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五話 マキとハル

 腰まで伸びる金色の髪。

 透き通る様な金色の瞳。

 着ている服は白を基準としたワンピース。

 両の手首には、まるでプカプカ浮かんでいる様な。よく見ると天使の輪っかにも見える“金色の腕輪”が一つずつ。

 筆頭すべきはその容姿、高級人形も顔負けという程に少女の愛らしさは際立ってる、紛れも無い美少女というのは表現として大袈裟ではないだろう。


 ──いったいなんなの、この子?


 ハルを襲う素振りはなく。

 かといって、ゾンビにも襲われない。

 ともすれば、ゾンビを従えているようにも見えるこの少女。


 ──まさかこの子が【デミリッチ】?


 頭に浮ぶ最悪手前の考えに、いやそれはあり得ない、とハルは頭を横に振りながら否定する。


 情報にあった【デミリッチ】は常に強力なローブと杖を装備し、ある特定の部屋で侵入者を待ち受けていると聞く。


 では、この少女の場合はどうだろうか。

 突然脈絡もなくハルの前に現れ。

 強力どころか装備すら、荷物の一つすら持っていない。


 そう、最難関と言われるこの【骸遊びの迷宮】で手ぶらである。


 そんな者、大バカを通り越してある意味で勇敢ともいえるが、しかしこの少女に関してはどれも当てはまらないとハルは感じた。

 なぜなら、少女はあの第一声はじめましてを発してからハルを珍しそうにキョロキョロと観察しているからだ。

 まるで「挨拶をしたのに返事が帰ってこない何か間違いでもあったのか?」といった感じだ。

 不思議そうにハルを見る少女の姿は“年相応”の言葉が一番しっくりくるだろう。


 そこでハルは考える、このゾンビを従える謎の少女が対話を望むのなら、それに乗るのもやぶさかではないと。

 というか、今のハルにはそれしかできない。


 護身用ナイフなんて物構えてはみたが。

 ゾンビ達に挨拶代わりの一撃でも繰り出されれば、ピンチに覚醒する超パワーでもない限りハルでは逆立ちしても敵いっこない。


 ハルには魔物と戦う力など無い。

 ゆえに、ハルにとって戦いよりも対話の方が願っても無い渡り船である事は明らかである。


「はじめまして……えっと、あなたは?」


 そう考え、返事を返したハル。

 ひとまず、この少女の話に付き合う事にした。


 □■□


 ──時は数分を遡り。

 場面は《骸遊びの迷宮》【迷宮主】スノーモートの息子であるビアスの自室へと移る。


『おにーちゃーん! あーそーぼーっ!』


 バンッ!と勢い良く扉を叩き開け、兄の自室へと特攻して来たその正体は、ビアスの妹のマキだ。


『うおッ⁉』


読書の最中、突然現れた妹にビアスは飛び上がる程に驚く。


『……なんだよお前か驚かせんなよ。で、遊ぶってなにして遊ぶんだ?』

『あのねーかくれんぼしよーっ、かくれんぼーっ!』

『かくれんぼ〜? まあいいけど、ルールは?』


 ビアスは読んでいた本を置くと、マキの遊びに付き合う事にする。

 彼は基本的に妹に優しい兄である。

 プリンの時の一件で大人気なく怒っていたのはご愛嬌ではあるが。


『やるのはジジの所の階層で鬼はジャンケン! ルールはもちろん鬼が見つけるまでだけど?』

『なるほどな、他には?』

『んーと、後はジジのいる階層より下はダメ』

『よしわかった、なら先に鬼を決めないとな』

『うん! じゃあジャンケンしよっか!』


 そう言ってマキが出したグーに合わせて、ビアスもグーにした手を出す。


『いくよぉ、ジャ〜ンケ〜ン……』

『『ポイッ!』』


 マキの掛け声と共にビアスはグーをマキはパーを出した。


『チッ』


 と、ビアスが舌打ちをすると、マキはむふ〜っと嬉しそうににっこり笑った。


『じゃあお兄ちゃんは数を数えてね、マキはその間に隠れちゃうけど〜、じゃーねぇ〜』


 そう言い残しビアスを置いて上層へと向かったマキ。

 そしてビアスは、妹が隠れそうな場所を想定、その思案に百秒間を費やしたのだった。


 …………────。


 ……知っているか?

「木の葉を隠すなら森の中」という言葉を。


 なら、あの活発な十歳の少女はどこに隠れたか。

 ──人を隠すなら人混みの中だろうか?

