表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸気大革命  作者: あさま勲
一日目
5/50

 白の公園は、賢者の塔の裏手にある。

 遠出をしたかと思ったら、結局、元の場所へ戻ってきた。エンナは小さく溜め息をつくと、馬車から降りる。

「ちょっと、待っててね」

 そういうと、クーは、馬車の会計をゲンザに押しつけると、ひとり、どこかへ行ってしまった。

「騒がしくして、申し訳ないです」

 公園のベンチに腰を下ろしたエンナに、ゲンザは申し訳なさそうに言った。

「いえ、結構、楽しんでますし」

 くすりと笑い、エンナはゲンザに言葉を返す。

「元は、あんな人じゃなかったんですけど……」

「ゲンザさん、クー君、さっき何か慌ててましたけど、何だったんです?」

 クーは、先ほど遠海庵の前で、新型の汽械馬車を見た際、何か妙に慌てていた。もっとも、本家の車だとわかってからは、慌てたような気配はなくなり、何か楽しげな様子だったが。

「教団の馬車かと思って、慌てたんでしょうな……」

「教団って、環の教団ですか?」

 環の教団は、錬金術師たちの教団だ。

 本拠は月にあり、失われた技術によって造られた錬金術の産物を管理運用している。失われたはずの錬金術の技、それすらも受け継いでいるといわれ、その技量は、ここ統連の錬金術師たちでさえ及ばないといわれていた。

「ええ。もっとも、教団が新型の汽械馬車を使ってるとは考えにくいですが……」

 ゲンザの言葉に、エンナは考える。

 錬金術の象徴である尾を食む蛇。錬金術師は貴族ではないので家紋を持たない。が、力のある錬金術師は、自身の所有する馬車や船などに、その象徴を紋章として刻む事を許されている。そして、教団に所属する錬金術師ならば、間違いなく力のある錬金術師だ。

 だが教団は、新興の技術である汽械術を蔑視している。教団だけではなく、錬金術師たちの多くも例外ではない。馬車の動力は、馬から汽馬に換わりつつある中、錬金術師の中には、いまだ馬に牽かせる馬車を使い続ける者も多い。保守的な教団が、汽械馬車、それも新型の馬車を使っているとは、確かに考えにくい。

 クーは教団を恐れている気配がある。それは何故か? エンナは考えを巡らせてみる。

「ソラさんは、教団と対立してたんですか?」

 エンナはゲンザに問う。

 クーは、ソラについて詳しいことを知っているらしい。そのクーが、教団を避けている以上、そうとしか考えられない。

「あ、いや……。その件については、あっしの口からは言えないです」

 ゲンザは、しまったという顔をすると、しどろもどろに答える。

「なぁに、楽しそうに話してるのかなぁ~」

 唐突に、クーに背後から声をかけられ、ふたりは飛び上がるほど驚いた。

「わっ、若旦那っ。驚かさないでくださいよ!」

 あたふたと慌てるゲンザ。その頭をクーは、ぱちんと(はた)く。

「はい、僕は誰でしょう?」

 クーは、にっこりとゲンザに笑顔を向ける。ゲンザの顔が、一瞬、引きつり、そして、ゲンザは深々と頭を下げた。

「坊、申し訳ありません……」

「まあ、ゲンザに限って、それはないと思うけど、エンナさんは僕の婚約者だということを忘れないように」

 クーは、顔をしかめ、仕方ないとでも言いたげに、小さく溜め息をついた。そして胸に抱えていた包みを、ふたりに見せる。

「料亭の料理とは違うけど、こういうのも悪くないよ」

 恐らく、公園の屋台で買ってきた物だろう。クーが包みを開くと、中には、まだ湯気を立てている焼きむすびが入っていた。そして包みと、竹製の水筒をベンチの上に置く。

「クー君、ソラさんの事で、話したい事って何だったの?」

 エンナの言葉に、クーは焼きむすびを口にくわえたまま、エンナに視線を向ける。そして、ひと口かじり、まるで焦らすかのように、ゆっくり租借して飲み込んだ。

「ゴメン。しばらく統連にいる予定だし、別の機会でいいかな?」

 そう言いながら、クーは公園の外を指さした。見ると、見覚えのある新型汽械馬車が、公園の横に停車したところだ。

 馬車から飛び降り、こちらに駆けてくるのはヒスイ。

「クー君、明日の予定は空いてる?」

 ヒスイを、ちらりと見るとエンナはクーに問う。

「時間なら、何とでも都合はつけられるよ」

「わたしが手を貸してる新型の汽械の実験が、あした行われるんだけど、見学に来てくれる? 実験が終われば、わたしも予定は無くなるし、その時に詳しい話を……」

 そこまで言って、エンナは言葉を止める。そして、大きく溜め息をついた。

「エンナさんっ、お怪我はありませんでしたか!?」

 駆け寄ってきたヒスイが、大きく息をしながらたずねる。

「見ての通り、怪我なんてしてないよね?」

 クーは、笑ってエンナに同意を求める。エンナは、黙って頷いた。

 ヒスイは、胡乱そうな顔をクーに向ける。

「僕はエンナさんの婚約者で、クーといいます。えっと、ソラの弟です」

 クーは、ヒスイに笑顔で自己紹介する。クーの言葉で、ヒスイの顔が引きつった。

「ちょっ、ちょっと待て、婚約者って……。それにソラには弟などいなかったはずだ!」

「坊は、先代の隠し子です。知らないのも、無理はありません」

 ゲンザが、重々しくヒスイに言った。

「えっと……。文書では、確かに、そうなってました」

 ためらいがちに、エンナはヒスイに告げる。

「エンナお嬢様。あなたは、それでよろしいので?」

 いつの間にか、ヒスイの隣に来ていたギンが問う。無表情かつ、感情のこもらない声。

「断る理由もありませんので……」

 エンナはこたえる。

 本音は違う。クーを婚約者といわれても、エンナには実感が持てない。実際、クーは、どう思っているか知らないが、結婚には至らないと思う。否定する気はない。が、肯定する気もないのだ。

