表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸気大革命  作者: あさま勲
一日目
4/50

 クーに手を引かれてエンナは歩く。

 クーは、ずっと黙ったまま。エンナも喋らない。もともと、エンナは、お喋りは苦手だ。話しかけられれば、受け答えする事はできる。でも、自分から積極的に話をするのは駄目。同世代の子供と遊んだりしたことが、ほとんど無いためだと理由は自分でもわかる。

 クーは、時折、何か話そうとするのだが、結局、何も話さない。口を開きかけるのだが、何か難しい顔をして口をつぐんでしまう。

「クー君……?」

「え? ああ、ちょっと遠くの店まで行くけど……。うん。汽械馬車を使うね」

 エンナは、クーが何か言いたいことでもあるのかとたずねようとする。が、クーは、そう言うと、馬車を呼ぶため大通りへとエンナを連れて出た。

 通りを走る馬車は、みな汽械馬車だ。汽械術によって造られた、汽馬と呼ばれる、汽関を内蔵した車型の汽械。汽械馬車は、馬の代わりに、その汽馬に牽かせる馬車。

 馬車を呼び止めるため、クーは通りに向かって手を突き出す。……馬車は蒸気の白煙を上げて素通りした。

 ……気まずい沈黙。

 ふたりの隣にゲンザが並び、通りに手を突き出した。別の馬車が止まる。

「どうぞ、乗ってください」

 そう言うゲンザに、クーは恨めしげに見つめると、溜め息をついて馬車に乗り込む。そして、馬車の上からエンナに手を差し出した。

 エンナは、その手を取って……そして、手すりを使い、クーの手に、できる限り体重をかけないように馬車へと乗り込む。

「ゴメン……。手を貸そうと思ったんだけど……」

「うん。でも、気持ちは嬉しかったよ」

 エンナは小柄ではあるが、それでもクーよりは重いはずだ。自分より重い相手を支えるのは、クーには辛いだろう。

 ふたりで汽械馬車に乗り込むとき、ソラは、いつも今のクーのように、馬車の上から手を差し出してくれた。だから、つい反射的に、その手を握ってしまった。

「海辺にある遠海庵まで頼めるかな?」

 クーは、汽械馬車の御者に行き先を告げる。御者は怪訝な顔をして、最後に馬車に乗り込んだゲンザに視線を向けた。

「言われたとおりに」

 ゲンザの言葉で、馬車は走り出した。

「坊……。坊は子供ですから、あんまり大人ぶるのは、やめましょうや」

「わかっては、いるんだけどね……」

 苦笑混じりのゲンザに言われ、クーは不機嫌な口調でこたえる。

 エンナの見たところ、クーは、子供が大人ぶってるような気配はない。エンナ自身、子供のことは、ほとんど知らない。が、能力に見合わない地位や立場に就いた者、そういった者が張る虚勢の類とは、全然違うのだ。

 強いて言うなら、錬金術で共同作業を行うときの自分に近い気がする。

 エンナは、錬金術師としては、最年少と呼べるほど若い部類に入る。そのせいか、エンナを、よく知らない錬金術師からは、実力を低く見られがちだ。おかげで、なかなか重要な技術を要求される仕事を回してはもらえない。

 容れ物のせいで、中身を軽く見られる。そんな感じだ。

 ただ、違っていることは、クーが、そういった扱いをされることに慣れていない点。エンナは、そういった扱いをされることは、もう慣れっこだ。

「クー君。どうかした?」

 なにやら難しい顔をして汽馬を見つめるクー。そのクーに、エンナは声をかけた。

「いや、ずいぶん小さな汽馬なのに、力が強いんだな、って思って……」

「そりゃまあ、統連の汽械術は一番ですから。それに、これは新型の汽馬ですぜ」

 クーの言葉に、汽械馬車の御者は得意気に言う。

 エンナは、クーに視線を向ける。御者は得意気にこたえたが、クーは、別段、汽馬に感心している気配はない。

「うん。統連での汽械術の強みは、錬金術師がたくさんいることだからね。おかげで、錬金術でしか創り出せない素材が、かなり容易に手に入る。反面、それが弱みでもあるんだけど……」

