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蒸気大革命  作者: あさま勲
一日目
6/50

 船の上から港の喧噪を見下ろし、レイハは小さく息をつく。

 クーに言われた水晶の買い付けを済ませ、ついでに、もう一仕事、終えたところだ。

 水晶は、錬金術の技により結晶化した水素。小さく嵩張らず、石炭とは比べ物にならないほどの高温で燃える。汽械の発達は、この水晶の精製が可能となった事とは、決して無関係ではない。

 レイハが買い付けたのは粗製水晶。出来の粗い粗製とはいえ、市場に出回る手に入る汽械の燃料としては一番の高級品だ。一般の汽械などに使われる燃料は、大半が安く嵩張る石炭だ。

 できれば、高純度の精製水晶が欲しかったが、それを創り出せる錬金術師は決して多くはない。さすがに、手に入らなかった。

 レイハは、大きく伸びをする。

 日に焼かれて赤茶けた色になった髪に、小麦色に日焼けした肌。まだ少女の面影を色濃く残した容姿。その瞳が、周囲の船を見回して僅かに曇る。

 全長三十メートルほどの船体。周囲の船と比べ、この船は二世代は古い型の船だ。少ない人数でも動かせるよう、操船系こそ新しい物に積み替えてはあるが、汽関はそのまま。おかげで水晶の買い付けの際にも、ずいぶん不審がられたものだ。

 汽械船に関わる者なら、汽関の音だけで、大まかな性能がわかる。この船の汽関は旧型。極めて高温で燃焼する水晶。その熱や圧力に耐えられるようには、できていないのだ。

「若旦那は、王都屈指の汽械術師だったのに……」

 レイハは、溜め息、混じりに呟く。

 以前は、ここ統連にやってくるときは、飛行船を使っていたらしい。が、今は、こんなオンボロ船。工房も、人手に渡ってしまった。にもかかわらず、自分は、まだ、その人に仕えている。

「もう、放っておけば、いいのに……」

 クーが、今、誰に会いに行っているのかを考えると、レイハは憂鬱になる。

 船の縁に渡された縄梯子が、ぎしりと鳴った。見ると、クーが、ひょこりと縄梯子を上って顔を出す。

「お帰りなさい、若旦那」

「はい、ただいま」

 クーは、そう言うと、縁を乗り越え船に降りる。

「粗製水晶は、手に入りました。でも、高純度水晶は、さすがに……」

「いや、上出来だよ。王都じゃ、粗製水晶の入手だって、簡単にはいかないんだから」

 クーは、レイハに笑顔を向ける。

「これから、どうするんです?」

「坊は、エンナお嬢さんを味方に付けるまでは、ここに留まる気だそうで」

 ぎしぎしと縄梯子を鳴らしながら上がってきたゲンザが、クーの代わりにこたえる。その言葉を聞き、レイハは、大きく溜め息をついた。

「あす朝、新型汽械の実験を見学させてくれるそうで、エンナの所に行くんだけど……今度は、ゲンザと替わってレイハが来る?」

 ゲンザを振り返りつつ、クーは言う。ゲンザは異論無いようで、視線をレイハに向ける。

「いえ、わたしは、ここで留守番してますから」

 レイハの言葉に、クーは怪訝そうな顔をした。

「統連の街を見てみたいとか、前、言ってなかったけ?」

「気が変わったんです!」

 強い調子で言われ、クーは気圧されたような顔をする。

「じゃっ、じゃあ……。悪いけど、あしたも留守番、頼むね」

 クーの言葉に、レイハは大きく息をはいた。

「塩だらけになった、汽関の洗浄は終わらせました。石炭も積んでおきましたので、船は、またいつでも動かせるようにしてあります」

 汽関の基本原理は、新旧ともに同じもの。熱で蒸気を発生させ、その圧力を運動に転換する。違ってくるのは、大きさと出力。型の新しいものほど、小型高出力化する傾向がある。

 海洋船舶は、蒸気を発生させるのに海水を利用している。それ故、汽関の罐の中に塩がこびり付いてしまうため、定期的に洗浄してやる必要が出てくるのだ。結構、手間のかかる仕事だ。

