三話 スノーモートとお友達
【死神】グリムは、勇者グリアスの問いに「人語」で答えた。
「───かの姫君はやんごとなき御方と共に眠りについている……非常に運の良い姫君だ……」
……若干的外れと言えばいいのだろうか……。
グリアスの問いである、姫は今どこに? の答えとしては不適切な回答だ。
ちなみに、このグリムの発言を『魔物語』で訳すと『その人間なら今ご息女様と一緒に寝てるっす! マジ羨ましいっす!』と、ジュリエッタ姫を本当に羨望しているのがわかる。
「つまりは【死神】ジュリエッタ姫はそのやんごとなき御方……と、今はお休みになられているということだな?」
グリアスはグリムの分かりずらい「人語」から非常に近い答えを出す。
しかし一つ訂正をするのならば、お休みはお休みでもジュリエッタ姫は永遠のお休みをしている。という大事な点がグリアスには伝わっていなかった。
「───その通りだ……」
しかしグリム、そこを訂正してやらず。
「ではっ! そのお方に口添えしてはくれないだろうか? ジュリエッタ姫は我が国に必要な方なんだ!」
と、必死に頼みこむグリアスに、
「───それはできぬ……」
バッサリ、となんの迷いもなくグリムはその発言を切り捨てる。
「なぜだっ!?」
「───それは我が主を不快にさせる行為……ゆえに、貴様が望む口添えはできん……」
「くっ……」
悔しさで顔を伏せるグリアス。
ちなみに今のグリムの心情として『そんな事言ったらスノーモート様もご息女様も俺に癇癪を起こすに決まってるっす! そんなの絶対嫌っす!』とグリアスの提案を想像するたけで背筋が凍る思いだった。
「だったら……だったら僕をお前の主人の所まで連れて行ってくれ!」
迫真の表情で懇願し、グリアスは必死に頭を下げる。だが……
「───それこそ聞けんな……」
グリムは大鎌を構えながら応答する。
「───貴様の様な無礼者を通さぬ事こそが私の使命……我が主に会いたくば、まずは私を倒してみせよッ!」
ずん、とグリムの物言いにはグリアスが感じたことのない覇気が込もっていた。
そう、まるで──英雄譚に出てくる怪物達の様に。
そして、数々の英雄達が強敵に言われたであろう「先に進みたければ俺を倒してから行けッ!」と非常に酷似したセリフである。
──瞬間。
グリアスの体が落雷に打たれたかのごとく、ビリビリと震撼した!
この展開に! この流れに! グリアスは脳がふやけるほど酔いしれた!
姫を救うために命を張る! まさに物語の主人公の様ではないか!と。
そう──テンプレートこそ勇者の大好物!
王道の中の王道!それこそが勇者の本懐!
これを食わずして何が勇者か!
姫を救うために命を賭ける事の何が地獄か!
この流れに……勇者として噛まない理由があるだろうか?
いやないッ!
それは勇者にとって一瞬の英断! だが、常人には決してたどり着けない高みの境地!
強敵を目の前にしたグリアスは聖剣を構え直し。顔には自然と笑みが零れる。
それは、死を背負う者にはあまりにも似合わない笑み。
なぜ挑むのか、と問われれば。
答えは明解。勇者だから、である。
彼は、グリアスは今日をもって──人生の絶頂を迎える!
□■□
……えてして。
【勇者】 対 【死神】
どちらが勝つのが王道な展開かと言えば。
大方【勇者】の側に軍配があるだろう。
【勇者】が囚われの美しい姫を救い出し、その後は二人仲良く末長く幸せに暮らす……
そんなお伽話の様な展開が、鉄板でテンプレートで王道な物語にふさわしいだろう。
……では、【死神】が勝てばそれはもう王道の逆、つまりは邪道なのか? と言われればそれもまた違うだろうという話になる。
なんなら、勇者が勝ったらそれはもう邪道、といった方面の意見もまたあるかもしれない。
つまる所、物語とは感じる側の視点が大事なのである。
──といった結論が出た所で、グリアス 対 グリムの死闘の結果を見てみよう。
聖剣を手放し、虚ろな表情で地面に倒れ伏すグリアス。
その横には右手に大鎌を持ったグリムが立たずみ、左の手の平にはふよふよと金色に光る透明なオタマジャクシの様な物が浮いている。
「ゆ、勇者様っ! 」
「しっかりしてください! 勇者様っ!」
生き残った兵士二人がグリアスに呼びかけるもグリアスはピクリとも動かない。
頭では分かっていてもそれを信じたくない、そう願う兵士達は狂った様にグリアスの名を叫び、身体を揺すり続ける。
その献身的で健気な行動は、しかし【死神】にとってただの耳障りでしかない。
「───静まれ……」
しん、と何の抑揚もない。
