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第十一話

 目の前が開けた。

 長く暗いトンネルを歩いてきた目に飛び込むのは、まばゆい陽の光。

 手の甲で光を遮りながら、もう片方の手に力を込める。と、繋いだ大きな掌が、(みやこ)の手を握り返した。それに安心して前に進むと、ぽっかり開けたバルコニーのような場所に出る。足元は深い谷。そして目の前はそびえる岩山。

 空から黒く大きな竜が降りて来た。その背に乗っているのはセルファ・アデル。

 彼はせり出した三畳ほどの岩場に竜を誘導すると、リュートと都の前に降り立った。

「お帰りなさい。リュート、ミヤコ。」

「出迎えはいらないと、いつも言ってるだろう。」

「コギンが回復したのか確認しろと、伯母上に言われたんです。」

 都の肩に止まったコギンが「ぎゃお!」と鳴いた。

「ちゃんと、道標になったよね。」

 ああ、とリュートも頷く。

「長時間は無理だが、飛ぶ力も戻ってきた。」

「それは良かった。」

 セルファは都が背負っていた荷物を受け取ると、再び竜の背に跨って空で待機する。入れ替わりに、空で待機していた灰色の竜が岩場に身を寄せる。

 断崖絶壁の山の中腹は狭いため、体の大きな竜を呼ぶのも交代になってしまうのだ。リュートが荷物をくくりつける間、都は懐から耳当てのついた帽子を引っ張り出し、首に下げてきた風除けのゴーグルと共に装着する。馴染みつつある革のジャケットも含めて、大昔の飛行気乗りのようないでたちの彼女を、リュートは手を差し出して竜の背に導く。もう片方の腕で彼女の腰を抱き寄せると、そのまま自分の前に座らせた。

「行くぞ。」

 声を合図に、竜の大きな翼がばさりと動いた。

 銀竜(ぎんりゅう)たちは、セルファの繰る竜の背にちょこんと座っている。

 先頭を飛ぶセルファが手を大きく振った。

 竜に乗る一族が昔から使っている、空で交わす言葉……手話である。

「今日は麓まで風が凪いでるらしい。」

「そういえば、風、冷たくない。」

 いつもこの場所を通るときは、風が強く吹いていることを思い出す。

 やがて眼下の景色が一転する。岩よりも緑が多くなり、草を食む生き物の姿もちらほら見える。そして木々が現れると、人の住む村を遠目に見かけるようになる。

 やがて竜が高度を下げると、木々の間から鈍い銀色の光る物が見えた。近づくと、それは豊かな水をたたえる湖だった。

 間近まで来て、都は息を呑む。

 鏡のような水面に湖畔の森が綺麗に映り、まるで水の中に森があるように見える。

 竜は湖の周りを旋回すると、なだらかな起伏の連なりへ進路を取る。

 程なく見えてきたのは見覚えのある森。やがてその先に現れた石積みの家を目指して竜は降下する。広い庭に下りると同時に、人影が家の中から飛び出してきた。

「お帰りなさい!リュートさま、ミヤコさま。」

「ただいま、ケィン。」

「お帰りなさいませ。リュートさまもミヤコさまも、ご無事でなによりです。」

「なかなか戻れなくて済まなかった。」

「カズトさまから、お忙しいのは伺ってますから。」

 イーサに誘われて家の中に入ると、ちょうどエミリアがやってきたところだった。

「お帰りなさい。コギンも道標になったようね。」

 エミリアは都の肩にとまっているコギンを覗き込む。

「はい。でも向こうではあんまり飛ぶ練習できなくて……」

「こちらでたくさん飛べばいいわ。」

 庭師が荷物を運んでくれたので、セルファに礼を言って都は二階の部屋に向かった。

 ラグレス家はこの地方の石を使って建てられていて、内装は黄色がかった漆喰と木の床、都の感覚からいえばアンティークのようなインテリアである。しかも彼女にあてがわれた部屋は腰の高さまで木を貼り、壁との境目にはぐるりと蔦の柄が描くという懲りよう。天蓋つきの寝台を覆うファブリックも花と植物をあしらった柄で、まるで森の中にいるような気分になれるのだ。   

