16
港を抜けて、統連の街へと出た。
傘を差すレイハの右手、その手にクーが指を絡ませる。クーが濡れないよう、気を使って傘を動かすレイハ。それに気づいたクーが、その必要がないよう、レイハに体を近づけたのだ。
最初、クーに指を絡められたときは驚いたが、クーは、そんなレイハを、まったく意識している気配はない。内心、どぎまぎしてしまったことが馬鹿らしくなり、レイハは溜め息をつく。
「坊ちゃん。お店って、どの辺りにあるんです?」
「確か、そういった関係の店は、こっちの方だったような……」
クーの頼りない返事。
雨のためか、町中は人通りが少なかった。そんな中、ふたりは、雨に濡れないよう身を寄せて歩く。
「賢者の都なんて呼ばれてますけど……普通の街なんですね」
町並みを見回しつつ、レイハは呟く。
「この辺は、商店街だからね。賢者の塔の周辺は、錬金術師の共用工房なんかも結構あるし、島の裏手には、汽械術師の工房も、結構な数があるよ。その辺りを見てみると、王都より、ずっとすごいから」
クーの言葉に、レイハは、まだ、ここの汽械術の工房を見ていないことに気づく。
「あの、あした、あの汽械馬車を改造するために、工房を借りるんですよね? その時は、わたしも……」
「ゴメン。工房を借りるとき、ゲンザがいないと困るんだ」
クーは言う。
確かに、その通りではある。ゲンザはソラのお供として、何度も統連に足を運んでいる。そして、多くの汽械術師とも面識があるはずだ。ソラは、統連で修行は積んだものの、その姿が変わってしまった。だから、もう、そのコネは使えない。頼れるのは、ゲンザのコネだけだ。
「そうですね……」
感情を込めないよう意識したつもりだったが、結果、力のない返事になってしまう。
クーがレイハの手を引き道を曲がる。そして、ある店の前で足を止めた。
「この店なら、染め粉も扱ってると思うけど……。この手の店は僕には、ちょっとね。あと、レイハが使うって事にしてくれないかな?」
店は、化粧品の専門店。無論、女性向けの店だ。
「わたしも、この手の店は、苦手なんですけど……」
レイハは、化粧品など、滅多に買いに行かないし、ほとんど持ってない。
「じゃ、手早く終わらせよ」
そういいつつ、クーは店の扉を開く。
「いらっしゃいませ」
扉が開くと、中から化粧品や香水の混じり合った匂い。そして、店内からは、店員の挨拶の声。
クーは、半ば店内に入り、扉を支えつつレイハを振り返る。慌てたようにレイハは傘を畳むと、店内へと入った。
クーは、懐から財布を取り出すと、こっそりとレイハに手渡す。財布に大金を入れる習慣の無いレイハは、クーの財布の重さに驚いた。
「坊ちゃ……」
クーに声をかけようとするレイハ。そのレイハに、クーは、自分の口に、立てた人差し指を当てる。坊ちゃんとは呼ぶな。そういうことだろう。
「何を、お探しですか?」
雨のためか、店内には他に客はいない。暇を持て余していたらしい店員がふたり、レイハの元へとやってくる。
「染め粉が欲しいんですが……。髪を染める染め粉です」
店員たちの恭しい態度に、半ば気圧されつつもレイハはこたえる。汽械の部品の買い付けや市場での買い物とは、あまりにも勝手が違う。そもそも、レイハが化粧品を買う店は、こんな高級な店ではない。
「髪が、少々、痛んでますね」
「きれいな、お肌をしてますね。よい化粧水があるのですが……」
店員のひとりが、レイハの髪に触れる。そして口々に言った。
レイハは助けを求めるようにクーに視線を向ける。クーは、店員から貰った飴をなめつつ、レイハを見ながら、クスクスと笑っている。
「いいんじゃない、試してみたら?」
クーの無責任な言葉。
レイハは、そのまま店員たちに、店の奥へと連れて行かれた。