選んだんですもの。」

「あたし、つけてあげる!」

 リィナは都の後ろに回ると、指で彼女の髪をすいて後ろにまとめ、髪留めで留めた。

 いつの間に銀竜たちもふわりと舞って、リィナの手元を覗き込んでいる。

「えーっと自分じゃよく見えないけど……」

「ステキよ。」

「うぎゅ!」

「コギンもそう思うよね。それにね、ほら。」とリィナが自分の頭を指差す。そこにあるのは同じデザインで黄色の石を嵌めた髪留め。

「わたしは緑。」とネフェルも横を向いて見せる。

「お揃い?」

 驚く都にネフェルとリィナは顔を見合わせ笑う。

「だって、そのほうがステキだと思ったから。」

「あ、ありがとう。すごく嬉しい。」

 そこまで言って都はハッと思い出す。

「えと、わたしからも……ちょっと待ってて。」

 都は華奢な手提げの底から、和紙で作った小さな袋を引っ張り出した。

「お礼みたいになっちゃうけど、わたしも二人に贈り物。」

 受け取ったネフェルとリィナは顔を見合わせる。

 なにやら丸いく硬い物体にこわごわ触れながら、袋を覗き込む。

 と。

「なぁに?これ。」

「うわぁきれい!」

 二人が掌に取り出したのは二センチどのほどのガラス玉に皮ひもに通したもの。透明なガラスの中に、色のついたガラスが万華鏡のように螺旋を描いている。

 ネフェルは親指と人差し指でガラスをつまんで光にかざした。

「これ、ミヤコの国のもの?」

「トンボ玉っていうの、ガラスを溶かして、色ガラスも使って作るんだって。」

「ネフェルの、緑と青の真ん中みたいな色ね。」

 リィナが手元を覗き込む。

「リィナのは赤と黄色なのね。」

「わたしのはこれ。」

 都は手首に巻いた紫と白の色を封じ込めたトンボ玉を見せる。

「それもきれい!」

「そっか、そうやって巻けばいいのね!」

 二人は見よう見まねで腕輪のように皮ひもを巻く。

「こんなの、持ってる人他にいないわよね。」

「あたしたちこそ、もらっていいの?」

 こくこくと都は頷く。

「わたしがそうしたいから。二人にはいろいろ心配かけたし、それにたぶん……これからも……」

 そうね、とネフェルが微笑む。

 リィナも頷き、

「ミヤコが嫌だっていっても、あたしたちずーっと見てるからね。あ、変な意味じゃなくて。」

 うん、と都は笑顔で大きく頷く。

「二人ともずーっと、頼りにしてる。だから、これからもよろしくね。」

次回の更新は2017年7月28日(金)を予定してます。

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