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もうすぐ終わりのつもりが、なかなか終われません。
山場のある小説書くと、いつもこんな感じですね……
突然、外から轟音が響いた。
昨日のラセルの実験、その昇宙汽械の轟音に似てはいるが、そこまで大きな音ではない。
何が起こっているのだろう?
そう思い、エンナは反射的に窓を探すが、この部屋には窓はなかった。
轟音は徐々に大きくなり、そして低い音に切り替わったと思った途端、徐々に小さくなってゆく。
音を発する何かが、この賢者の塔に接近し、そして遠ざかっていったのだ。
音を発する物が近づいてくる場合その音は高く聞こえ、遠ざかっていく場合は低く聞こえる。
昔、ソラが教えてくれたのだ。そして飛行汽を用い、エンナの目の前で、それを実践してみせた。
この統連上空を、何かが飛んでいるらしい。
教団の浮揚船かと考え、エンナは、それを否定する。
カーボライトは、音もなく動くはずだ。この賢者の塔にある昇降器にもカーボライトが使われているが、その動きに音は伴わなかった。
「いったい何か……?」
エンナは呟く。
ラセルではないはずだ。
昇宙汽械は、彼方にある月を目指す事を追求して作られており、徹底的に無駄を省くことで軽量化を図ってある。自在に空を飛ぶためには翼が必要だが、そもそも垂直上昇で月へ届かせるためには、翼など邪魔者でしかない。
作用と反作用という、基本的な物理法則に従って飛ぶため、翼で揚力を得る必要などない。そして月へ届かせるためにも、軽量化を突き詰める必要があるためだ。
エンナは耳を澄ませ、外の気配を窺う。
が、聞こえてくるのは、轟音のみだ。
音の発生源は、統連上空を三往復ほどしたようだ。音の高低の変化から、統連上空を均等に往復しているわけではないらしい。徐々に統連の中央から場所を移している。
と、部屋の扉に掛けられた閂が外される音がした。
扉が開かれると、そこにはシルバがいた。
「エンナよ。お前に会いたいという者が来ている」
シルバの言葉に、エンナは覚悟を決めた。
「教団……ですか?」
「いや、お前の婚約者のソラだ。姿が変わって、今はクーと名乗っているそうだがな」
「ソラさんがっ!?」
エンナは慌てて部屋を飛び出す。そして塔を降る階段を探した。
「屋上だ。飛行汽で、ここに降りてくるなど、命知らずにも程があるな」
どこか楽しげにシルバは言うと、エンナを案内するように歩き出した。
ようやくエンナは、今のシルバの身体が濡れている事に気が付いた。
恐らくシルバは屋上で、表の騒ぎを見ていたのだ。
「表で何が起こっているのですか?」
「ソラの手の者が、汽械を組み込んだ浮揚船で、教団の浮揚船を引きつけている」
シルバの言葉に、エンナは、ようやく轟音の正体に気がついた。
ソラは、ここ統連に浮揚船を持ち込んでいたのだ。クーとして話していた事を総合すれば、そう考える事ができる。
エンナはシルバに促されるまま、昇降器に乗り込んだ。
昇降器は、音もなく塔の屋上にたどり着く。
屋上への扉は開かれたままだった。
雨も気にせず、騒動を見ていたのだろう。濡れた服を纏った導師たちがいた。そして、その中央に、空飛ぶ椅子……浮揚座に乗った総導師と、緑色の髪をしたクーの姿。いまは黒眼鏡を付けていないので、その瞳が青い事も見て取れた。
「ソラさんっ!」
その姿を見ると同時に、エンナはクーに向かって駆け出した。そして膝を付くとクーを抱きしめる。クーの身体は、雨に打たれたためか、じっとりと湿っていた。
「この身体になってからは、クーって名乗ってるから、そう呼んで欲しいな……」
そう言いながら、クーは海へと視線を向ける。
釣られエンナも視線を向けると、教団の浮揚船と汽械式の浮揚船が宙に浮かんでいた。
巨大な円盤である教団の浮揚船に対し、汽械式浮揚船は雨粒のような形をしていた。
そして炎と蒸気の尾を引きつつ教団の浮揚船の下を潜り抜けると、賢者の塔に一直線に飛んでくる。
「流れ星みたい……あれが、ソラさんが作った浮揚船?」
「言われてみれば、流星に見えるね……。僕だけじゃないよ。僕たちの父親同士が計画を立て材料をそろえ、僕とゲンザでようやく形を与えた。でもまだ完成はしていない」
