14
馬車で向かった先は遠海庵。昨日の目的地だったものの、結局、来れらなかった店だ。
店内の個室へと案内される。石と漆喰に囲まれた部屋。この造りならば、音は外に、ほとんど漏れないはずだ。
「さて、ソラ様の死因ですが……わたしが、話しても構いませんかな?」
ギンが、そう話を切りだし、クーとゲンザに視線を向ける。
ゲンザは、クーに視線を向ける。クーは、ただ黙って頷いた。
「ソラ様は、毒を盛られて殺されたわけですが……使われた毒は、錬金術で作られた物としか、わかってません」
小さく息をつき、ヒスイは言葉を続ける。
「誰が……までは、わかってませんが、教団の差し金であると見て、まず間違いないでしょう」
そう言うと、ギンは、クーに視線を向ける。クーに説明しろと、そう言っているかのように。
「ゲンザ」
クーは、視線を動かさずゲンザに声をかける。
「若旦那は、月へ行ける汽械の研究をしてました。……正確には、先代からの研究を引き継いだ、そう言うべきでしょうか」
その話は、エンナも聞かされている。
ゲンザは言葉を続けた。
「現在、月まで行くためには、教団の浮揚船を使うしかありません。それに代わる乗り物を造ろうとしていたわけです。それを快く思わなかったのでしょう。警告を受けた段階で、一応、手は引いて見せたんですが……」
「裏で隠れてやってたとこを見抜かれた。一体、どこで一服盛られたのやら」
自嘲気味に、クーが言葉を引き継いだ。
「カーボライトなんか、ソラさんは、一体どこで手に入れたんですか?」
エンナの言葉に、皆の視線が集まる。
「カーボライト?」
それまで黙って話を聞いていたヒスイが、怪訝そうにたずねる。カーボライトの存在は、錬金術師たちですら、知らない者も多い。
「浮揚船の核。そこに使われてる金属」
クーが端的に説明する。今のクーは、テーブルに両肘を付き、指を組んだまま。その状態で、微動だにしない。そのクーの言葉を、ギンが補足する。
「その精錬は、錬金術における禁忌のひとつですな。教団の息のかかった組織が、ソラ様の工房を買い取り調べたそうですが、それらしい物は、見つかってないようです。少量の粗製水晶や、ミスリルの罐の類は、色々と見つかったようですが」
どれも、禁忌に触れる物ではない。だとすれば、ソラは……。
ヒスイの言葉を聞いたクーが、何故か顔をしかめる。そして、大きく溜め息をついた。
「そして、今、教団は、その後、姿を眩ました、ふたりの弟子の行方を追っているわけですが……」
エンナの思考を断ち切るようにギンは言う。そして、ゲンザを見て、クーへと視線を向ける。
「クーお坊っちゃん。あなたは一体、何者です? ふたりの弟子はゲンザさんとレイハさん。あなたでは、ありません。そして、ソラ様には、やはり弟がいたとは思いにくいのですが」
ヒスイの言葉を受けても、クーは動じたような様子はない。しかし、ゲンザの顔は、引きつっていた。
「うん、余所に預けられてたからね。だから、宣言しない限り、弟がいたなんて、わからないと思うよ」
「そうかも知れませんね。あと、もう一つ疑問が。クーお坊っちゃんは、汽械術に随分、詳しいようですが……。あなたのような方がいれば、自ずと噂になると思うのですが、わたしは寡聞にして、そのような噂は耳にしてません」
ギンの言葉に、クーは、にっこり笑う。
「だから、寡聞なんでしょ?」
「お恥ずかしい限りです」
クーの嫌味に、ギンは、動じた気配もなく頭を下げる。
ギンに対するクーの対応。それは、どう見ても、子供の物ではなかった。不仲な高位の錬金術師。彼らが笑顔で交わしあう、嫌味の応報にも似ている。
「話を戻すが……。ソラは、何故、殺された?」
ヒスイが、たずねる。エンナも、それが知りたい。まだ、ソラが何故、殺されたか、その詳しい理由は話されてはいない。
「この話については、ギンさんの方が、詳しそうだしよろしく」
クーに水を向けられたギンが、一礼して話し始める。
「環の教団。ここの権威は、浮揚船の維持運用によって守られてます。以前は、多くの錬金術師を擁し、高い錬金術の技を誇りましたが、ここ統連の台頭などで、その権威も揺らぎつつあります。教団の、最後の砦とも言えるのが、浮揚船、その運用による、月との交易の独占にあるわけですが……」
