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遠目からでも、それは、はっきりと見えた。
統連の街の中央、賢者の塔。その直上を覆うように、教団の浮揚船が浮かんでいた。
「拙いかな……」
雨に濡れるのにも構わず、クーは馬車から身を乗り出して浮揚船を見上げる。
塔の直上に浮揚船を配置したのは、教団の示威のためだろう。巨大なはずの賢者の塔、それよりさらに大きな円盤が、空を覆っていた。
「どうします? この有様じゃ、到底、塔には入れませんぜ?」
ゲンザの言葉に、クーは黙ったまま応えない。
何とかエンナと接触を取りたいが難しいだろう。ソラやラセルの関係者として、教団に身柄を拘束されているかもしれない。だとすれば、正面から尋ねていくのは無謀極まりない。
もし、教団に捕まったら、今度こそ命はないはずだ。
「いったん船に戻ろう。浮揚船を使える状態にしておかないと」
沈黙のあと、クーは小さな声で言った。
「エンナお嬢さんを、置いて逃げるんですか?」
ゲンザは、クーを横目で見ながら尋ねる。
「加速と低空での機動性は、教会の浮遊船より上のはずだから逃げ切れるよ。ただし、推進剤の水がある限りは……だけど」
クーは、そう言ってゲンザに視線を向ける。
「ゲンザとレイハで、何とか教団の浮遊船を引き付けて。その間に、僕がエンナを連れ出すから」
「どうやってっ!?」
ゲンザは驚いたようにクーに向き直った。その際、馬車の操作を誤り、汽械馬車が左へと逸れる。馬車は藪の中に頭を突っ込んで止まった。
「あいたたた……」
馬車の座席から転げ落ちたクーは、体をさすりながら座り直す。
「すいません坊。……でも、どうやって連れ出すんです?」
「まあ、その辺は、その時、考えるよ」
クーの、あまりにもいい加減な計画に、ゲンザは思わず絶句した。
「そもそも、エンナお嬢さんが、塔の、どこにいるのかもわからないのに……。何より、教団の浮遊船に、お嬢さんが捕らえられていた場合、一体どうするんですかっ!?」
「幸い、その可能性は少ないと思われます」
二人の会話に、唐突に割ってはいる声。そして、ずぶ濡れになったギンとヒスイが幌の隙間から馬車に入り込んできた。
「二人とも……一体どこから?」
「予想以上に早く教団が動きましたので、クー様と接触を取るべく、復路で待機しておりました」
驚いたようなゲンザの呟きに、ギンが、さらりと答えた。
「こっちに突っ込まれたときは、殺されるかと思ったぞ……」
ヒスイのぼやきに、ゲンザが恐縮したように身を縮める。
「接触って、僕らを教団に引き渡すためかな?」
クーは、半ば楽しげにギンに尋ねる。
「ソラ様。ご存命であったなら、本家に一報、入れるべきでしたな。そうすれば、こちらとしても、より効果的な支援が行えたのですが……」
「僕が殺されたあたりから、本家からの連絡員だったフーさん、来なくなっちゃったし……」
ギンの言葉に、クーは不貞腐されたような口調で答える。
「まあ、こちらにも不手際はあったことは認めますが……。本家の意向は、ソラ様の弟子二名が、ソラ様の遺志を継ぐのであれば支援せよ。そんなところです」
「そのわりに、あまり、お二方からの接触はありませんでしたが……」
ゲンザが口を挟むが、それにヒスイが答える。
「弟子の支援よりも、統連の汽械術師たちとの繋がりを持つことを優先したんだ。優秀な汽械術師と連携が取れなければ、美原見の家も、いずれは立ちゆかなってしまう」
何よりも、弟子であるゲンザとレイハの行動の目的が、全く読めない。これでは支援のしようもない。
「で、ソラよ。その格好は何だ? お前の葬式にも出たのに、何故、何も教えてくれなかった?」
「毒で使えなくなった部分を切り捨てて、使える部分だけで体を再構成した……みたいなんだけど、汽械術師の僕には、詳しいことは、さっぱり」
お手上げ、とばかり両手を挙げて、クーは言葉を続ける。
「で、何も教えなかったのは、教団の目があったからかな。ウチの工房の作業員にまで教団の手が入ってた気配もあったし、下手に接触を取ると、ヒスイにも累が及ぶと思ったんだ」
「累が及ぶか……。それを考えなかったとは言わないが、本音は、そこから自分が生きていることが教団に知られるのを恐れたんだろう?」
しかめっ面で言うヒスイに、クーは笑って切り返す。
「教団に生きていることを知られるのを恐れた……これは、考えなくも無かったけど、やっぱりヒスイに累が及ぶのが嫌だったんだよ」
ヒスイは大きく溜め息をついた。
「ソラよ。お前、その格好に引っ張られて、ガキっぽくなってないか?」
その言葉に、クーは露骨に顔をしかめた。
「積もる話もあるでしょうが、まずは、これからの行動を考えなくては」
ギンの言葉に、クーは大きく息をついた。
「とりあえずは、船に戻ろう。その上で、互いの情報を付き合わせて、作戦を練ろう?」
「作戦?」
クーの言葉に、ヒスイは思わず問い返す。
「そう、エンナを助け出すための作戦」
ヒスイの問いに、クーは迷いのない笑顔を向ける。
そして馬車は、走り出した。