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蒸気大革命  作者: あさま勲
一日目
2/50

 明け方に帰ってきたのに、もう目が覚めてしまう。

 まだ、朝で通る時間帯だ。今日は丸一日休み。高純度水晶……水素結晶の精錬のノルマも終わっているので、昼過ぎまで寝ていても誰にも咎められることはない。

 エンナは、再び眠ろうと思い目を閉じる。が、眠れそうな気配はない。徒弟時代の習慣のせいだ。徒弟なら、どんなに眠くとも朝には起きて、様々な準備作業に取りかからなければならない。一人前の錬金術師と認められた今でも、当時の習慣が抜けきらない。

 溜め息をついて、エンナはベッドから身を起こす。長い黒髪をかき上げつつ、室内を見回す。二十歳前の、まだ少女の面影を残した整った容姿。その眠そうな瞳が室内を彷徨う。

 賢者の塔。その一角にある飾りっ気のない、石壁がむき出しの部屋。ベッドに簡素な机。そして発光石のランプと、必要最低限の家具しかおかれていない部屋。ただ、唯一、目を引く物は、天井から吊られた模型飛行汽。

 エンナの婚約者だったソラがくれた物。ソラは、ここ統連出身の、飛行汽械を得意とする汽械術師だった。歳が一回り以上も離れた……でも、歳に見合わず夢見がちな人だった。

 好きだと意識したことは無かったが、嫌いでもなかった。たびたび王都からエンナの元へ足を運び、空のことや、その遙か上、星の海について熱心に語ってくれた。話自体も興味深い物であったけど、エンナは、話の内容より、それを自分に語ってくれるソラを見ることが好きだった。

 たぶん自分は、ソラが好きだったんだろうと、エンナは今になって思う。

 半年も前にソラは死んでいる。病死でも事故死でもない。毒を盛られて殺されたらしい。

「君と月へ……か」

 模型飛行汽を見つめ、エンナは寂しげにつぶやき、そして小声で付け足す。

「嘘つき」

 小さく溜め息をついて、エンナは立ち上がる。

 部屋に置かれた水差で洗面器に水を張り、手早く顔を洗って着替える。身につけるのは、普段着代わりの錬金術師の略装。シャツの上に、飾りっ気のない真っ黒な貫頭衣を被るだけ。

 鏡の前で、簡単に髪を整えて眼鏡をかける。眼鏡に填められてるのは透明な板ガラス。伊達眼鏡は、自分を錬金術師らしく見せるための小道具、その一つにすぎない。

 鏡に映る自分の姿を見て、エンナは大きく溜め息をついた。

 全く飾りっ気のない格好。ソラが生きていた頃は、いろいろと格好には気を遣ったが、今は全く気を遣わなくなった。

 気を遣わなくなってしまった自分が、少し悲しい。

「わたしは……これから、どうなるんだろう? どうすれば良いんだろう?」

 エンナは、鏡に映った自分に問いかける。が、当然、返事はない。

 ソラが生きていた頃は、疑問など持たずに済んだ。婚約者のソラと結婚して、ここ、統連を出る。

 ソラはよく言っていた。自分の作る汽械に、錬金術の技を組み込みたい。エンナには、その手伝いをして欲しいと。エンナも、そうなることに何の疑問も持っていなかった。

 家の複雑な事情により、エンナは五歳の時、ここ統連へと連れてこられた。

 錬金術師だった父のコネがあったからだ。錬金術を学んだのも、ただ単に錬金術師に預けられた、その結果だ。錬金術は嫌いじゃないが、自分の学んだ技術で何かしようという、そんな目的があったわけじゃない。

 そんなエンナに目的をくれたのがソラだった。しかし、そのソラも、もういない。

 大きく溜め息をつき、エンナは気持ちを切り替える。悩んでいたからといって、どうにかなる物でもない。

 エンナは部屋を出た。とりあえず食事でも、と、塔の廊下を歩いていると、向かいを歩いてきた徒弟の少女に呼び止められた。

「あの……エンナ師。ご面会したいという方がいらしてますが」

「面会……ですか?」

 思わずエンナは問い返す。面会に来る者は、ほとんど外から訪れてくる者たち。そして、そういった者たちは、たいてい面会前に事前に連絡をよこす。が、そんな連絡はエンナは聞かされていない。

「ええ、エンナ師は、お疲れでお休みになってます。そう、お伝えしたんですが……起きるまで待つと言って……」

「本家の者ですか?」

 エンナは固い声で問う。自分が統連にいるのも、父と美原見の本家との確執が原因だった。父が死に、そしてソラも死んで以来、本家はエンナを呼び戻そうと度々、使いを寄こしてくるようになった。が、本家に良い印象を持たないエンナは、本家に戻る気はない。

「いえ、美原見の方では無いと思います。あの、大きな怖い顔の男の人が一緒にいましたから……。十歳ぐらいの男の子で、その子が、エンナ師の婚約者と名乗ってるんですけど……」

 大きな怖い男の人……ゲンザさんだ。

 エンナは、そう直感した。ソラが統連にやって来るときは、いつも、お供としてついてきていた。強面の外見とは裏腹に気の優しい大男だ。エンナとも何度か面識はある。ただ、婚約者の方には心当たりがない。婚約者だったソラは死んでいる。そして、その死を伝えに来たのがゲンザだった。

「婚約者ですか?」

 大きく深呼吸してからエンナは尋ねる。

「ええ、男の子が、自分でそう名乗りましたから」

 エンナの言葉に徒弟の少女はこたえ、そして問いかける。

「どうないます? お引き取りするよう伝えましょうか?」

「いえ、一度、会ってみます」

 エンナはこたえる。男の子には心当たりが無い。でも、ゲンザは外の人間では、数少ない信用できる人間だ。ゲンザが一緒にいるなら、妙な裏は無いだろう。

「正規の面会資格を持った方ですので、いったん受付に話を通してください」

「わかりました。ありがとう」

 エンナは礼を言って歩き出す。どうせ今日は暇なのだ。暇を持て余すより、何かしていた方が気は紛れる。

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