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蒸気大革命  作者: あさま勲
二日目

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13/50

13

 昇宙汽械から、一キロほど離れた場所で実験を見守る。

 万が一、爆発でも起こしたら大事(おおごと)。そうならないように、事前に何度も試験をしていたのは、エンナも知っている。が、組み上げて飛ばすのは、これが初めて。

 昇宙汽械を支える支柱が外される。点火装置を設置し、汽械周囲の者たちが、離れた岩陰へと身を隠した。そして、点火装置が作動する。

 大気が震えた。

 耳をふさいでも、体全体で音を感じる。大量の水晶が、ミスリルの罐の中で燃焼する。その熱で加熱された水が、瞬時に蒸発し炎へと変わり、推進汽から吹き出した。

 エンナの見た実験では、吹き出すのは高圧の蒸気だった。音も、確かに大きかったが、これほど大きな音ではなかった。

「…………」

 手加減していた? そう呟いたつもりだったが、声を発した自分ですら、口にした言葉を聞き取れない。

 昇宙汽械は、初めはゆっくりと、そして徐々に加速しながら空を上っていく。この汽械のたてる轟音は、恐らく統連中に響いているだろう。

 大きく息をついてエンナは視線を下げる。汽械から吹き出す炎、それが目に痛いのだ。

 いつの間にか、クーが隣に立っていた。クーは、放心したように、天に昇っていく汽械を見つめている。何か呟くよう口を動かす。が、何も聞こえない。轟音が、クーの声をかき消してしまう。

 汽械が空へと上っていき、徐々に轟音が小さくなる。そして、炎へと変わった水蒸気が、大気に冷やされ、白い煙となって汽械の軌跡を刻みつける。

「お見事……」

 隣のクーが、ぽつりと呟く。

 エンナが見ると、クーは、嬉しいような悔しいような、何とも言えぬ微妙な表情をしていた。

「どうやら、成功したみたいだけど……」

 岩陰に隠れていた者たちが出てきて、互いに喜び合っている。きっと、成功だったのだろう。

「どう思った?」

「凄かった」

 クーの問いに、エンナは、そうこたえる。

 純粋な推力だけで、あの大きな汽械を、あれだけ飛ばせたのだ。重力を遮断するカーボライト、それと組み合わせれば、月まで行けるかもしれない。

 問題は、それを創る錬金術師がいるかどうかだ。

 もし、それを創れば、明らかに禁忌に触れる。そして、不完全ながらもカーボライトの創れる錬金術師は、皆、保守的だ。そこまでして、カーボライトを創るだろうか。

 エンナの師も、カーボライトを創りはした。しかし、それは、あくまで己の技を試すため。それ以外に、目的があったわけではない。錬金術師が、まれに少量の金を作ってみるのと同じ事だ。材料、器材等の費用を考えれば、少量の金では採算がとれない。そして、採算を取れるだけの設備を作れば、それだけで足がついてしまう。あくまで、ただの腕試しだ。

「早めに抜け出せるように、話を通しておくから」

 小さく息をついて、エンナはクーに、そっと耳打ちする。

「……わかった」

 一瞬、クーは不満そうな顔をする。でも、頷いてくれた。

 エンナは周囲の見学者たちに目を向ける。

 皆、一様に度肝を抜かれたようだが、本心から感心しているらしいのは、クーとゲンザぐらいしかいない。他の見学者たちは、主に錬金術師たち。皆、奇術の類を見せられ驚いた、そんなふうに見える。関係者であるエンナも、実際、その程度にしか考えてはいない。

 関係者とはいっても、エンナは燃料を造ることが仕事で、汽械の原理や構造を理解しているわけではないのだから。

 エンナは、ラセルに近づき話しかける。

「申しわけありませんが……急用ができましたので、ここで上がらせてもらって、よろしいでしょうか?」

 もう、燃料である水晶の精錬が終わった段階で、エンナの出る幕は無いのだ。居なくなったからといって、迷惑をかけるわけではない。そう思ったのだが、ラセルは意外そうな顔をする。

「できれば、最後まで付き合って欲しいのだが……」

「申しわけありません」

 ラセルの言葉に、エンナは頭を下げる。ラセルは、大きく溜め息をついた。

「仕方がない。また、何か頼む事があるかもしれないから、その時は、また頼むよ」

「はい。実験は、成功だったのですね?」

「とりあえずはな……」

 ラセルが頷くのを確認して、エンナは笑顔で言葉を続ける。

「おめでとうございます」

 エンナの言葉に、ラセルは、ようやく笑顔を浮かべる。

「ありがとう。今回の実験、その配布用の資料を作ったから、持っていってくれ」

 ラセルの言葉に、エンナは頷く。

「ラセル先生、後日、お話を伺いにいってよろしいでしょうか?」

 エンナについて来ていたクーが、ラセルに問う。

「まあ、かまわんが……」

 ラセルは、あまり乗り気ではないようだ。

「クー君は、ソラさんの弟で、汽械術の知識も、相応に持ってますよ」

「言われてみれば……ウチに来たばかり頃のソラに、よく似てるな」

 顎をなでながら、ラセルはクーを見つめる。

「では、失礼します」

 エンナは、ラセルにそう言うと、まだ何か話したいような気配のあるクーの手を取って、一礼するとラセルから離れた。

 クーは、小さく溜め息をつくとエンナを見上げる。

「たぶん、大丈夫だと思うけど……、ここにも、教団が来るかもしれない。ソラも、似たような実験をやってたんだ」

「うん。詳しく聞かせてもらうよ」

 そう答えると、エンナはクーの手を引いて歩く。ヒスイたちには、ここで別れると声をかけた上で、邪魔の入らない場所まで行く必要がある。

 ヒスイを探すと、向こうも、こちらを探していたようで、すぐに見つかった。

「いや、大した物です。まだ、試験段階のようでしたが、完成すれば、本当に月に届くかも……」

「費用を考えると、あまりにも高くつきすぎます。現実的ではありませんな」

 興奮したように言うヒスイ。そのヒスイに、ギンが冷めた口調で水を差す。

 そういえば、この人は錬金術師としては変わり者だ。以前、エンナの元に来たときは、飛行船を買ったので乗らないかと誘われたし、今回も、新型の汽械馬車を統連に持ち込んでいる。汽械好きの錬金術師など、エンナは他に知らない。

「費用など、大した問題には……」

「ヒスイ様!」

 水を差され、不機嫌そうな顔をするヒスイ。そのヒスイに、ギンが咎めるような口調で言った。気圧されたように、ヒスイは沈黙する。ギンは、言葉を続けた。

「月を目指したソラ様が、一体どうなったか。あなたは、それを、お忘れですか?」

 クーが、エンナの手を強く引いた。でも、エンナは動かない。

「ソラさんに、一体……何があったんです?」

 エンナは、ふたりに問う。感情のこもらない、小さな声で。

「ご存じ無かったので?」

 ギンの問いに、エンナは黙って頷く。クーは、エンナとつないだ手をはなした。

「場所……変えて話そ?」

「ですな。では、みな様、馬車に乗ってください」

 ギンは、クーを一瞥すると、そう言った。

 エンナは、言われるままに馬車へと向かう。クーは付いてこない。振り返ると、クーは額に手を当てて、空を仰いでいた。

「参ったな……」

 クーは、小声で呟く。

 その呟き声は、エンナの耳にも届いた。

当初のタイトルは蒸気大活劇でした。

が、思った以上に活劇といえる要素が盛り込めなかったため変更しました。

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