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蒸気大革命  作者: あさま勲
三日目
26/50

26

 工房が燃えている。ラセルの工房だ。

 ここまで強引な手段をとるとは、クーとしても考えていなかった。

「坊……」

 茂みの中に汽械馬車を停めた。そして、そこから様子を伺う。幸い、汽械の出す蒸気の煙は、上手い具合に火事の煙に混じり合っている。とりあえずは、見つかることはない。

「人は、いないみたい。いや、ラセル先生がいる」

 クーは、溜め息をついて呟いた。そして、放心したように言葉を続ける。

「いくら教団でも、統連で、これは拙いんじゃないかな……」

 統連には、教団を離叛した錬金術師が数多くいる。そういった関係からも、統連には教団の力も及びにくいと思っていたのだが。

 あるいは、教団は、クーが思っている以上に、追い込まれているのかも知れない。

 雨の中、炎が立ち上る。炎が発する光は、太陽の光にも似た強烈な光。高純度の水素結晶が燃える炎。熱に耐えられず、煉瓦の壁が融けて変形していく。雨などでは、消えることのない炎。

 その炎を、ラセルが、呆然としたように見つめている。その周りには、ラセルの弟子たちと教団の者らしい数人の男たち。

「引き上げていくようですな」

 ゲンザは言う。見ると、男たちは、どこかへ引き上げていく。そして、ラセルと、その弟子たちが、取り残された。

「ここで待ってて」

 そう言うと、クーは、濡れるのも構わず馬車を降りる。そして、ラセルの元へ向かう。

「お久しぶりです。ラセル先生」

 クーは、ラセルに声をかけるが、ラセルはクーを一瞥しただけ。何もこたえない。

「ひとつ、確認したいことがあるんです」

 クーは、ラセルを見ながら言葉を続ける。

「あの汽械じゃ、どうやっても大気の上まで手が届きません。僕の研究は、そこで行き詰まってしまいました。ラセル先生は、解決策を見つけられたんですか?」

 驚いたように、ラセルはクーを見る。

「お前……ソラか?」

「はい。死に損ないました」

 クーは、笑って黒眼鏡を外す。その瞳の色は澄んだ青色。雨で染め粉が流れ、顔が斑にそまり、淡い緑色の地毛が一部、顔を覗かせている。

「解決策は、複数束ねて飛ばす事だ。昇宙汽を束ねて飛ばし、推進剤である水が無くなった物から順次切り捨て軽量化を図る。コストは膨大だが、決して不可能ではないぞ」

 クーは苦笑を浮かべて頷く。

「ええ、僕には思いもつきませんでしたけど……」

 ただし、コストの面からも、およそ現実的ではない。やるならば、統連全体が一丸となる必要性が出てくるだろう。しかし、統連は一枚岩ではないのだ。

「連中は、いったい何と言ってました?」

 クーは、男たちが去っていった方向を見ながらたずねる。

「月は、錬金術師の聖域だそうだ……」

「僕も、似たようなことは言われましたが……。連中の言わんとすることは、教団の聖域ってことだと思うんですけどね」

 小さく息をついて、クーは言葉を続ける。

「で、ラセル先生。どうします?」

「どうするとは……?」

 クーの言葉に、ラセルは問い返す。

「泣き寝入りですか? なら、僕は、先に進んじゃいますよ?」

 クーは、くすくすと笑う。

「こんな有様で、何が出来ると言うのだ!」

「こんな荒技が、何度も使えると思いますか? 教団は、かなり切羽詰まってるんじゃ無いですか? とりあえず、横っ面を、一発ひっぱたいてやりますよ」

 ラセルの言葉に、クーは楽しげに言う。クーの髪の染め粉は、雨であらかた流れた。クーの髪は、本来の淡い緑色。

「何を考えている?」

「浮揚船を、連中の目の前で飛ばしてやります。もっとも、劣化版というべき、粗悪な模造品ですけどね」

 クーの言葉に、ラセルは目を見張る。

「カーボライト?」

「ええ、持ってます。これのおかげで殺されたのかと思ったんですが……そうじゃなかったんですね。蒸気推進汽械を、これほど教団が恐れてるなんて思ってもいませんでした」

 クーは小さく笑い、ラセルにたずねる。

「昨日の実験、どの程度の反響がありました?」

「まだ、わからん。わかる前に、この有様だ。何より、どう考えても教団の対応が早すぎる。まるで見張っていたかのような迅速さだったぞ?」

 ラセルの回答に、クーは苦笑する。

「僕らが、教団の目を統連に向けさせてしまったのかも、しれませんね……」

 恐らくは、そうなのだろう。

 上手く姿を隠せたとは思ったが、錬金術師や汽械術師が研究を続けられる場所など限られている。

 統連の監視を続ければ、いずれ尻尾を見せると思っていたのだろう。

 だが、その前にラセルが、ソラが造った以上に巨大な蒸気推進汽械の実験を行い教団を慌てさせた。

 小さく溜め息をつき、クーは言葉を続けた。

「まあ、やるだけやってみましょう。では、僕は、先に行かせてもらいます」

 馬車に戻ろうとするクー。そのクーに、ラセルは声をかける。

「ソラよ。新技術の一番手は、後ろに続く二番手以降に追い抜かれる運命にある。忘れるな!」

 ラセルの言葉に、クーは吹き出した。この人なら、きっと大丈夫だ。

「がんばってください」

 クーは、歩きながら振り返らずに手を振った。

 空を見上げると、教団の浮揚船が、統連の街に向かって、ゆっくりと動き出した所だった。

 馬車に乗ると、ゲンザがタオルを投げてよこす。

「ラセル師は?」

「ああ、大丈夫。僕の師匠だからね」

 ゲンザの問いに、クーは体を拭きながら答える。そして、言葉を続けた。

「さて、エンナのところへ行こう。もう、形振(なりふ)り構うのは()め。たぶん、教団が、なにかやってるだろうけど、手を考えるよ」

 色々、吹っ切れたような、楽しげなクーの口調。

 ゲンザが大きく溜め息をつく。そして、笑い出した。

「まあ、坊には、小細工は似合いませんからね」

 楽しげに、そういうと、ゲンザは馬車を動かした。

 髪の色が落ちてしまったが、もう気にしない。瞳の色を隠す黒眼鏡も、もう使わない。

 失敗したら逃げればいい。いつまでも浮揚船を隠し持てるとは思えない。だからこそ、見つけられる前に使ってやる。タイミングとしては、最良とは言えなくても、決して悪くはないのだ。

水素が燃える色は何色なんでしょうか?

アポロ計画のサターンロケットの打ち上げ映像なんかを参考にいましたが、ガスやアルコールの燃える青い炎とは全然違いますね。

アレって発生した水が高温でプラズマ化しているからなんでしょうか?

結構、憶測で適当に書いてますので、この辺のツッコミは歓迎します。

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