12
歩きながら振り返って、エンナが、こちらをチラリと見る。きっと、何か思う事でもあるのだろう。
「大失敗」
クーは呟き、大きく溜め息をついた。
「坊、どうしたんです?」
「口が滑った。……まあ、後で、手札は全部みせてみる。それで、挽回は効くと思うけど」
ゲンザの問いに、クーは小声で答える。ゲンザなら、この説明でも、十分に意味はわかるはずだ。
「坊も、結構、無神経なところが、ありますからなぁ……」
ゲンザの言葉に、クーは、ただ黙っているだけ。そんなクーを見ながら、ゲンザは言葉を続ける。
「で……ラセル師は、いったい何を考えているのやら。あれでも飛べはしますが、物を運ぶには、あまりにも効率が悪すぎます。それに、単に蒸気推進汽械の試験にしては、大がかりすぎますし……」
ぼやくような口調のゲンザ。
まあ、ゲンザの言わんとする事は、クーにもわかる。あの汽械の原型を造ったのはソラだ。そしてゲンザは、その助手。だからこそ、汽関の推力のみで飛行する事の効率の悪さを知っている。
「あんなんじゃ月には、手がとどかないよ。でのまあ、本当の目的は、ここの錬金術師たちの尻を蹴っ飛ばす事だと思うけど」
「はぁ……」
意味がわかってないのか、曖昧な返事を返すゲンザ。そんなゲンザを見て、クーはクスリと笑ってエンナの後を追う。多少、頭が冷えた。
「ラセル先生も、結構、色々と考えてたんだ」
呟き、クーはエンナから少し距離を置いた場所で足を止める。ラセルは、すでに回り集まった者たちに、今回の実験の趣旨について話を始めていた。
要約すると、その骨子は三つ。
一つ目は、これは月へ行く新しい手段であるということ。
二つ目は、この汽械は、あくまで試験用であって、月へと行くことはできない。
三つ目は、この汽械で、月へ行く手段の提示。
三つ目の説明、その途中で、周囲の見学者たちがざわめいた。
その内容は、昇宙汽械を複数束ねて打ち上げ、そして、燃料の切れた物から段階的に切り捨て汽械を軽くし、主要部分のみを空気が無くなる高さまで持ち上げる。そして、そこから月に向かって、その主要部分を飛ばすのだ。
周りがざわめいたのも無理もない。この汽械には、極めて高価なミスリルの罐が使われている。それを、たった一回の飛行のために使い捨ててしまうのだ。
それ故に、ソラには思いも付かなかった方法だった。
ラセルは、最後を、こう締めくくった。
「これは、あくまで現行の汽械術で使える物のみで行った場合です。改良案や、別の手段があったら、いつでも言ってください。参考にさせていただきます」
クーには、ラセルの考えはわかる。この汽械を、カーボライトと組み合わせてみようと、錬金術師たちに、そう考えさせることだ。
ただ、クーの見たところ、問題は三つ。
カーボライトの精錬が、教団に禁忌とされていること。そして、その存在を知る錬金術師が少数であること。最後に、その精錬が可能だと思われるほどの技を持つ、大物の錬金術師が、この実験の見学に来ていないこと。
ラセルの様子を見ると、この三つの問題は、気にしていないようだ。
単に何も考えていないのか、あるいは問題ないと考えているのか、そこまでクーにはわからない。
ラセルは、クーの師匠でもある。だから、ある程度の手の内は、わかっているつもりなのだが……。
クーは大きく溜め息をついた。
とりあえず、ラセルとは距離を置いておきたい。ラセルの弟子だったのは、この体になる前で今は別人だ。だが、ラセルの元に十年近くも身を置いていたのだ。同一人物であることを見抜かれてもおかしくはない。
ラセルに、同一人物だと見抜かれること自体は、別に問題ではない。が、この場ではまずい。大勢の者の前で、それを明かされるのは、さすがに困る。
「さて、先生のお手並み、拝見させていただきますよ」
クーは、小さく笑って呟いた。
まもなく打ち上げ実験が始まる。