「そこまで、やってくれたんだ……。ありがとう」

 クーは、感心したように言い、レイハに笑顔を向けた。クーに笑顔を向けられ、レイハは、思わず顔を赤らめる。

「い、いえ、手が空いてましたから……」

 クーは、そんなレイハに気づいた様子もなく、ゲンザを振り返る。

「ゲンザ。アレに水晶、積め込んどいてくれる? 一応、いつでも使えるようにしておきたい」

 その言葉に、ゲンザはとレイハは顔をしかめる。

「坊。アレを使う気ですか!?」

「若旦那。カーボライトの制御系に、狂いが出てます。一度、再調整しておかないと……」

 口々に言う、ふたりに、クーは苦笑を浮かべる。

「使う気は無いよ。でも、万一に備えて、いつでも使えるようにはしておきたい」

 そう言うと、クーは、ひとり船内へと入ていった。

「ゲンザさん。エンナさんって、どんな人?」

 クーが船内に入っていったのを確認してから、レイハはたずねる。

「坊の、言ってる通りの方だけど、それが何か?」

「何でもない……」

 ゲンザの言葉に、曖昧な返事を返して、レイハも船内に入る。

 船内の照明は、安物の発光石。おかげで船内は薄暗い。レイハは船倉に降りる。船倉は天井が低く、石炭や水晶の入った袋が所狭しと置かれていた。そして、その隅には、小型の蒸気推進汽と、分解された小型飛行汽。そして、一見して用途のわからない汽械が幾つか。

 レイハは、床板に偽装された隠し船倉への扉を開ける。

 この船は、見た目も汽関も旧型だが、船体そのものは、かなり手が加えられている。それは、船倉に、ある物を隠すため、以前ソラが、半ば道楽で改造したものだ。そもそも、船として役に立てる気が無かったようで、船内照明や旧型の汽関などには、若干の難があった。

 隠し船倉に降りると、まず目に付くのは、全長二十メートル強の大きな金属の固まり。どこか涙滴を思わせる独特の形。錬金術の技を、大々的に取り込んだ全く新しい汽械だ。

 環の教団が保有する浮揚船。それを不完全ながらも模倣し、性能の不足を汽械術で補ったもの。ソラの言葉を信じるなら、空の遙か向こう、あの青い月にだって手が届く。

 汽械式浮揚船……ソラは、そう呼んでいた。

「若旦那?」

 レイハは船倉を見回す。が、クーの姿は見えない。

 浮揚船の一角が開き、そこからクーが顔を出した。

「ん? どうかした?」

 クーは、屈託無くたずねる。

「再調整できます?」

「完全には無理」

 レイハの問いに、クーは、きっぱりと断言した。

「細かな調整は、実際、空に浮かべてみないことには、どうにもならんね。でも、これでも一応は、飛べるはず」

「やっぱり、飛ばす気ですかっ!?」

 隠し船倉に降りてきたゲンザが、慌てたように言った。

「その時期が来ればね。まだ、時期尚早。慌てて殺されるのは、一回だけで十分。もう懲りたよ」

 何故、慌てる。そう言いたげな、呆れたようなクーの表情。

「ああ、レイハ。ひとついいかな?」

 クーは、思い出したようにレイハに言った。

「はい。何でしょう?」

 レイハの問いに、クーは黒眼鏡を外しつつ言う。澄んだ青い瞳がレイハを映した。

「若旦那って呼び方、止めてくれないかな。若旦那はソラ。僕はクーだよ」

 ソラは、以前、ゲンザに坊と呼ばれるのを嫌がっていたらしい。そして、若旦那と呼ばせることで妥協した。以前、ゲンザから聞かされた話。レイハがソラに拾われた時、既にソラは、若旦那と呼ばれていた。だから、ずっと若旦那と呼んでいたが……。

 クーの見た目は、子供そのもの。若旦那と呼ぶには、かなり無理がある。

「えっと、じゃあ、(ぼん)……いえ、坊ちゃんで、どうでしょうか?」

 深い溜め息をつくクー。仕方がない事とはいえ、子供扱いされるのは嫌なのだ。そんなところが、クーを、より子供っぽく見せる。

「うん。よくないけど、それでいい……」

 不承不承といった風に、クーは同意する。その仕草を見て、レイハは思わず吹き出した。

 見た目はともかく、実際の年齢は、クーの方が、ひとまわり以上も上。見た目は幼いが、言動自体は、以前とさして変わってないので、今の姿になっても戸惑うことはなかったのだが……。

「はい、わかりました。坊ちゃん」

 レイハの言葉に、嫌そうに顔をしかめるクー。

 そんなクーを見てレイハは思う。この人も変わったな、と。

 工房を失い身軽になったためか、それとも、今の子供の姿に引っ張られているためか、前よりも、ずっと自由に振る舞っている。今は今で面倒も多いが、これはこれで、結構、楽しい。

 クーは、楽しげな笑みを浮かべるレイハを見ると、小さく息をついて、浮揚船の中に引っ込んでいった。

当初はスチームパンクでスペースオペラを書けないかというコンセプトで話を考えてました。

ギミック云々を色々考案しましたが登場人物に何をさせるか全く思いつかず長らく放置中でしたが、ふとドラクエ1の事を考えコレで行こうかと。

竜退治じゃありませんし世界も救いませんが、囚われのお姫様を助け出す古典的なファンタジーを、この世界観でといった具合です。


具体的には、塔に囚われたお姫様を助け出す話だったわけですが、考えてたような話にはなりませんでした。

ですが、これはこれで悪くないかと。

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