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蒸気大革命  作者: あさま勲
二日目
11/50

11

 実験場は、港を島の表と考えるなら、その裏側。統連の街から遠く、海に面した場所だった。

 クーは、馬車の上で立ち上がり、驚いたように、そこに設置された汽械を見つめている。

 その汽械は、一言で言ってしまえば巨大な円柱。表面が扁平な板金で覆われているので、汽械だと言われない限り、いや、例え言われても、それを汽械だとは普通、気づけないはず。だが、クーには、それが何か見当がついたようだ。

 あの汽械の基本はソラが統連にいた頃、研究していた物だ。その弟であるクーが知っていても、別に不思議ではない。

「アレって、ひょっとして……」

 クーは、円柱を見つめながら呟く。

「そう。以前、ソラさんも研究していたのと同じ汽械。昇宙汽械って言うらしいの」

 エンナは、くすりと笑う。できれば、クーに説明してやりたかったが、クーの方が、きっと詳しい。でも、クーを驚かせることができたらしいので、一応、満足だ。

 現状で作成可能な、最高水準の蒸気推進汽械を搭載した、極めて特殊な飛行汽械だ。翼や気嚢で揚力を得るわけでもなく、汽関の推力のみを頼りとして飛行する。エンナは、そう聞かされていた。

 通常の汽械は、蒸気圧でピストンを動かし回転運動に変えて利用しているが、蒸気推進汽械は、高圧の蒸気を後方に噴射し、その反動そのものを利用する。高圧蒸気を直接推進力とするのだ。

 ソラは、試験的に飛行船や飛行汽などに積んでみたそうだが、現状では全く普及していない。理由は簡単だ。十分な推進力を得るには、軽くて丈夫な罐が必要になる。が、それを可能とする素材が、高価かつ希少なミスリルしか存在しないためである。

 そして、決定的な理由がひとつ。蒸気推進汽械は、まったく新しい型の汽械なのだ。それを扱える汽械術師など、ここ統連ですら、数えるほどしかいない。

「さて、到着ですな」

 ギンが、汽械馬車を停める。

「クー君……?」

 エンナはクーに声をかける。普段のクーなら、真っ先に馬車を降りて駆けていきそうなものだが、今のクーは、何か躊躇しているような気配がある。

 クーは、小さく息をつくと、馬車から飛び降りる。そして、エンナを振り返り、笑顔を向ける。

「ん、行こうか」

 今まで、エンナが見てきたクーの笑顔とは、少し違った。それは、元気のない笑顔。

 馬車を降りたエンナ、その手をクーが取る。そして、深呼吸すると、エンナの手を引いてクーは歩き出した。

 昇宙汽械は、直径数メートル、高さが二十メートルほどの円柱だ。その周囲を可倒式の支柱で支え、海辺の岩盤の上に立ててあった。

 昇宙汽械の周囲には、汽械術師らしい者たちが数名。そして、その徒弟らしい者たちが十数名ほど集まっていた。その様子を、何とも言えぬ顔で見送るヒスイ。

「おや、ゲンザじゃないか」

 その中のひとり、最年長と思われる初老の男が、こちらに気づいたのか声をかける。この実験の責任者、ラセルだ。そして、エンナたちにも気づいたのか、軽く会釈をする。錬金術師にしろ汽械術師にしろ、名のある術師で、こういう態度を取れる者は珍しい。

「ラセル師。お久しぶりですな」

 声をかけられたゲンザが挨拶を返す。

「ソラは……残念だった。して、ここに、お前がいるということは、正規の汽械術師でも目指す気か?」

「いえ、坊の……若旦那の弟の、そのお供ですわ」

 ラセルの言葉に、ゲンザはからからと笑って、クーの頭をなでる。頭をなでられ、不機嫌そうな顔のクー。ラセルの視線がクーに向けられる。それに気づいたクーが、慌てたように挨拶した。

「えっと、小石川ソラの弟、クーといいます。兄が、お世話になりました」

「ソラに、兄弟の類はいなかったはずだが……」

「坊は、先代の隠し子ですから……」

 知り合いだったらしい、ゲンザとラセルが、なにやら話をはじめる。その様子を、エンナが横目で見ていると、クーが、そっと手を引いた。

 クーに手を引かれて、エンナは、ふたりから離れる。

「エンナさんは、アレの何を担当してたの?」

「燃料に使う高純度水晶の精錬、あと酸化剤も、わたしの担当だったね」

 クーの問いに答えながら、エンナは懐から、小さく透明な欠片を取り出して見せる。これが高純度水晶……錬金術の技で、膨大な水素を凝縮して創り出される、極めて安定した結晶だ。

「ここまで澄んだ水晶なんて、初めて見た……」

 クーは、呟くように言った。

 これがエンナの創った水晶。エンナに仕事を依頼したラセルは、より純度の高い水晶の大量精錬を依頼した。そして、エンナが、できる限りの事をやった結果、できたのがこれだ。高純度水晶として、統連で出回っている水晶より、さらに純度が上がっている。

「今回は、ひとりで仕事ができたからね」

 エンナは、くすりと笑ってこたえる。

 今まで、エンナが錬金術師として仕事をする場合、他の錬金術師との共同作業だった。作業の主導権は自分にはない。でも、今回は、ひとりだけ。おかげで作業は大変だったが、水晶の純度を上げつつ量産する新しい方法を試すことができた。