そう言いながら、クーはエンナから離れた。
浮揚船は、噴き出す蒸気を止めたが、惰性で賢者の塔の上空を通過。即座に機体を反転させると、一瞬だけ炎を吹き出し減速し、それから、ゆっくりと賢者の塔に向かって降下を始めた。
教団の浮揚船は、クーの汽械式浮揚船ほど加速性は無いらしい。諦めたのか、追跡する気もないようで洋上で静止している。
「撃ってくる気ですな」
シルバが総導師に、そっと耳打ちする。その言葉がエンナの耳に届いた。無論クーにも聞こえただろう。クーの身体が、あからさまに緊張したのが伝わってくる。
「撃たせてやればいい。たった一隻の浮揚船では、この賢者の塔は壊せない。むしろ、明確な敵対行動を取ってくれた方が、我ら統連としてもやりやすい」
総導師は、あえて聞こえるように、そう言った。
直後に光と轟音が周囲を満たした。
だが、衝撃はなかった。
残像が焼き付いた視界で周囲を見回すが、賢者の塔は無傷だった。そして塔の影にいたためか、クーの汽械式浮揚船も無事なようだ。
「これが、あの破壊の光か……」
クーが惚けたように呟く。
賢者の塔は、その破壊の光を空へと逸らしたようだ。塔の周辺の街にも被害らしき痕跡は見えなかった。
エンナとて末席と言えど賢者の塔に自室を持つ錬金術師だ。破壊の光については文献で知っている。
汽械術では破壊の光を超える威力を持つ武器を作れない事も、当然知っている。
「破壊の光では動く目標は狙えない。そして賢者の塔を攻撃してしまった手前、我らの反感を買った事も連中は理解したはずだ。もう歯車は回り始めた。あとは好きにしろ」
どこか楽しげにシルバは言った。
「ここまで予定の内ですか?」
クーは悔しげにシルバに問うた。
「まさか。汽械を組み込んだ浮揚船が出てくるなどとは思ってもおらんかった。ラセルと、その一派を生かす事ができれば、それで良い程度の考えでしかなかった……」
恐らくシルバは、この騒ぎが収まった後にラセルと接触を取り、汽械式浮揚船の開発を持ちかける気だったのだろう。が、その前にクーが汽械式浮揚船を飛ばせてみせたのだ。
今後、汽械式浮揚船を作ろうとする者が、ここ統連にも数多く現れるだろう。汽械術師と錬金術師が手を取り合えば、ここ統連でも浮揚船が作れる。クーの浮揚船は、その具体例なのだ。
シルバの言った歯車は、クーが統連で汽械式浮揚船を飛ばした事で動き始め、教団の浮揚船が放った破壊の光で、その動きは加速した。
いや、ここ統連での発端は、ラセルの昇宙汽械の打ち上げ実験からだろう。
「若旦那っ! ご無事で!?」
汽械式浮揚船が、ゆっくりと塔の屋上に近づいてくる。内開きの扉から、健康的に日焼けした一人の少女がクーを呼んでいた。
「僕が加わり三人で制御すれば、あの浮揚船は本来の性能が出せます。一番手の実力、見せてやりますよ」
クーは、シルバと総導師に向かって言うと、自らを迎えに来た浮揚船へと歩き出そうとする。そんなクーの手を、エンナは強く握って引き留めた。
「エンナ?」
クーは、怪訝そうに振り返る。
「ソラさん。わたしも連れて行ってください」
今、ここでクーと別れたら、勝っても負けても二度と会えなくなる。そんな予感がエンナにあったのだ。
困ったような顔で、クーはシルバを振り返った。
「連れて行ってやってくれ。今後の統連の動きは、まだまだ不透明だ」
シルバの言葉に、クーは困ったように笑うとエンナの手を引き、浮揚船へと向かうのだった。
当初の予定では、箒で賢者の塔に乗り込み強奪に近い形でエンナを救出。迎えに来た汽械式浮揚船に乗り込む……といった流れで考えてました。
でもクーの性格上、力業は無理です。そもそも武器は持ってないし作ってもいないという設定でしたし。
かくして、このような形でエンナと、そして他の仲間と合流させました。
結果的に世界設定の説明が不完全ながらできたわけですが、このへん終盤に入るまで無かった設定なので、たぶん齟齬が出てます。
なぜかシルバの名前をラセルと打ち間違える事が頻発してます。
全部直したつもりですが、直し忘れがあるかも……
汽械式浮揚船の名前が決まってないと、どこかで愚痴りましたが、これを話に絡めてみようかと思います。