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蒸気大革命  作者: あさま勲
三日目
46/50

46

ようやく締めに入れますが……教団の説明に何話か使いそうです。

 船体が、縦回転している。

 飛行汽なら、間違いなく墜落しただろう。だが、カーボライトによって宙に浮く浮揚船なら、こんな状態になっても墜落する事はない。

 危険を感じたためか、ゲンザは推進器を()めたようだ。

 クーもカーボライトの制御を()めている。空気抵抗で回転が収まるのを待っているのだ。

 レイハは窓から見える一瞬の光景で、地表との距離を測る。もう雨はやんだ。雲の切れ間から太陽が顔を覗かせている。

「徐々に高度が上がってますね……」

 これなら地表に叩き付けられる心配はない。

「良かった……」

 安心したようにクーは呟く。

 レイハの優れた動体視力は、地に墜ちた浮揚船も見て取れた。蒸気圧で姿勢を崩され、縁が断崖に引っかかったようだ。逆さになって、その腹を空へと向けていた。

 どうやら、クーの作戦も上手く行ったようだ。

「ゲンザさん。合図したら、推力全開でお願いします……全開!」

 急加速した事で船体と舵が風を捉えた事で、ようやく船体が安定する。

「エンナは……みんなは無事かな……?」

 クーの言葉に、レイハはムッとする。

 とは言え、飛行汽械に乗り慣れた自分たちより、不慣れなエンナをクーが心配するのも理解はできるのだ。

「目が回っただけですから……」

 その言葉に、レイハは思わず感心した。

 あれだけ振り回されたのに目を回しただけで済んだのだ。相当、乗り物には強いのだろう。

「どうやら、若旦那の作戦は、上手く行ったみたいですよ?」

 そう言いながら、レイハが機体を旋回させようとすると、蒸気推進器の振動が止まった。

「水が無くなりましたな……機関の火も落とします」

 船の操舵をクーのカーボライト制御に任せ、レイハは落ちた浮揚船を観察する。

 船体が一部裂けてはいるが、浮揚船の特性を考えれば、まだ飛べるはずだ。問題は、操作する中の乗員が無事であるか否かだ。

 無事で、なおかつ戦意を失っていなければ、もう、こちらに勝ち目はない。

 だが、クーは相手を殺したくないと言っていた。仮に殺してしまっていたとすれば、クーは酷く傷つくだろう。

 そんなレイハの心配を余所に、クーは教団の浮揚船に向けて船を降下させる。そして、止める間もなく座席から飛び出した。

「ちょっと、若旦那っ!」

 全身を使って扉のハンドルを回し、クーは外へ飛び出す。対し、レイハは、まだベルトを外している途中だ。

 恐らくクーは、降下中にベルトを外していたのだろう。だとすれば、最初から飛び出していくつもりだったのだ。

 無鉄砲にも程がある。

 内心愚痴りながら、ベルトを外してクーを追おうとするが、エンナに先を越された。

「ゲンザさん。船を頼みます!」

 ゲンザに、そう叫ぶと、レイハも後を追って船から飛び降りた。

 裂け目から浮揚船の中に飛び込んでいったかと思いきや、クーは浮揚船の上に黙って立っていた。

 雨上がりの日差しを浴びて、風になびくクーの緑色の髪が映えている。

 恐らく、クーは浮揚船の乗員が出てくるのを待っているのだ。

「若旦那。危ないんじゃないですか?」

 レイハは言う。

 今、相手が浮揚船を動かしたら、上に降りた三人が振り落とされかねない。

 だが、クーはレイハに視線を向けただけで動かなかった。

「たぶん、ここに僕が立ってるのは、中の乗員も見てるはず。なら出てくると思う」

 クーの言葉の意味が、レイハにはわからなかった。だが、クーには、その確信があるのだろう。

 エンナに視線を向けるが、クーの言葉の意味は同様に、わかってないようだった。だが、同様にクーの事を信じている事もわかる。

 しばらく後、浮揚船の一部が持ち上がった。カーボライトを利用した昇降器なのだろうが、いまの浮揚船は裏返しになっている。まるで丸く切り抜かれた床が、空に浮かんでいるようだ。

 そして、二人の若い男が、その空いた穴から這い出してきた。

「なぜ、再生者が汽械を扱い、我らに仇を成す?」

 一人がクーを見て、そう言った。

 二人とも、ぶつけたのか打ち身や擦り傷の痕はあるが、軽傷のようだ。

「別に敵対する気なんか無かったんだけど……そういう時代なんだよ。他に乗員は? 動けない者がいるなら、すぐにでも手当てしないと」

 クーは、再生者という言葉を知っているようだ。そして、自分自身が、その再生者であると言う事も。なおかつ、その事実が、教団に対し有利に働くという事も。

 恐らく、賢者の塔で得た断片的な情報だけで、その結論に達したのだ。

「若旦那って、やっぱり、只者じゃないんですね……」

 レイハは思わず呟いた。

 昔から知っていたつもりだったが、目の当たりにすると、やはり感心してしまう。

「らしいね。賢者の塔にも再生者はいないみたいだし……」

 クーの言葉に、レイハは小さく笑う。

 そういう意味で言ったわけではないのだ。

「乗員は、我ら二人のみだ」

 その言葉に、レイハは拍子抜けした。

 これだけ大きな船を持ってきたのだ。百を超える人数が乗っていても、おかしくはないはずだ。

 だが、クーには驚いている気配はない。

「投降しろ……とまでは言わない。お引き取り願えるかな?」

 クーの言葉に二人は驚いたような表情を浮かべ、そして黙って首を振った。

「船が破損して気密を保てない。もう月へは帰れなくなった……。投降しよう」

 その言葉に、エンナが大きな安堵の溜め息を漏らすのが聞こえた。レイハも同感だった。

 やっと、決着がついたのだ。

 と、蒸気機関の駆動音が聞こえてくる。

 空を見上げると、複数の飛行汽と飛行船が飛んでいた。今回の戦い、その決着を見届けに来たのだろう。

 百年前の戦いは、賢者の塔が大きく介入した上での引き分け。だが、今回は、賢者の塔は、ほぼ戦いには介入していない。その上での勝利だ。

 この地上の人間が、月の教団に勝ったのは、恐らく、これが初めてだ。

 蒸気機関による勝利だった。

 目撃者も多数いる。世界中の汽械術師たちが、この勝利で勢いづく事だろう。

 まさに。これは蒸気による革命だった。

 レイハは、革命を起こした英雄に視線を向ける。

 緑色の髪をした子供の姿。その小さな身体が、今は大きく見えた。

 そして英雄は、身体が冷えたのか、大きなクシャミを連発した。

この回、エンナの影が薄すぎます。

強調するために、クーと一緒に浮揚船を降ろしたわけですが何もセリフを与えられなかった。

そもそも事情を理解してないので会話に介入できないってのもあるわけですが。

エンナ視点で書けば……とも思いましたが、それじゃ状況の説明ができなくなります。

というか書き手の手に負えなくなります。

なんとかならんかなぁ……


2/4 作中の時間を弄りました。

ちゃんと考えれば、ラセルの工房が壊されたのが午前中で、そこからクーたちが行動を開始しました。

統連の大きさと状況を考えれば、決着が翌朝になるってのは、どう考えてもおかしいかと。

夕方に修正しましたが、それでも時間がかかりすぎてると思い反映前に、さらに時間を前倒ししました。

夜である事を全く強調せずに書いてた……というか、夜である事を忘れて書いてたため修正は楽でした。

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