「坊!」

 淡々とした口調で言葉を紡ぐクー。そのクーに、ゲンザが咎めるように声をかけた。クーは、慌てたように口をつぐむ。

「なぜ、それが弱みになるんで?」

 だが、クーの言葉で、御者は気を悪くしたようだ。

「うちの坊が失礼した。申し訳ない」

 手を伸ばして、ゲンザは無理矢理、クーの頭を下げさせる。御者は、何か言いたげだったが、強面のゲンザに睨まれ引き下がる。

「クー君、汽械術わかるの?」

「坊は、先代と若旦那の手ほどきを受けてますから、結構、侮れませんよ」

 エンナの問いに、クーは答えようとする。が、それを阻むようにゲンザは言った。

「ということは、ソラさんの弟子でもあるんだ……」

 ゲンザの言葉に、エンナは感心したように呟く。ソラと、その父は、汽械術、こと飛行汽械に関しての腕は、ここ統連にいる汽械術師たちでさえ、一目置いていた。

 ソラの死後、人手に渡ったらしいが、かなり大規模な工房も持っていた。ソラは生前、自らの技術をひけらかしたりはしなかったものの、かなりの実力を持った汽械術師だったことは窺えた。

「まあ……、一応は」

 クーは、曖昧な返事を返して黙り込んでしまう。

 エンナは、小さく溜め息をつく。クーからソラの話を聞かせてもらいたかったが、クーは、ソラの話をしたくないように見える。なら、無理強いはできない。

 馬車は、いつの間にか統連の町中を抜け、海に面した道を走っていた。エンナは周囲を見回す。食事と言ったので、街にある店かと思ったのだが、どうやら違ったらしい。

 ここ統連には、町中以外にも料亭はある。が、主な目的は食事ではない。エンナも、今やっている高純度水晶の仕事を受ける際、似たような店に呼ばれたのだ。

「クー君……?」

 単なる食事では、まず、こんな店は使われない。疑問に思い、エンナはクーにたずねる。

「ソラの件で、話したいことがあるんだ」

 錬金術師たちは、手の内を知られることを嫌う。自らの技術を売り込む際、または、汽械術師が錬金術師に助力を仰ぐ際、こういった店を使うのだ。この手の店は、防音性に優れた個室に区切られているので、主に、そういった商談のための場として使われる。

「ソラさんの……?」

 ソラの死を伝えに来た際、ゲンザは詳しい話を聞かせてはくれなかった。ソラが毒を盛られたという話も、実はゲンザではなく本家の使いから聞かされたことだった。

 賢者の塔の面会室では、できない話。ソラの死の裏には、たぶん何かあるのだろうとは、エンナも気づいてはいたのだが……。

「さて、もう着くかな。詳しい話は、中でしよう」

 汽械馬車が、静かに速度を落として止まった。

 料亭、遠海庵は、石と漆喰で造られた立派な建物。店の前には、何台もの汽械馬車が停められている。その中に、見慣れない型の馬車が停められていた。

 通常、汽械馬車は汽馬に車を牽かせる物だ。汽馬の形は様々だが、汽馬が牽く車の形は皆、似たような物だ。が、この汽械馬車は、車を牽くための汽馬がいなかった。そもそも、汽馬の類に牽かせるような構造の車ではない。

「王都の新型汽械馬車……」

 ゲンザが驚いたように呟く。

 その呟きを聞き、エンナは、その馬車を、よく見てみる。車体後部に、大きな汽械が組み込まれている。そして、御者席には、汽械の操作桿らしき物が幾つも。錬金術師の所有なのだろう。車体には錬金術の象徴である、自らの尾を食む蛇の紋章。

「車そのものに汽馬を組み込んでる……」

 エンナも呟く。こんな汽械馬車、見たことが無かった。

「場所を変えるっ! 大至急、馬車を出して!」

 突然、クーが慌てた様子で、叫ぶように言った。驚いた皆の視線が、クーに集まる。そして、ゲンザが怒鳴るように御者に指示を出す。

「坊に言われたとおり、早く馬車を出せ!」

「ええっと……どちらまで行きましょう?」

「いいから、速く走らせろ!」

 戸惑ったような御者に、ゲンザが再び怒鳴りつける。その剣幕に気圧されて、御者は慌てたように馬車を動かした。

 遠海庵の扉が開き、中から、ふたり連れの男たちが出てくる。その男たちに、エンナは見覚えがあった。美原見の本家、その使いの者たち。ソラの死後、本家に連れ戻そうと、何度もエンナの元にやってきている。

