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雨に濡れながら、ゲンザが汽械馬車の給水槽に水を入れている。
「坊ちゃん。今度の染め粉も水で流れてしまいますから、気を付けてくださいね」
その様子を船の甲板の上で見ているクーに、レイハは言う。
「うん。わかってる」
上の空の、クーの返事。
レイハは、溜め息をついて空を見上げる。雨は、当面止みそうにない。
「とりあえず……、ラセル先生に事情を話して、浮揚船を預かってもらおうかと思うんだけど……」
「どうやって、船から降ろすんです?」
この船に浮揚船を納めた際、甲板、そして甲板上の物を、すべて取り払って浮揚船を納めたのだ。人に知られないよう、作業に関わったのは、ソラ、そしてゲンザとレイハの三人だけ。すべて終えるのに、一週間もかかった。
「船は捨てる。壊して浮揚船を飛ばす。ラセル先生の工房は島の裏手。夜なら、人目に付かずに浮揚船をしまえると思う」
クーの言葉に、レイハは大きく溜め息をつく。
「船を……捨てるんですか」
古い船で、不都合も多いが、レイハは、それなりに、この船を気に入っていた。
「教団が、ゲンザとレイハの行方を捜してるって。船を押さえられたら言い訳できない。だから、浮揚船を安全な場所に隠さないと」
「教団が?」
クーの言葉に、レイハは思わず問い返す。
そんな話は、まだ聞いていない。
それに、レイハは、教団が、そこまでするとは思っていなかった。
王都にいた頃は、工房に直接、文句を言いに来ることは、ほとんど無かった。ただ取引相手の錬金術師たちに圧力をかけて、燃料用の水晶や汽関部の重要な部品、罐を造るためのミスリルを流さないようにしただけだった。
でもソラは、どこからともなくミスリルや水晶を手に入れてきていた。
「認識を改めたつもりだったけど、まだ教団を甘く見てたみたい。ウチの工房を買い取ったのも、教団傘下だったみたいだし」
それも初耳だった。もし本当ならば、ずいぶん教団を甘く見ていた。ソラが、こうなってからは、認識を改めたつもりだったが、確かにクーの言うとおりだ。
「さすがに、ここまでは踏み込んで来ないと思うし、安心できるよ。預けたら、しばらく身を隠そうかと思う。だから……」
クーは言葉を続けようとする。が、レイハはくすりと笑って、その言葉を遮った。
「わたしも追われてるんですね。大丈夫。身を隠すなら、任せてください。元は、スラム育ちですから、そういうのは得意ですよ。今までどおり、面倒見ますから」
レイハの言葉に、クーは何か言おうとした。でも言葉は出てこないようだ。そして、クーは大きな溜め息をついた。
「ゴメン……」
「いえ、楽しんでますから」
クーやゲンザが、上手く身を隠せるとは思えない。とりあえず、それはクーも自覚してくれたようだ。どうも、どこかで自分と別れるつもりだったように思えるが、そうは、させてやるものか。それに追われてるのは、皆、同じなのだ。
「さて、給水槽に水を入れ終わりましたし、着替えてきますわ。そしたら、出かけましょう」
ぎしぎしと縄梯子を上がってきたゲンザが、クーに言う。そして、ふたりの様子を怪訝そうに一瞥すると、船の中へと入っていった。
「じゃ、留守番、任せるね」
「はい。任せてください!」
クーお言葉に、レイハは笑顔で返事を返す。
大丈夫。まだ負けてない。逆転も狙える。きっと上手くいく。そうレイハは、自分に言い聞かせる。
それは、浮揚船を飛ばし月へ行く事じゃない。レイハにとって、それよりも、もっともっと大事なことなのだ。
2/28 視点のブレと体言止めの多用を少々、修正しました。