「罐のミスリルは、誰が造ったの? あと、他に錬金術の技は、どこに使われてる?」

「ミスリルは、シラハさんっていう錬金術師ね。ここには来てないみたい。他に、錬金術の技は使われてないわ。わたしたち錬金術師は、あくまで材料を提供しただけ」

 エンナの言葉に、クーは少し驚いたような、そして少し落胆したような顔をする。

「あれじゃ……大気の上にも届かないよ」

 クーの呟くような言葉。それに、エンナは頷いてみせる。

「うん。責任者のラセルさんも、天には届かないって言ってる。でも、ここで飛ばしてみせることに意義があるって言ってた。上手くいけば……」

 そう言い、エンナは西の空に沈みつつある、青い月を指さす。

「……むこう十年以内に、あの月にだって手が届くって。でも、ほんとに届くのかなぁ……」

 月まで行くことのできるのは、現在では、唯一、浮揚船を保有する環の教団のみに限られる。一世紀ほど前までは浮揚船を持つ国もあったが、浮揚船の力が失われ、月を目指せなくなったのだ。月まで往復できる浮揚船は、もう教団しか所有していないのだ。

 水素を安定した結晶に変えるなど、新しい錬金術の技は生み出されている。が、それ以上に、失われていく技の方が多い。

 錬金術は衰退しつつある。理由は、わからない。かつては、比較的、容易に作れたはずの物ですら、今では、それを作れる者は僅かしかいない。

 浮揚船もそう。浮揚船で最も重要なのは、カーボライトといわれる金属だ。重力を遮断し、宙に浮かびあがる。そして、磁力によって、動きを制御できた。そのカーボライトを組み込んだ浮揚船は、飛行船はおろか、飛行汽以上の速度で空を飛び、そして、月との交易の手段となった。

 しかし、そのカーボライトの精錬が、もう、できなくなったのだ。その精錬が禁忌とされ、製法は建前上、教団のみにしか伝えられていない事になってはいる。だが、ここ統連にも製法を記した書物はある。が、その製法どおりに創っても、伝えられたとおりの性能が出せない。カーボライトの、粗悪な模造品しか創れないのだ。製法の表記や内容に問題はない。かつては、この書物の製法で、カーボライトが精錬されていた事実があるのだから。

 エンナは、師の手伝いで、少量のカーボライトの精錬を手伝った事がある。その際、師は、教団でも、もう完全なカーボライトは創れないのではないか、と言っていた。

 確かに、重力を遮断し宙には浮く。そして、磁力で、その動きを制御することはできる。が、人の歩みと大差のない速さでは、到底、使い物にはならない。近年、発達しつつある飛行汽械には、この程度の性能では、とてもではないが対抗できない。

 一般に、カーボライトの製法はおろか、存在すら秘匿されている最大の理由である。

 だから、もう月には手は届かない。そう、エンナは思う。

「汽械術師と錬金術師が、もっと上手く連携が取れれば、月にだって手は届くよ」

 昇宙汽械を見つめながら、クーは呟くように言う。

「似たような事は、ソラさんも言ってた。でも、上手く連携と言われても……」

 エンナには今でも、それなりに上手く連携が取れているように思える。汽械術師の注文どおりの物を創ってみせたのだ。これ以上、何を望むのだろうか。

「ああ……、そうか」

 唐突に、ソラが言った。

「なに?」

 エンナは問うが、クーは、ただ楽しげに笑うだけ。

「大失敗だったな」

 楽しげに呟くと、クーは大きく息をついた。そして言葉を続ける。

「あの汽械と、カーボライトを組み合わせたら、何ができると思う? ソラは……兄は、それをやろうとしてたんだ」

 その言葉に、エンナは驚いたように、クーに視線を向ける。

 カーボライトの存在は、一般には知られていない。錬金術師でも知っている者は少ないぐらいだ。そして、その精錬は、教団により禁忌とされている。そもそも、その粗悪な模造品ですら、創ることができる錬金術師は、ほとんどいない。

「それが、……ソラさんが殺された理由?」

 エンナは、たずねる。頭の芯が、ゆっくりと冷えていくのが自分でもわかる。

 クーはエンナの顔を見て、一瞬、しまったとでも言いたげな顔をした。が、すぐに平静を装う。

「詳しい話は後でしよう。僕のこと、ソラのこと、色々と話したいことがあるんだ。ちょっと、驚かすような話もすると思うから、覚悟しといてね」

 最後の一言は、なにか茶化すような口調。たぶん、今の雰囲気を何とか和ませたかったんだろう。でも、和めるような気分ではない。

「エンナさんっ、この小僧が何か無礼なことでも!?」

 エンナが口を開こうとした瞬間、駆けてきたヒスイが話に割り込んできた。

「いえ、何も」

 冷めた口調でこたえ、エンナは気づかれないよう小さく溜め息をつく。

「坊にエンナお嬢さん。そろそろ始まるようですが……説明は聞かないんで?」

 同じく、こちらにやってきたゲンザがたずねる。

 エンナは、つないだ手を離し、説明を聞きにラセルの方へと向かう。無言のエンナに、ゲンザは怪訝そうな視線を向け、クーの元へと向かう。

 エンナは振り返り、視線の端でふたりを捉える。クーとゲンザが何か小声で話しているのが見えた。

 ふたりが何か隠しているのは、わかっていた。エンナが気づいていることも、ふたりは知っているだろう。それ自体は問題じゃない。

 問題はソラ。今朝、出発前にヒスイに言われたことを思い出す。

 ソラは、エンナの錬金術の技には、それほど興味を持っていた気配はない。が、果たして本当に、そうだったのだろうか。そこまで考え、エンナは頭を振った。

 自分は、それほど優秀な錬金術師ではない。歳のわりには、そう考えれば優秀な部類には入ると思う。でも、自分より優れた技を持つ錬金術師など、幾らでも統連にはいるはずだ。

 後で詳しい話をしよう。そう、クーは言った。だから、とりあえず、その言葉を信じてみよう。

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