辛うじて耳に入るであろう控えめな声量。
しかし、ただのそれだけで兵士達は改めて身震いがした。
これが支配者。これが【死神】なのか……と。
「───貴様らも私の手で勇者と同じ末路を歩ませてやろう……光栄に思え……」
そう言うとグリムは、左手の平に浮く黄金のオタマジャクシ、もとい勇者グリアスの魂をぐしゃりと握りつぶした。
「……あああぁぁぁ……」
兵士の一人から言葉にもならない言葉が漏れる。
大勢の仲間の骸と勇者の敗北。
その地獄絵図は、屈強な兵士の頭をかき乱す。
「む……無理だ……こんな奴、敵うわけない……」
「う、ううわアァァーーー!!」
「たたたすけてくれエェェッ‼」
いざ、とグリムが大鎌を構え直すよりも早く、兵士達はグリムに背中を向けて走り出した。
「「うわァアアアアアーーッ‼」」
悲鳴をあげながら、馬よりも早く猪よりも盲目的に駆ける。
──そう、これこそが常人。
【死神】を前に逃げ出すという選択は取って当たり前であり、攻撃に打って出るなど常人の沙汰ではない。
……やがて、ガシャンッ、と二人の兵士が唯一この部屋にある分厚い扉に体をぶつけた。彼らは考え無しに突っ込んだ訳ではない。こうでもしないとこの扉は開かないと考えたのだ。だが、扉は傷すらもつかない。
それを見た兵士達が「やはり閉じ込められていたか……」「もうダメだ……」と、諦め掛けたその時。
ゴゴゴゴッ……─── 。
と、来た時と同様重厚な扉は重苦しい音を響かせて呆気なく開いてしまった。
実はテンパらずに普通に押せば開いたのでは? といった野暮な思考をする余裕は、兵士達にない。
まさに見掛け倒しの扉。
誰だ! 行きはよいよい帰りは怖いとか抜かした奴⁉ ビビらせんじゃねぇ! ふざけんのもいい加減にしろッ‼
と二人の兵士は喜び半分、不満を半分に抱え、悪態をつきながら部屋の中から走り去る。
実を言うとこの扉、最初から簡単に押せば開く扉ではなかった。
見た目通り重苦しく。
一昔前は一度開けるだけでも一苦労する扉だった。
そんな非効率的な扉に不満を持ったのが【デミリッチー】のジジだ。
これが私の研究成果だよ! とジジが魔改造で扉の重さを多少マシにしたのは、まだビアスとマキが生まれる前の話になる。
やがて、二人が生まれてからは迷宮のいたる所にさらなるバリアフリー(ジジによるビアスとマキのための良心的魔改造)が施され、あくまで迷宮側にとっては快適な住み心地を実現させている!
そしてその完成品の一つが、この羽の様に軽く手動で開き、勝手に自動で閉まる扉である!
つまりこの扉は「行きはよいよい帰りは怖い」などといった物騒な扉ではない!
赤子でも簡単に出入りできる、まさに「行きもはいはい帰りもよちよち」をコンセプトに作成された扉なのである!
──もちろん、そんな迷宮の裏事情など走り去る二人が知るよしもない。
去り際、兵士の一人が最後の確認をと振り返ると【死神】が虚空を見つめながら、ニヤッと不敵な笑みを浮かべている姿を目撃する。
そして後日、その兵士は頭蓋骨が一生のトラウマになったという話はもはや察してしかるべきだろう……。
□■□
長い戦いは終わり、夜が開ける。
勇者との死闘を終え、最下層へ降りるグリム。
その手には魂を抜き取ったグリアスの体を丁寧に抱えている。
なにせここは《骸遊びの迷宮》。
人間の骸の使い道など腐る程ある。
その中でも特別、グリアスが無傷で運ばれるのには相応の理由があった。
『階層主グリム、ただいま戻ったっす』
グリムが参上したのは【堕天使】であり迷宮主でもあるスノーモートの玉座。
仕事の終了を責任者である迷宮主に報告するためだ。
グリムは屈み、傅きながらスノーモートに戦いの報告をした。
『水晶の間から拝見していました。素晴らしい活躍でしたねグリム』
『いや~ありがたきお言葉、ありがたき幸せっす、我が主様』
グリム自身、勇者達を上手く返り討ちにした自信はあった("目玉"にドヤ顔を送る位には)。
しかし自らが仕える主に褒められるのでは、達成感の訳が違う。
グリムの気分は高揚せずにいられない。
その気分を上げるグリムの少し後ろで、同じく傅く階層主【リッチー】のジジ、【アラクネ】のトトノ、【百魔獣の王】レオードジャック。
彼らからはあまり面白く無い、といった雰囲気がひしひしと伝わってくる。
ひとえに、映像の中継中グリムのドヤ顔にいちいちムカッ腹が立ったのである。
後に、人間二人を逃がしたのも柔軟な判断だと、グリムはスノーモートに褒められる。
迷宮に住まう者がどれだけ強くとも、それは他者がありきの話。