 しかし、この迷宮に人混みなど存在しない。

 ならどこに隠れたか。

 それは、よく見ないと人混みと遜色(そんしょく)無く。老若男女問わず在籍するコミュニティで、いざやろうとしても普通なら真っ先に避けそうな隠れ場所。


 ──そう、ゾンビの群れの中である。



 そしてかくれんぼ開始から十五分が経つ頃。


 マキは身を隠したゾンビ集団の中からある人物を見つけた。


 ぱっと見、茶色の髪が特徴的な少女だ。

 マキは、彼女の様な人間が『冒険者』と呼ばれる『侵入者』である事は知っていた。

 迷宮主の母いわく、迷宮と『冒険者』は相互関係、持ちつ持たれつつだと聞いている。


 だが、その噂の『冒険者』をゾンビの陰から覗いてみると、足をガクガクと揺らし腰を引かせながら小さなナイフを構えていた。

 まさしく“あれでは斬れる物も斬れない”その典型的なへっぴり腰だった。


『今日はお兄ちゃんとかくれんぼするから、みんなにはなるべく暴れて欲しくないけど?』と、朝一で階層のゾンビ達にお願いしていたマキ。

 ゾンビ達は無言で(うなず)き、マキのお願い通り今日に限っては侵入者をただ素通りする、あるいは軽く見逃す(・・・)だけだ。ゆえに、マキは黙って少女を無視すればいいはず、なのだが。


 この涙目で怯える少女が余りにも、余りにも哀れに思ったマキはもう見ていられなくなり。

 つい、ゾンビ達の進行に待ったをかけ、かくれんぼの最中にも関わらず姿を出してしまった。


 マキの存在に相手は困惑した様だが、同時に涙や怯えも引っ込んだようだ。その事にとりあえず安堵するマキ。


 しかし、困った。

 この少女、()である。

 マキはまだ「人語(ヒューマノイズ)」が上手く話せない。

【アラクネ】のトトノに教わってはいるが、面倒で隙あらば逃げ出していたため、兄の様に達者(たっしゃ)ではない。


 とりあえず、こうして顔を付き合わせたのだ。まずは基本の挨拶からだろう。

 マキは、虫食いだらけの知識の中からなんとか正しい情報を引っ張り出す。


「ハジメ、マシテ……?」


 と、発してからハタと気づく。最初のあいさつってこれで合ってたっけ? と。

 初実践、わからないづくしの中、だが相手はなかなか返事を返さない。

 その間約三十秒。

 そろそろ「間違えたかな?」 とマキが思い始めると、少女──ハル=ハメルニークは恐る恐る口を開いた。


「えっと……はじめまして、あなたは?」


 ようやく返ってきた返事、しかもちゃんと聞き取れる、そしてあなたは? つまり名前を聞かれたとマキは解釈した。


「マキ」

「え?」


 なので、マキは自分の名を名乗った。

 だが、首を傾げるハルに、マキは自分を指差しながらもう一度。


「マキ」

「あ、うん……」


 ………………………。


 と、一時の沈黙から……ああっ、名前か!とハルが理解するのには少々時間がかかった。

 なにせハルは「あなたは?」に他の意味ももろもろ込めて質問したのだが、まさか率直に名前だけを返されたのが新鮮過ぎて理解が遅れたのだ。


「えっと、私はハル=ハメルニーク。その、よろしく……」


 とは言ったものの。

 はたして、この謎の金髪少女、マキなる少女とは本当によろしくしていいのか、もっと警戒すべきではないか、とハルは判断に迷う。が、


「ヨロッ!」


(……多分、大丈夫なんじゃないかな?)


 無邪気に笑うマキを見て、ハルはそう思った。

 しかし、流石にマキという少女が謎過ぎるために質問は続行。

 今度はなるべく分かり易い質問をとハルは言葉を選ぶ。


「えっと、マキはどこから来たの?」

「イエ」

「い、家って……まあ、うん。その……後ろにいるのはゾンビ、だよね?」

「ソウ」

「……味方、なの?」

「ウン」

「えっと、どうしてあのゾンビ達はマキの味方をしてるの?」

「オニ……ニゲル?」

「……おに? ……えっ……鬼ってあのっ⁉︎ しかも逃げてるの⁉」


 実際は『お兄ちゃん()から逃げるために味方になってもらった』と言いたかったマキ。

 しかし、いや、やはりというべきか、したったらずな言語の壁は着実にハルの思考を混乱させる。


 そんな中マキがふと、上着で隠れていたハルの太ももから血が大量に流れ出ている事に気づき、ギョッとする。


「ケガッ!? シテル!」

「え……? あ、ああ、これね」


 驚いたマキに対して。

 ハルはこっちまで痛くなりそうな怪我を指差して、自虐的に渇いた笑みを浮かべる。


「笑っちゃうよね。私薬師だから、怪我なんてどうって事ないのに、今じゃなんにもできないし……」

「ヘイキ? イタイ?」

「全然平気じゃないよ。今も痛いし、出血は止まらないから、アハハ」


『そこ笑うとこじゃないけど⁉ 』とツッコミを入れたい所だが、さすがにそこまで高度な「人語(ヒューマノイズ)」はまだ知らないため断念する。代わりに、


「ナオス……ネ」


 そう豪語して、マキは両手をお(わん)の形にする。

 それからその小さな桜色の唇は、ぼそりと『魔物語(モンスグリフ)』を(つむ)いだ。


『──シーミューズ……』


 すると、マキの手首に浮かぶように着いていた“金色の腕輪”が、意思を持つように光る。次に、お椀の形にした手を見ると、お椀の底から透き通った水(・・・・・・)がコポコポと(あふ)れ、両手から(こぼ)れ落ちる前にピタリと止まる。

