42
汽械式浮揚船の船名が未だ決まってません。
統連上空で旋回するつもりが、旋回が始まったのは洋上に出てからだった。
「全然、曲がらないっ!」
レイハは苛立たしげに叫んだ。
舵も馬鹿みたいに重くなっている。前に操縦桿を触った時は、ここまで重くはなかった。
「想定の範囲内だ。問題ない」
対照的にゲンザは冷静だ。それがレイハには気に入らない。
空気抵抗で、舵が重くなるのは理解できる。速度が出るほど、その抵抗が大きくなる事もレイハは知っている。
だがクーは、小回りは教団の浮揚船より、この汽械式浮揚船の方が効くと言ったのだ。
加速性能に関しては文句はない。さすがは世界屈指の機械術師が作った蒸気推進器だけのことはある。
「ゲンザさんの設計ミスじゃないですか!?」
「こうなる可能性は、事前に坊に伝えてある。というかレイハにも言ったぞ?」
そんな話は聞いてない。
涼しい顔で言うゲンザに、そう言い返したくなるのをグッと堪える。確かに聞かされた記憶はあるのだ。
その時のソラの言葉は、カーボライト制御で船体の向きを変え、推力に任せて強引に機動せよとの事だった。
カーボライトにより浮いているのだ。地面に向かって突進でもしない限り墜落はない。手探りで最適な機動方法を模索すればいいと、なんともまあ、お気楽な答えだった。
あの当時は、誰もいない海上で汽械式浮揚船の試験飛行を行うつもりだったのだが、直後にソラは毒を盛られ試験は流れ今に至るわけだ。
結果、ぶっつけ本番での全開飛行だ。
深呼吸してレイハは気を落ち着ける。
旋回性能は話にならないが、加速性能では教団の浮揚船を大きく上回る。つまり逃げるだけなら余裕を持って行えるわけだ。
そして先ほどの加速で、教団の浮揚船は、この汽械式浮揚船に追いつけない事を知っただろう。だからこそ、逃げに徹するわけにはいかない。
戦う意志を示さなければ、教団の浮揚船は統連の掌握やクーの確保に向かうだろう。統連が掌握されようが破壊されようが、この際、知った事ではない。だが、クーの身が危険に晒される事だけは絶対に容認できない。
「推力停止。これよりカーボライト制御で船体を反転させます。反転後、合図しますので、即、推進器を再開してください」
カーボライトの制御はゲンザの方が上手い。それはよく知っている。だが、カーボライトの操作盤は、ゲンザのいる機関部から遠い。対し、レイハのいる操縦席の、すぐ後ろで近くなのだ。
だから、レイハが操作した方が、時間のロスは少なくなる。
「カーボライトの制御を複数の場所で行えるように改造する必要があるな……」
呟きながら、ゲンザは推力を停止する。
完全停止前に、レイハは操縦席を飛び出し、カーボライトの操作盤を掴んだ。
カーボライトの制御は苦手だ。飛行汽の舵なら、操縦桿とワイヤーで繋がっているため、微妙な風の動きも操縦桿から感じる事ができる。だが、磁石によるカーボライトの制御は、レイハに言わせれば一方通行なのだ。
クーやゲンザに言わせれば、操作が動きに反映されるので一方通行ではないらしいが、レイハの主観では全く違う。風の流れや空気の揺らぎによる微妙な変化を、操作盤は一切伝えてくれない。
だから、好きにはなれないのだ。
だが、好き嫌いで選り好みできる状況ではない。
操縦席正面にある窓を見ながら、レイハはカーボライトを制御する。真正面に教団の浮揚船を捉えた段階で、操作盤を固定するが、浮揚船は窓の外へと流れていってしまう。
構わない。舵で修正可能な範囲だ。
レイハは、素早くそう判断すると、操縦席へと戻る。
「推力、今度は八割でっ!」
双方の加速性能を考えれば、推力を八割まで落としても余裕は十分ある。それ以前に、今のレイハには、この浮揚船の性能を出し切る事はできない。
飛行汽でも飛行船でもない、全く新しい飛行汽械なのだ。
まずは、少しずつ、この汽械式浮揚船の事を理解していく必要がある。
少しずつ、この汽械の性格を知っていけばいい。
クーやゲンザとだって、そうやって少しずつ理解を深めていったのだ。
この汽械式浮揚船とだって、きっと上手くやっていける。
話を切らず、そのままクーを塔に降ろそうかと思ってましたが、浮揚船サイドで話が書きたくなりました。
一応、教団の浮揚船より小回りが利くっていうクーの考えの理由付けをしてみましたが説得力がないかな……