 ただ、クーが知っているかもしれない、ソラの死の真相。それが知りたいのだ。そのためにも、クーと婚約者でいた方が都合がいい。少なくとも、頻繁に顔を合わせる理由にはなるのだから。

「なるほど、承知しました。本家には、そう伝えておきましょう。ただ、美原見の本家には、事前に一報、願いたかったですな」

 ヒスイは、言葉を紡ごうと口を動かす。が、声は出てこない。そんなヒスイを無視して、ギンは勝手に話を進めていく。

「一応、報告は入れようと思ったんだけど、エンナさんに確認を取ってからにしようかと思ってたから……」

 クーの、ぼそぼそとした声。

「さて、ヒスイ様。寄り道している場合ではありませんよ」

「そんな事は、わかっているっ!」

 冷徹な声で、ギンはヒスイに言う。その言葉で、ヒスイは我に返ると、怒鳴るように、そうこたえる。そして、足早に汽械馬車へと引き上げていった。

「では、失礼いたします」

 ギンも一礼すると、ヒスイを追うように立ち去っていく。

 エンナは、焼きむすびを手に取ると、それを頬ばりつつ、ふたりの乗った汽械馬車を見送った。そして、馬車が見えなくなると、口を開いた。

「いまなら……問題ないよね。ソラさんに、何があったの?」

 ためらいがちに、エンナは問う。感情のこもらない、小さな声。

「色々あった。まあ、事を急ぎすぎたんだろうね。今度は、気長にいこうかと思ってる」

 クーも、静かな声で言う。そして、そこまで言って、説明になってないことに気づいたのか苦笑しつつ空を見上げる。月は沈み、もう空にはない。クーは言葉を続けた。

「ソラは、急ぎすぎて禁忌に手を出した。だから消された。もうソラはいない」

 もうソラはいない。その言葉を聞いて、エンナは小さく息をつく。

「急ぎすぎたって何? それに禁忌? そもそも、汽械術に禁忌はないはず」

 うつむき、エンナは小さな声で問う。

「うん。汽械術には禁忌はない。でも、汽械術を支える錬金術には、禁忌は幾つも存在するよ?」

 クーは、空を見上げたまま。エンナは、うつむいたまま。互いに顔を合わせないまま、言葉を交わす。

「坊、エンナお嬢さん。申し訳ありませんが……」

 ふたりの会話に、ゲンザが口を挟んだ。

 エンナが顔を上げると、こちらに向かって、数人の男たちが駆けてくるのが見えた。その後ろ、汽械馬車の上から手を振っている初老の男は、汽械術師のラセル。エンナが今、仕事で手を貸している汽械術師だ。ソラの恩師に当たる人らしく、その関係で、エンナはこの仕事を紹介されたのだ。

「ラセル先生……」

 クーは、驚いたように呟く。

「エンナ師……。今日は、作業場に来なかったから、いったい、どうしたのかと心配したんですよ?」

 駆け寄ってきた男たちは、口々に、そう言った。

「あの……するべき作業は、もう終わらせましたが?」

 エンナは、頭の中を切り替えながら、そう答える。

 汽械術師と錬金術師は、基本的に共同作業はしない。汽械術師の注文通りの物を錬金術師が創るか。あるいは、錬金術師が既に創り出した物を、汽械術師が買い取って使うか。その、どちらかなのだ。

「実験に万全を期すための打ち合わせが、まだ終わってません。申し訳ありませんが、大至急、来ていただけませんか?」

 エンナは、溜め息をつくとクーを見る。どうやら、クーは納得しているようだ。クーが、ごねてくれたなら、それを口実に断れたのだが無理らしい。

「わかりました。ただ、錬金術師のわたしには、汽械術の事は、よくわかりませんけど、それでも構いませんね?」

「はい。十分です」

 エンナの言葉に、男たちは安堵の息をつく。無理もない。立場上、錬金術師たちの方が、よほど強気に出られるのだ。

 クーは、焼きむすびを幾つか包み直して、エンナに手渡した。

「ゆっくり食事してる時間、無さそうだし、持っていって向こうで食べて」

「ありがとう」

 エンナは包みを受け取る。

 考えてみれば、クーも汽械術に通じているのだ。彼らの気持ちもわかるのだろう。

「あの、明日(あす)の実験。このふたりを同行させて構いませんね?」

「ああ、別に構いませんよ。あと、できれば、他の錬金術師の方々にも声をかけてください。我々が何をやろうとしているのか、それによって何が可能になるのか、是非、知っていただきたいもので」

 エンナの申し出に、男たちは快く応じてくれた。

「ラセル師は、何の実験を、やろうとしているんです?」

「ああ、それは……」

 クーの問いに、男たちの、ひとりがこたえようとするが、エンナは、それを遮るように言った。

「それは、あしたの、お楽しみ」

 クーに、エンナは色々と焦らされている。まだ、クーは、ソラについて、ほとんど何も話してくれていないのだ。この程度の仕返しなら構わないだろう。

「あした朝、塔まで来てくれるかな。案内するから」

 エンナは小さく笑って、そう言うと、ラセルの待つ馬車へと向かう。

「がんばってねー」

 クーが笑顔で手を振って見送ってくれる。それがエンナには嬉しい。明日が楽しみ。そう感じるのは、ずいぶん久しぶりの事だ。

2/15 教団の設定が固まりましたので、それにあわせて微修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