サービスがいくら充実しても利用する者がいない施設は廃れるのと同じである。
迷宮を観測し、利用する者がいなければ迷宮は迷宮としての意味をなさない。
迷宮側が一人も逃がさないというスタンスでは迷宮に人が来なくなってしまう。
それでは《骸遊びの迷宮》として住まいの出入口を解放し、上から順に魔物の配置を考える意味がなくなってしまう。
ここは《骸遊びの迷宮》──人間が恐れて来なくなってしまう迷宮では……迷宮側も困るのだ……。
──さて、この辺で形式上の堅苦しい仕事の話は終わりにして、これからは趣味の話をしよう。
『スノーモート様、こちらが勇者グリアスっす』
グリムが骸となったグリアスを差し出すと……
うっふふ〜ん♡
と上機嫌でスノーモートがグリアスの抜け殻を受け取った。
『うふふ、これでまた新しい“お友達”が増えます♪』
言って、スノーモートは勇者を軽々と持ち上げると、人形を扱うかの様に大事に大事に勇者を抱きしめた。
『勇者の“お友達”もこれで七人目。嬉しいわグリム』
『喜んでいただけてこのグリム、恐悦至極っす』
──スノーモートの言う“お友達”。ジュリエッタ姫、勇者グリアスを含め彼女には“お友達”が七十七人いる。
いや、正確には七十七体あると言った方が正しい。
それは、歴史に名を残す英雄であったり。
各国の美しい姫君、または王子であったり。
歴代の勇敢な勇者であったり……。
世にも珍しい、その“お友達”の数々は超が付くプレミア級ばかり。
ある時、一体誰が流したのか……地上ではこんな噂が流れたという。
「名声や称号が持つ者は気を付けろ、いついかなる時でもその体は堕ちた天使に狙われる。
気を抜くな、その天使は魂が抜ける様な美貌で微笑み近づいてくる。
気をしっかり持て、そいつに身を預ければ、魂が侵され生きた木偶人形になる」と。
そう《骸遊びの迷宮》迷宮主スノーモート。
その正体は、気に入った魂の無い骸をコレシクションとして愛でるのが大好きな。
外道の趣味を持つ──天界から追放された【堕天使】である。
思い返せば、感じる側によって物語は王道にも邪道にもなるという話をしたと思う。
しかし、まさか彼らも王道、邪道の道では無く。
その身を外道の趣味に使われる事になるとは、ついぞ思いもしなかった事だろう……
スノーモートが他のコレクション同様グリアスの骸に己の加護をかける。黒く、どこまでも黒い【堕天使】の加護だ。
スッと人間の少女に近い成りをする【デミリッチー】のジジが立ち上がった。
『スノーモート様、どうやらまた私の部屋に侵入者が来たようです。さっそく御迎えに上がりたいと思いますがよろしいでしょうか?』
『あら、またなの? まだ朝の七時よ? 本当に忙しない。ジジ 今度はやられないようにね』
『ハッ、仰せのままに』
最高の礼を尽くす姿勢で深々と頭を下げるジジ。
だが、スノーモートはそんなジジにジトリとした視線を送る。
『ジジ、魔道具の実験も程々によ。暴発している間に下に降りられました、なんて……二度は通じませんからね?』
『……うっ……はい。仰せのままに……』
スノーモートの無言の追求から逃れる様に視線を外すジジ。
これはもはや図星であると自白した様なものだ。
そしてこちらはさすが迷宮主だ。
例えプリン作りでジジの戦いを観戦せずとも、事の真相は大体解ってしまうのである。
そして、ジジの手抜き対策に何か無いかと考えるスノーモートにピーンとある名案が浮かんだ。
『そうだわ、今から水晶の間でジジの勇姿を目に焼き付けましょうか。ビアスとマキも起きてくる時間だし、ちょうどいいから皆でね』
と張り切り顔でスノーモートが言った。
通常、スノーモート達はジジが倒されてから警戒網を上げる。
その理由に、ジジの強さを信用しているからというのもあるが、きりがない、というのが一番の理由である。
この超巨大迷宮の侵入者を四六時中監視するのはきりがない。
無理ではない、しかし全員を監視するのが面倒であるというのがスノーモートの談だ。
故に、監視は強者に絞るという方針だ。
しかし、それがスノーモートの提案により逆転した。
『おお! それはいいであるな!』
『ハイっす。ジジちゃんの手抜き対策すっね』
新しく提示された案にレオードジャックとグリムが賛成する。
『アラアラ〜、頑張ってねジジちゃん応援してるわ。水晶越しに』
『ええッ〜!? そんなー! 勘弁してくださいよ! そんなのマキちゃんとビアスくんに全然格好つかないじゃないですか!』
爽やかな笑顔でトトノ。
最後にスノーモートの謎の参観日感にジジが悲鳴をあげるのだった。