ギンは、そこで言葉を止める。
事情はわかった。浮揚船を維持運用できるのは教団のみ。つまり、月との交易は、浮揚船を運用できる教団に限定される。しかし、浮揚船に取って代わる物が出てこれば、その権威も揺らぐ。
ここ統連の台頭により、傘下にいた錬金術師たちが奪われ教団の規模は小さくなりつつある。特に、汽械術という新しい技術体系ができて以来、その流れに拍車がかかった。統連は汽械術をも受け入れることで、その規模を拡大したが、教団は排斥し、その規模は縮小の一途を辿っている。
だが、まだ、教団には、統連にすら圧力をかけられるほどの力はある。しかし、浮揚船が教団のみの物では無くなれば、その立場は逆転しかねない。
「だから、ソラさんが……?」
エンナは問う。問うまでもない質問。だから、誰もこたえない。
「クーお坊っちゃん。少し、血を調べさせてもらえますかな?」
唐突なギンの言葉に、皆の視線が集まる。
「先も申しましたように、わたしはソラ様に弟がいたとは、思いにくいのです」
そう言いつつ、ギンは小さな鞄から、端が青く染まった短冊、そして透明な液体の入った試験管を取り出した。
「生前、ソラ様が統連滞在中に、エンナお嬢様の実験に付き合い、血を調べたことがあるそうです。その結果を色にすると、この短冊の色。ソラ様の血縁者なら、試験管の薬品に血を垂らせば、似た色に染まるはずです。そして、まったく違った色に染まれば、血縁ではありません」
ずいぶん昔に、そんなことを、やった覚えがある。自分の血を採るのが怖くて、ちょうど居合わせたソラに、血をもらったのだ。
ヒスイは、小さなナイフを取り出しつつ、試験管の栓を抜いた。クーが警戒したように、後ずさる。
「なぁに、痛くはありませんし、すぐに終わりますよ。これで、わたしがクーお坊ちゃんを疑わずにすむわけですし……」
普段、無表情なギンに、僅かに楽しげな笑顔が浮かぶ。声の響きも、心なしか踊っていた。
「確かに、調べておく必要があるな」
ヒスイも同意する。血縁者で無ければ、エンナとの婚約も無効だ。
「痛いの苦手なんだけど……」
クーは、ぶんぶんと首を振りつつ、じりじりと後退する。血を採られることよりも、ギンの様子に怯えているような気配。
「ウチの坊を、あまり、いじめないでくれますか」
見かねたように、ゲンザが口を挟む。
エンナは、溜め息をついた。しばらく、クーの様子を見ていたい欲求に駆られたが、やっぱり気の毒だと思う気持ちが勝った。
「ギンさん……。そんなふうにするから、クー君が怯えてますよ。わたしが代わります」
「はあ……」
ギンは、不満そうな返事をして、ナイフと試験管をエンナに手渡す。
クーに視線を向けると、やっぱりクーの顔は引きつっていた。
失礼な。……と、エンナは思う。
ソラの血を採ったの一回。手を浅く傷つけるつもりが勢い余って、ざっくりとナイフを突き立ててしまった。文字通り泣いて謝るエンナに、ソラは気にすることはないと笑って許してくれた。しかし、それ以来、ソラは一度も血を採らせてはくれなかった。
とは言え、失敗したのは、それ一回。それ以外は、失敗したことはないのだ。
クーとエンナの目が合う。不満はありそうだが、クーは観念したようだった。そっと腕をまくり、顔を背けつつ、腕をエンナに差し出す。
「あの……ギンさん? 僕の顔見て、楽しいです?」
「はい」
クーと問いに、きっぱりとしたギンの返事。
それを聞いて、エンナはギンの顔を見る。ギンは、相変わらずの無表情。だが、言われてみれば、楽しそうな気配はある。そしてクー。怯えたように顔を背けつつも、エンナと自分の手元に視線を向けている。
何故か楽しい。
「あの……エンナさん? ちゃんと手元、見て」
クーの、か細い声に、エンナは我に返った。危うく、クーの手を、ざっくりとやってしまうところだった。
クーの手を見る。白く細く、年相応に小さな腕。二の腕の内側に、何かが刺さったような古い傷跡。昔、ソラの血を採った際に、間違って深くナイフを突き立ててしまった、そこと同じ場所。
「クー君。この傷は?」
「昔、ちょっと……」