 しかも今日は花の香りまでする!と思って振り返れば、扉近くの大きな鉢に可憐な花が一つ二つ。

「水色の花……珍しい。」そっと顔を近づけてから「あれ?」と気がつく。

「わたしが種撒いたのは、この間銀竜が食べたって……」

 そうですよ、とイーサが言った。

「でも兄がどうしてもミヤコさまに花を見せたいって。」

「わざわざビッドが作り直してくれたの?」

 はい、とイーサは微笑む。

「そっか。」

 都はもう一度花に顔を寄せる。

「あとでお礼言わなくちゃ。」

「今夜、お客さまがいらっしゃるのは聞いてますか?」

「わたしの知ってる人って聞いたけど……」 

 言いながら何気なく開いた箪笥を見た都は、ぎょっとした。

 以前来たときより、洋服が増えている気がする。靴も。

「以前いらしたときの格好では暑いだろうと、持ってきてくださったんですよ。」

「シーリアさまが、だよね。」

 ええ、とイーサが微笑む。

 セルファの母、エミリアの妹であるシーリア・アデルが自分を気にかけてくれるのはありがたい。しかし普段カジュアルで動きやすいものしか着ない都には、ドレッシーな服は悩ましいことこの上ない。

 イーサの手を借りてどうにか服を選んで着替え、持ってきた荷物を解くとあっという間に夕刻近い時間になっていた。

 これまたイーサの手を借りて髪を編みこみ、ガラスの細工がついた髪飾りで留めてもらう。

 階下に下りると、外に竜が舞い降りる気配。温室にコギンを放ち、にぎやかな声が聞こえる図書室に顔を出す。そこにいたのは……

「ダールさん!」

 おう、とオーディエ・ダールが手を上げる。

「ミヤコ!元気そうだな。」

「進学試験、合格したんですって?」と、こちらはクラウディア・ヘザース。

 軍服でも飛行服でもない、ドレッシーなシャツにゆったりしたズボン。長い髪も肩に垂らすように束ね、大振りな耳飾りと同じ色の布を編みこんでいる。

「クラウディアさん、綺麗です。」

 嬉しいわ、と彼女は微笑む。

「普段、ひどい格好ばかりだものね。」

 と、こちらに背を向けて本を物色していた男性が、くるりと振り返った。

「どんな格好だろうとクラウディアは美しい!」

「えと……」

 明らかに初対面の相手に断言されて、都は面食らう。

「夫のメラジェよ。気にしないで、こういう人だから。」

 はぁ、と都は曖昧な返事をする。

「以後、よろしくお見知りおきを。といってもまた明日には顔を会わせるだろうが。」

「えっ?」

「なんだ、聞いてないのか?」

「戻ったばかりでその暇があると思うか?」

「リュート……」

 遅くなった、とリュートは都の頬に軽く口付ける。

「じゃなくて、明日って聖堂に出頭するんだよね?」

「その付き添いをメラジェにお願いしたのよ。」

 えっ?と振り返ると、小さな箱を手にしたエミリアが部屋に入ってきたところだった。

「正確には、ぼくとオーロフの御大の二人だ。」

「付き添いって……」

「見届け役みたいなものね。あたしはリュートの補佐をしなくちゃいけないから、ミヤコに付き添えないの。」と、クラウディア。

「ダール家は、今回中立の立場でいなきゃならん。」すまんな、とダールも謝る。

「そういうわけで、ぼくが付き添うことになった。」

「でもわたし、オーロフさんと会ったのも一度きりだし……」

 そうね、とエミリアは頷く。

「でもオーロフのおじさまはうちのことをよく知ってるし、あなたのことも、ネフェルを通じて知っているわ。それにオーロフの家は英雄に繋がる家柄。」

「ヘザース家もそこそこ古いのよ。こう見えてもメラジェは当主だし。」

 そこまで聞いて都はおぼろげながら理解する。

「家柄が大切……って事ですか?」

「そういうことだ。」メラジェは大きく頷く。

「付き添いとか見届けと言ってるが、聖堂は君がどんな存在か見極めようとしてる。本当に英雄に連なる者と断定していいのか?門番としての資質があるのか?我々はその手伝いをする、まぁ後見人のようなものだ。」

