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蒸気大革命  作者: あさま勲
一日目
3/50

 エンナは、受付に話を通すと、二人が待っているという面会室に向かう。

 最近になって、頻繁に本家の使いがやってくるので、使う機会も増えてしまった。ソラは、ほとんど面会室など使わなかったのにと、エンナは内心、溜め息をついた。

 面会室は、冷たく飾りっ気のない、石と漆喰の壁に囲まれた部屋。天井には、発光石の照明。中央にテーブルが置かれ、それを挟むように六つの椅子が置かれている。

 面会室に入ると、最初に目にはいるのはゲンザ。その容姿、体格共に目立つので、部屋の隅に立っていても、真っ先に目がいってしまう。

「お久しぶりです。エンナお嬢さん」

 エンナの視線に気づき、ゲンザは軽く頭を下げる。

「お久しぶりです。……ゲンザさん」

 小さく笑みを浮かべ、エンナも挨拶を返す。そして、部屋の中央。ちょうどエンナの正面、テーブルを挟んだ向こうの椅子に座っている少年に気づいた。年の頃は十歳ほど。黒眼鏡をかけた少年。

「ひさ……初めまして、エンナさん。小石川ソラの弟、クーといいます。僕も、あなたの婚約者です。どうぞ、よろしく」

 少年……クーは立ち上がり、なぜか一瞬、妙な顔でエンナを見上げたあと、笑顔で挨拶した。そして、自分にかけた黒眼鏡に手を当てつつ言葉を続ける。

「あと、この黒眼鏡だけど……、僕の目は光りに弱いので、外すのは勘弁してください」

 エンナは、一瞬、呆気にとられ、そして助けを求めるようにゲンザを見た。

「どうやら、そういう事になっていたようです」

 ゲンザは溜め息をつくと、重々しく言った。

「急なことで、混乱してるとは思うけど……許嫁の件は、一応、文書になってるんだけど、いい加減なもので、互いの子供たちを結婚させるとしか書いてないもので……僕も、婚約者になるらしいです」

 エンナの反応を、まるで予想していたかのように、クーは説明する。

 そして、一枚の紙を取り出して、エンナに見せる。その紙には、確かに、そういった内容が書かれていた。どうやら、大半を父が書いた物らしい。その筆跡には見覚えがある。そして、互いの父親の署名。

「わたし……ソラさんに、弟がいたなんて聞かされてません」

 呟くように言うと、エンナは脱力したように、ソラの向かいの椅子に腰掛ける。

 エンナは、ソラから一通り、その家族のことを聞かされていた。母は、ソラの幼い頃に他界。だから、兄弟は、いないはず。

「坊は、若旦那の腹違いの弟で……先代の隠し子でしたので、若旦那も、先代が亡くなるまで知らなかったんですよ」

 ゲンザは言う。言いづらそうな口調。

 ソラは、エンナの元へ足を運ぶたび、最近の身の回りの出来事を話してくれた。全く新しい型の飛行汽械の開発、新しくとった弟子の話。内容自体に、ずいぶん偏りはあったが、それが、エンナの数少ない、統連の外の情報だった。

 ソラの父が、飛行汽械の実験中に事故を起こし亡くなったという話も、ソラ本人から聞かされた。その時も、それ以降も、ソラの口から弟の話など出てはこなかった。

 ソラは、隠し事をするような人ではなかったと、エンナは思う。だから、弟がいたという話は、にわかには信じられない。

「兄貴も……隠すつもりは無かったと思う」

 エンナの気持ちに気づいたのか、クーは言う。

 大きく息を付くと、エンナはクーを正面から見据える。

 黒眼鏡のおかげで顔つきはわかりにくいが、ソラと面影はよく似ている。利発そうな顔つき。話しているのを聞いて思ったが、実際、歳不相応に利発な少年だ。

 エンナとソラ、それと同じぐらい、エンナとクーは歳が離れている。そんなクーが、放っておけば無効化しただろう婚約者の話を持ち出してきたということは……。

「本家の差し金ですか? あと、目的は何です?」

 堅い口調でエンナは問う。その問いに、クーは一瞬、驚いたような表情を浮かべ、そして小さく笑った。

「美原見の本家とは無関係です。すべて僕の判断でやってますから。……目的は」

 美原見とは、エンナの姓。いったん言葉を句切って、クーはエンナを見つめる。

「目的は、ソラとの約束を引き継ぐ事です。僕が、エンナさんを外へ連れて行きます」

 黒眼鏡ごしだったが、クーが真剣な表情なのが、エンナにはわかった。

「外……ですか」

 思わずエンナは呟く。

 エンナは、ソラから統連の外の話を、よく聞かされた。だから、自分も外に出たいとソラに言ったのだ。エンナは物心がついて、すぐに統連に連れてこられた。以来、一度も、ここを出たことがなかったから。

