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箒を着陸させるのには、いつも神経を使う。
畳まれていた、一本の脚を引っ張り出す。この脚の先端についた車輪で接地し、一輪車のように走って減速。そして最後は両足で踏ん張って止まるのだ。
レイハは大きく深呼吸すると、着陸を決行した。
雨でぬかるんだ道ではあったが、幸い、無事、着陸できた。
「体の、すぐ後ろでプロペラを回すなんて、正気とは思えん設計だな……」
着陸すると、初老の男が呆れたように話しかけてきた。恐らくは、この燃えている工房の主、ラセルだろう。
「元々は、蒸気推進器を載せる予定で設計された飛行汽ですから……。あなたがラセル師ですね?」
レイハの問いに、ラセルは頷いてみせる。
「ということは、ソラの知り合いか」
「若旦那は、来ませんでしたか?」
勢いよく尋ねるレイハに、ラセルは気圧されたように答える。
「少し前に顔を出したな。浮揚船を飛ばすなどといって、とっとと去っていきよったが……。あと、どんな魔法を使って、あんな格好になったんだ?」
半ば、ぼやくような口調のラセル。そんなラセルを無視して、レイハは、島の反対側の港に目を向け叫んだ。
「港へ向かった!?」
だとすれば、自分はクーを見落としたことになる。が、ラセルは少し前、と言った。なら、今から、後を追えば、教団に捕らえられる前に見つけられるかも知れない。
そう考えるが、レイハは躊躇する。
箒は自力では離陸できない。
高所から飛び降りるような方法でなければ、飛び立つことができないのだ。そうでもしなければ、翼が十分な揚力を得られる速度まで機体を持っていくことができない。
そのために、水素を詰めた気嚢に頼ったのだが、その気嚢が、もう一つしかない。今回の離陸に使ってしまえば、もう降り立ったら飛び立てなくなってしまう。
「あの飛行船の紋章……。教団の手の者か?」
ラセルは不機嫌そうに呟くと、周囲の弟子たちに声を掛けた。
「壊されなかった蒸気推進器を集めろ! あの飛行船にぶつけてやれっ!」
その言葉に、ラセルの弟子たちが、あわただしく動き始める。
レイハも飛行船に目を向けた。
確かに錬金術の象徴である、尾を食む蛇の紋章。飛行船としては小さな部類だ。だが、汽械術を軽蔑する教団が、汽械術の産物である飛行船など使うだろうか?
そしてレイハは、飛行船から身を乗り出す小さな人影を見て目を疑った。
「レイハー!」
その姿、その声、それは、紛れもなくクーだった。
「若旦那っ!」
クーを載せた飛行船は、ラセルやレイハたちの前に、静かに降り立った。