 ひとりは、エンナの従兄に当たるらしい若い錬金術師。少し前に求婚されたが、エンナは丁重に、お断りした。ヒスイという名前で、気障っぽい男だ。もうひとりは中年の男。ヒスイの付き人で、ギンという名前。四六時中、無表情で、物静かを通り過ぎ、何か不気味な印象。

 ヒスイは、何気ない仕草で、エンナたちの乗った馬車に目を向ける。それに気づきエンナは慌てて、身を隠すように、馬車の座席に深く腰掛けた。

「ゲンザっ! やっぱり、ここにいたのか!」

 恐らく、ゲンザの顔を見たのだろう。後ろから、そんなヒスイの声が聞こえてくる。

 エンナは、そっと身を乗り出して後ろを見てみる。

 ……ヒスイと目が合った。

「エンナさんっ!」

 ヒスイが叫ぶ。そして、停めてあった、新型の汽械馬車に駆け乗った。

「ヒスイったら……こんな所まで、あの汽械馬車を持ってくるなんて……」

 クーは後ろを振り返って呟いた。その口調は、どこか楽しげだ。

「坊、どうします?」

 ゲンザが問う。クーもゲンザも、もう慌てたような気配はない。エンナは自分のせいで状況を悪化させたかと思ったが、そうではないようで、ほっと息をつく。

 エンナが後ろを見ると、ふたりの乗った汽械馬車が、蒸気の白煙を上げて追い上げてくる。まだ距離は離れているが、その距離も詰まりつつある。

「えっと、エンナさんと、あとゲンザも。まず後ろを向いて、あ、ゲンザは屈んでね……」

 クーは、ふたりに言う。エンナとゲンザは、クーに言われるままに、後ろの馬車に向き合った。すると、クーが、さらに指示を出す。

「右手の人差し指をたてて、右目の目元に当てる。で……、いち、にの、さんで、あっかんべ~」

 三人並んで舌を出す。

 追いかけてくる汽械馬車のふたり。御者席に乗っているギンは無表情。その隣に座っているヒスイは、明らかに面食らったような表情。

 エンナは、我に返り、思わず赤面する。

「クー君、いったい何をやらせるのよ!」

 そう言うエンナに、クーは、くすくす笑いながら言葉を返す。

「そういう表情も、かわいいなぁ」

「馬鹿っ!」

 状況が、全く把握できない御者が、堪りかねたように口を開いた。

「ちょっと、お客さん方。追いかけっこなんて、ご免被りますよ!」

「統連の新型汽馬じゃ、王都の新型汽械馬車には、勝てないかぁ……。なら、仕方ないね」

 クーは、どこか楽しげに、挑発するようなことを言う。クーの言葉と同時に、馬車は加速した。

汽関(きかん)の性能なら、たぶん、こっちが上ですが……」

「なら、直線で勝負。牽引型だから曲がりくねった道じゃ分は悪いけど、この道は真っ直ぐの一本道。まず、負けないよ」

 難しい顔で言うゲンザに、クーは答える。クーの言葉通り、その距離は、徐々に広がりつつある。

「ところで旦那がた。何で逃げてるんです!?」

 御者は、馬車を走らせながら、叫ぶようにしてたずねる。

「うん。なんで逃げてるんだろう?」

「向こうも、似たようなことを考えているようですな……」

 クーとゲンザの掛け合い。それを聞き、エンナが後ろを振り返ると、もう汽械馬車は追ってきてはいなかった。

 勝手に馬車を停めたらしいギンに、ヒスイが食ってかかっている様子が見える。

 ほっと息をつくと、エンナのお腹が、かわいらしい音をたてて鳴った。今日は、起きてから、まだ何も口にしていなかった。クーは、思わず赤面したエンナを、小さく笑って一瞥する。

「白の公園まで、お願い。そこで降ろして」

 クーは御者に声をかける。今度は、ゲンザに確認をとらず、御者はクーの言葉に従った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