エンナの問いに、クーは曖昧な返事をする。
「気を付けないと……」
「僕も、そう思う」
特に気にせず口にしたエンナの言葉。それに、クーは、そう返した。
クーの腕に、極めて浅くナイフを走らせる。薄皮一枚、切るか切らないか、その程度の浅い傷。そこから滲み出す血で、十分、結果は出せる。
緊張が抜けたのか、クーの腕から力が抜ける。血の滴が一滴、試験管の中に落ちた。
エンナは少し意外に思う。血を採り終わるまで、緊張は抜けないと思っていたのだ。
手を放すと、クーは傷口を、ぺろりとなめる。もう血は出ない、その程度の浅い傷だ。
「なるほど……」
ギンが呟く。
エンナも試験管を見た。中の薬品は、短冊に付けられた色と同じ色に染まった。兄弟ならば、似たような色になる場合が多いが、ここまで同じ色に染まる事は、はっきりいって珍しい。
「血縁者……か」
ヒスイも悔しげに言う。
「兄弟でも、ここまで似た色になるのは珍しいわね……」
エンナも呟く。
クーは、服の袖を、戻しながら、恐る恐ると言ったふうにたずねる。
「これで……満足かな?」
「まあ、良しとしましょう。さて、もう、上がるとしましょうか」
何か含むような物言いでギンは言い、そして立ち上がった。エンナもヒスイも、つられたように立ち上がる。
「あ……」
「なに?」
クーが、エンナになにか言いかける。が、エンナがたずねると、黙って首を振って、クーも立ち上がる。
「ゴメン。何でもない」
なにか言いたげなクーの様子。だけれど、クーは何も言わない。エンナは小さく息を付いて、ヒスイに続いて店を出た。
「ゲンザさん。あなたは、この手の汽械馬車を扱ったことはありますか?」
汽械馬車の手前で、ギンはゲンザにたずねる。
「少しなら」
「なら、賢者の塔までお願いします。そこで、この馬車を預けますので、改造の件、よろしくお願いします」
ゲンザの返事を聞き、ヒスイは、そう言った。ゲンザは、困ったようにクーに視線を向ける。
「明日、丸一日、預かるけど、それでもいい?」
「ちょっと待て、勝手に話を……」
そう言いかけるヒスイに、ギンは、そっと耳打ちした。
「壊すなよ」
ギンに何か吹き込まれたらしく、ヒスイも同意した。
皆が乗り込むと、ゲンザが馬車を動かした。
「エンナさん。ふたりを降ろしたら、少し馬車で走ってみないかな?」
「しばらくしたら、雨が降り出しますよ」
クーはエンナに言うが、それにギンが口を挟む。エンナが空を見上げると、確かに降り出しそうな雲行きだ。
「馬車を停めておく場合は、幌を立てておいてください。あと、扱いが、他の汽械馬車と大きく異なりますので、そうそう盗まれることは無いと思いますが、盗難には気を付けてください」
「夜は、汽関の水を抜いておくよ」
ギンの言葉に、クーは、そうこたえて、大きく息を付いた。
クーを見ていると、ヒスイとギンは余計だったようだ。このふたりに、知られたくない話をしたかったようだが、それが出来なかった。
「わたしは……構わないわよ?」
エンナはクーに言う。
「エ、エンナさんっ!」
何故か、慌てたように言うヒスイ。クーは、空を見上げて、諦めたように溜め息をつく。
「さすがに、この雲行きじゃ……」
「ですよ、エンナさん」
クーの言葉に、ヒスイが同意する。
「そう……」
呟くように、エンナはこたえる。
馬車の上での会話が止まった。そして、会話のないまま、賢者の塔へ到着する。
三人が、馬車を降りると同時に雨が降り出した。
「じゃあ、またね」
馬車の上で手を振るクー。そのクーを、覆い隠すように、慌てたようにゲンザが幌を広げる。幌に隠れて、クーは、もう見えない。身を乗り出すかとも思ったのだが、それも無かった。
そして馬車は走り出す。
エンナは、小さく息を付いた。
「では……、失礼します。今日は、ありがとうございました」
何か話しかけようとするヒスイ、そしてギンに一礼すると、エンナは塔の自室へと戻った。
コピペ後、軽くチェック入れつつ投稿してますが、やたら体言止めを多用してるのが気になります。
とは言え、ほとんど手直しせず放置してますが。
2/15 教団の設定が固まりましたので、その設定に合わせて微修正しました。