 そっか、と都は呟く。

「聖堂に行くのって面接もあるんだ。」

「もちろん、事件の内容確認もあるけどね。特にミヤコは被害者であり当事者だから、ちょっとややこしいのよ。」クラウディアが肩を竦める。

「彼女の不利になることはしないさ。」

「当然よ!」

「よろしくお願いします。」

 ぺこんと都は頭を下げた。

「一人じゃわからないことだらけだと思ってたから、その……心強いです。」

「私からもよろしくお願いするわ、メラジェ。それとミヤコ、明日はこれをつけていきなさい。」

 エミリアが手にしていた小箱を差し出した。

「もしかして、ミヤコの(しるし)?」

「間に合ったのか!」

 クラウディアとダールが都に駆け寄る。

 エミリアによるとセルファが帰り際に都に、と託したらしい。大切な注文品なので本人受け取りが鉄則だが、状況を説明して代理としてセルファが工房に行ってきたのだという。

 箱の中から出てきたのは銀細工の指輪。

 時には印章に、時には一族としての証として、そして裏にはめ込まれた緑の守り石はその名のとおりの役目を担っている。

 本来は代々親から子へ、その家の印が受け継がれていくのだが、都のように新参者や分家したときはこうやって新しく作るのだという。

 中指に嵌めると、都の華奢な手にはいささかゴツく感じた。

 が、

「ちょうどいいわね。」

「ほんとに?」

「ああ、あとはミヤコが堂々とすりゃ文句なしだ。」

「文句を選んだのは?」

 図案を囲む文字を見ていたメラジェが首をかしげる。

「自分で選びました。候補がいくつかあって……変ですか?」

 いいや、とメラジェは首を振ってにっこり笑う。

「ミヤコにぴったりだと思う。」

 そこへ食事の用意ができたと、イーサが知らせに来た。

 久しぶりに堪能するケィンの料理はおいしく、客が来たことで量も奮発したらしい。大満足で最後の一口まで平らげると、その後は都の持ってきたダージリンを愉しんだ。

 その中盤、リュートはダールと共に図書室に移動した。昼間のうちに書き物机の引き出しにしまっておいた布包みを差し出す。

 中から出てきたのは凝った柄の短剣。

 怪我を負いながら慌てて向こうの世界に戻ったとき、門の入り口まで送ってくれたダールがリュートに渡したもので、刻まれているのはダール家の印に相違ない。

「返すのが遅くなった。」

「使ったのか?」

「脅し程度。でも丸腰だったら奴とは向き合えなかった。」

 そうか、とダールは頷く。

「多少の役に立てたなら何より。それにお前がこうして無事なら言うことなし。話は行ってるか?」

「ああ。しかし……」

「お前以外、立会いを頼める奴なんていねぇ。それに長老がミヤコに会いたがってる。恐らく今回が最初で最後の機会だろう。」

「そんなに……悪いのか?」

 まぁな、とため息交じりの返事。

 一瞬の沈黙。

「肝心の部分だけ出席する。それでいいか?」

「充分だ。と、そういや、あれ、なんだったんだ?」

「あれ?」

「食事の前にメラジェが言ってただろう、ミヤコの印に刻んだ文字がミヤコにピッタリだって。」

「ただの偶然だ。」

「だからどんな文句なんだ?」

「……ふたたび出会うとき。」

次回更新は2017年6月8日(木)の予定です。

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