 それを不思議そうに眺めるハルに、マキは両手をそのままにして言った。


「ミセテ」

「え?」

「ケガ、ミセテ」

「え、えっと、こおかな?」


 上着をどかし、露出する痛々しい患部。

 そこに、マキはパシャッと両手に溢れた水をかけた。


「──痛っ!」


 多量出血している患部に水をかけられたのだ。ハルは条件反射で一瞬だけ目をぎゅっと瞑った。だが、実際は、


(……あれ? 痛くない……)


 必ずくると思われた痛みはなく、ハルは思わず患部を見やる。

 その次の瞬間。

 ハルは自分の目を疑った。


 ──あの、歩けない程の大怪我が見つからない。それに付随した痛みすら綺麗さっぱりなくなっていた。

 つまり、あのどうしようもなかった大怪我があの水をかけられただけで『完治』していたのだ。


「ええっ⁉」


 ハルの知る医学では決してあり得ない事で驚くのも無理はない。


「ポーション」と呼ばれる魔力がこもった回復薬でもこれはデタラメ(・・・・)だろう。

 通常「ポーション」は人間の治癒力を高める薬だ。

 もちろんハルが作る「ポーション」もそうだ、ここまで即効性が有る「ポーション」など存在しない!


 そんな物があれば世の中は劇的に変わる! 薬師の需要が増え! 今にも人口物が『魔法』を上回る日がきっと……っ!


(──いえ待って、そもそも今のって「ポーション」なの?)


 一瞬、薬師として込み上げきた興奮を冷静に受け止めるハル。

 何も持っていないはずのマキがどこから薬など取り出すのか?

 あの手の平に満たされた回復薬はどこから出て来たのか?

 その答えにハルは、「ああ、やっぱりね……」と納得し、だが少しガッカリしたようにマキに聞いた。


「治してくれてありがとう。それにしてもあの怪我が一瞬だなんてすごい魔法だね」


 と。


 一方その時、マキはマキでゾンビ達にあるお願い(・・・・・)をしていた。

 ゾンビ達はマキのお願いを聞くと、また無言で頷き、お願いを果たすためちりぢりに散って行った。

 それを見てハルは、


「あれ、ゾンビ達行っちゃったけど……いいの?」

「ウン……」


 やはり怖かったのか、ハルは少しホッとしながらそう問うた。

 マキはそれにこくんと頷くとまた言葉を選んでハルに言った。


「ハル、オクル……ヨ?」

「えーと……おくる? 送ってくれの?」

「ウン」


 またマキがこくんと頷くと、次の瞬間「キタ」と小さくと呟いた。

 すると、ズシンズシンズシン……とハルの耳に、何かが急いで近づいて来る足音(・・・・・・・・)が聞こえた。

 それは、どこか聞き覚えのある足音。

 それも、つい最近どこかで……。

 しかしふと、ハルはある事を思い出した。


(そういえばマキって確か何かから逃げてるって……そう鬼! 鬼から逃げてるって言ってたよね……)


 ん? あれ? 待てよ……、とハル。


(鬼って、“大鬼の腐乱死体(シュタインオーガ)”も一応()なのかな? 腐ってるけど……え、まさか──っ!?)


 ズシン! ズシン! ズシン!


 ハルはどんどんこちらに近づいて来る足音の方を見る。

 この通路のつきあたりを右。

 そこからヌッと現れたのは──


『お嬢ーッ! この腐れ鬼畜生ッ! 召集に応じ参上しやしたァーーーッ!!』


 (あるじ)である【堕天使】スノーモート。

 その娘、つまりはマキをお嬢と呼び。

 自らを“腐れ鬼畜生”と名乗るゾンビ。


『ハルは怪我してたし、送るなら力持ちのゾンビの方がいいよね肩にでも乗せてあげよう♪』


そう考えたマキは、この階層で一番の強者(つわもの)(なお階層主は除く)であるシュタインオーガを呼び出していた!


 そして同時刻、ハル。

 つきあたりから勢い良く現れたシュタインオーガは、控えめに言っても怪物にしか見えず。

 なにより……


「¥#▽〆*$♂ーーッ! ◎△$♪×¥●死&%#?!ーーーッッッ!!!」

「にぎゃあああァァァーーーッ!!!」


 耳が割れんばかりの意味不明な言葉。

 ……いや、恐らくは意味の無いただの咆哮だと思われる叫びに、つい漏らしそうになりながらも無我夢中になったハルは、ガシッ! と近くにいた小柄なマキを小脇に抱え(・・・・・)、全力疾走で逃げた。


「え? ヒャワッ!? ハルッ!!??」


 それは、ピンチ時に覚醒した力とか死に際に目覚めた力とか火事場の馬鹿力とかそんな力だったのだろう。


 なにせ、あのシュタインオーガとの脱走劇を果たし、驚く少女一人を抱え迷宮からの脱出に成功したのだから。


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