 ソラが死んで以来、すっかり忘れていた。自分は、外の世界を見てみたかっんだ。でも、忘れていたということは、本当に外に出たいと思っていたのだろうか。

「約束したよね。君と月へ……って」

 考え込んだエンナに、クーは言った。ソラと、そっくりな口調。ソラによく似た面影。そして、同じ言葉を口にした時のソラと、同じまなざし。黒眼鏡ごしだったが、エンナには、それがわかった。

 そしてクーは、言葉を続ける。

「とりあえず、ゆっくり時間をかけていけばいいよ。ソラも急がなかったし、僕も急ぐ気はない。ゆっくり時間をかけて、本物の婚約者になろう?」

 淡々としたクーの口調。それだけに、クーが一時の感情に流されているわけではない事がわかる。

 エンナは小さく息をついた。

「婚約者……ですか」

「最近、背も、よく伸びてるし、すぐ追いつくよ」

 エンナを見上げるようにしてクーは言った。その言葉に、エンナは思わず吹き出してしまう。いま気がついたが、クーはエンナを見るとき、何度か妙な顔をしている。それは、エンナを見上げるように見るとき。

 エンナの背は、決して高くはない。が、それでもクーより、頭ひとつ近く背は高い。歳の差を考えれば、身長差は当然のこと。だけれど、クーは、それが嫌なのだろう。

 その言葉で、クーに対する緊張も警戒心も解けた。

「ゆっくり……時間を、かけていくんでしょ?」

 こみ上げる笑いを抑えつつ、エンナは言った。

「背のことは別……」

 憮然とした顔のクー。それを見て、エンナは、さらに笑ってしまう。

 クーは、妙に大人びていて、付け入る隙が全く無いように見えてしまったが、存外そうでもない。意外に子供っぽい一面もある。

「うん。がんばってね」

 その子供っぽさが微笑ましく、エンナはクーに、そう言った。

「いや、がんばるけど……そういう事じゃ無くって……」

 しどろもどろに言うクー。エンナは、それを楽しげに見つめる。

 本物の婚約者になれるかどうかはともかく、友達には、きっとなれそう。エンナは、そう思った。

「ゲンザさん。今日の、おふたりの予定、どうなってます?」

 エンナはゲンザに視線を向ける。

「特にないですね。エンナお嬢さんに会いに行く。それ以外の予定は、入れてませんから」

 エンナとクーのやりとりを、楽しげに見つめていたゲンザがこたえる。

「なら、場所を変えましょう。たまには、街を歩いてみたいし。……それに、この部屋、わたしは好きじゃないんだ」

 そう言い、エンナは立ち上がった。クーも、つられて立ち上がる。

「あっ、じゃ、食事でもどうかな? いい店、知ってるんだ。案内するね」

 クーは、慌てたように言うと、ゲンザに合図し、先に立って歩き出す。

「いい店?」

 エンナは思わず問う。クーが、そこまで統連に詳しいとは思えない。

「こんな事もあろうかと思って、事前に色々、調べておいたんだ」

 振り返り、クーは得意気に笑顔を向ける。

「坊は、統連にある店について、色々と資料を見てましたからね」

 ゲンザが、そっとエンナに耳打ちした。

「資料って……?」

「ああ、元は、若旦那が集めた物なんですがね。ここの上等な料亭とかの広告ですわ」

 小声で問い返すと、ゲンザも小声でこたえてくれた。

「ゲンザ。仲良くするのはいいけど、相手が僕の婚約者であることを忘れないように」

 クーは、不機嫌な口調で言う。それを見て、ゲンザもエンナも笑ってしまう。

「忘れちゃ、いませんよ。坊」

「エンナさんは、本気にしてないみたいだけど、僕は本気だよ。婚約者の件」

 そう言い、クーはエンナの手を取ると、その手を引いて歩き出す。そして、小さく溜め息をつくと、小声で言った。

「でも……元気そうで安心した」

 独り言なのだろう。エンナには、聞き取れないような小さな声。でも、エンナには、それが聞き取れた。まるで、昔からエンナを知っているかのような口調。

 エンナは、自分の手を引く、クーの手を見る。ソラの手は、自分の手より、ひとまわり近く大きかったが、クーの手は、ひとまわり小さい。でも、なぜか懐かしく思う。

 ああ、そうか。と、エンナは理解した。

 ソラとしか、エンナは人と手をつないだ記憶がない。幼い頃、ここ統連に連れてこられた当時の、そして、それ以前の記憶は曖昧で、手をつないだ事はあったかもしれないが、全く思い出せない。

 だから、だろうか。クーが手を引いて歩いてくれる事が、エンナには嬉しい。

 相手が子供でも、全く知らなければ不安を感じたかもしれない。でも、ここにはゲンザがいるし、何よりクーは、ソラに、よく似ていた。だから安心。

 エンナは、クーに手を引かれ、部屋の外へと出た。

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