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ヒスイの飛行船は、ゆっくりと空へと昇ってゆく。その操縦桿を握るのは、持ち主であるヒスイ本人。
設計者であるクーから見ても、無駄のない見事な離陸だった。
「妙だな。こんな雨の中、飛行汽が飛んでいる……」
ヒスイの呟きに、クーは窓に目を向けた。
「あれ、ウチの箒じゃないか!」
思わずクーは叫ぶ。
だとすれば、乗っているのはレイハしかいない。あんな奇妙な飛行汽を飛ばせる者など、クー自身以外にはレイハしかいない。
「レイハか?!」
ゲンザも叫ぶ。
「ヒスイ! 箒に近づいて」
「やってみるが……期待するなよ! そもそも速度も小回りも、断然、あっちが上だ。それにコイツには、例の紋章が刻んである。教団と勘違いされて逃げられるかも知れんぞ!」
飛行船は、どうやっても飛行汽ほど迅速な機動はできない。
飛行船は大きく弧を描きながら、船体の向きを変えた。
「悪いが、今はこれが精一杯だ!」
「わかってる」
ヒスイの言葉にクーは応える。
今は雨も降っている上、風も強くなってきた。こんな状況で、空を飛ぼうという事、自体が間違っているのだ。
「あれ? レイハは?」
「どうやら降りたようです。ラセル師の工房のようですね……」
ギンの言葉に、クーは窓から身を乗り出して確認する。確かに、燃える工房の近くに、箒が降りていた。
「あそこに降ろして!」
クーの言葉に従い、飛行船は、ゆっくりとラセルの工房へと降りていった。
窓から身を乗り出したまま、クーは大きな声で叫んだ。
「レイハー!」