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蒸気大革命  作者: あさま勲
二日目
10/50

10

 小さく溜め息をついて、エンナは懐中時計を見る。

 別に、クーが遅れているわけではない。自分が早すぎただけ。それ自体に問題はない。問題があるとすれば、今、隣で喋っている男だ。

「つまり、錬金術師とは、名の通り黄金を創り出せる者なのです。実際、黄金を創ることは禁忌とされていますので出来ません。しかし、錬金術の技を用いれば、莫大な富を生み出すことが可能なのです」

 賢者の塔の前に停められた、新型の汽械馬車。その傍らで、ヒスイは立て続けにエンナに話し続ける。

 無理。

 エンナは、ヒスイの言葉を頭の中で否定する。

 世の中に、錬金術師は数多くいる。が、本当に裕福な者は、一握りしか存在しない。それは、錬金術の秘技を受け継ぎ、その上で、その使用を許された者。

「あの小僧は、貴女(あなた)を利用しようとしているのです。貴女の持つ、錬金術の技を金儲けに利用しようと。あるいは、あの大男が黒幕かもしれません。貴女を、金の卵を産む鵞鳥(がちょう)、いえ失礼、白鳥としか考えていないわけです」

 有り得ない。

 再度、エンナはヒスイの言葉を否定する。

 父から、決して人には見せるなと、幾つかの錬金術の技を記した書物を貰った。その中に、秘技と呼べる物もあり、そして、それを頭に叩き込んではあるものの、エンナに、その使用が許されているわけではない。なにより、再現可能な環境すら作れないのだ。だからエンナは、その一握りには数えられない。

 ソラと、ソラの付き人をしていたゲンザは、それを知っていた。ならば、ゲンザと行動を共にしているクーが、それを知らないとは思えない。

「どうやら、いらしたようですな」

 ヒスイの付き人であるギンが言った。

 エンナが見ると、まずゲンザが目に付く。そして、その傍らにはクー。クーは、エンナと目が合うと、顔をほころばせて駆けて来る。

「おはよう、エンナさん!」

「クー君、おはよう」

 挨拶を交わすと、クーの興味は、すぐに新型の汽械馬車に移る。クーは、身を屈めて、車体の裏を覗き込んだ。

「わー……、(いじ)ってあるかと思ったら、どノーマル。華奢な造りのまんまだぁ……」

 感心したような口調で、クーは、そんなことを言う。

「エンナお嬢さん。おはようございます」

 ゲンザが、やや遅れてやってきて、そう挨拶する。そして、汽械馬車を観察しているクーを一瞥して言葉を続ける。

「ヒスイ様が、連れて行ってくださるので?」

「どうやら、そうなってしまったみたいです……」

 ゲンザの言葉に、レイハは、申し訳なさそうにこたえる。

 ヒスイたちは、今日の実験のことを、どこからか聞きつけていたらしい。そして、自分たちも、実験の見学にいくから、そのついでにエンナを実験場まで送ろう。そう申し出たのだ。エンナは、別の人たちと約束していると断ったのだが、ヒスイは、その方々も一緒に、と、有耶無耶のうちに押し切られてしまった。

「エンナさん! 小石川の者が一緒とは、聞いてませんよ!」

 聞かなかったくせに。

 ヒスイの言葉に、内心、呆れつつ、エンナは頭の中で、そう反論する。

「誰と、ご一緒するかまで、聞いてませんでしたからなぁ」

 ギンは、無表情に、そう言い放つ。そして、汽械馬車の御者席に乗り込み言葉を続けた。

「さて。では、出発すると致しましょう。皆さん、乗ってください」

 その言葉を聞いて、クーは身軽に馬車へと飛び乗る。

「ちょっと待て! 乗っていいなんて、一言も……」

「エンナお嬢様の、お連れ様も、ご一緒に。そう、ヒスイ様は、仰いましたが?」

 馬車に飛び乗ったクーを見て、ヒスイは慌たように言うヒスイ。そんなヒスイに、ギンは、澄ました顔で、そう切り返す。

「エンナさんも、乗って乗って」

 嫌そうな顔をしているヒスイ。それを気にもせず、クーはエンナを呼ぶ。

 エンナは、ヒスイに視線で問う。馬車の持ち主はヒスイ。ヒスイが嫌がるようなら、自分たちは、新たに馬車を呼ぶ必要がある。

「エンナお嬢様。どうぞ気になさらず乗ってください。ヒスイ様には、二言はございません」

「はぁ……」

 御者席から、ギンは無表情に言う。

 曖昧な返事を返し、エンナはヒスイを見る。ヒスイは、文句は言いたげだが、反対するような気配はない。

 ヒスイは、小さく溜め息をつくと、エンナの手を取り馬車の前へと連れて行く。エンナがクーを見ると、クーは、汽械馬車の汽関部が気になるのか、エンナには目もくれない。

「足下に、気を付けてください」

「ありがとう」

 小さく溜め息をついて、エンナはヒスイの手を借り、汽械馬車に乗り込んだ。クーの隣に座るが、クーはエンナを一瞥しただけ。また、難しい顔をして、汽関部と睨めっこをはじめる。

「エンナさん。この(かま)って……ひょっとしてミスリル?」

 クーが、汽関を見つめながら問う。

 ミスリルとは、錬金術の秘技によって創り出される金属だ。極めて高い強度、そして耐熱性を持つ金属。秘技を(もっ)て精錬されるだけのことはあり、ミスリルを精錬できる錬金術師は決して多くない。ゆえに、希少かつ高価な物だった。

 ミスリルの罐ならば、高純度の水晶を大量に燃やしても壊れることはない。汽関の小型化、大出力化を追求すると、ミスリルの罐に行き着くわけだが、そこまで高性能の汽関は汽械馬車には必要ない。

 クーの言葉に、まさかと否定しかけたが、隣に座ったヒスイが得意気な笑みを浮かべたのに気づく。そして、汽関部を見てエンナは驚いた。

「確かに、ミスリルね……」

 エンナは呟くように肯定する。罐は銀色。だが、光の加減によって、表面に虹色の輝きが見える。間違いない。この独特の輝きはミスリルのものだ。

「すっごい無駄」

 何故か、クーは嬉しそうに言う。持ち主であるヒスイを馬鹿にしているような気配はない。その口調は、むしろ賞賛しているような響きだった。

「何が無駄だっ、貴様に何がわかる!」

「この汽関が、その性能を目一杯、叩き出したら、車体が耐えられないよ。それに発熱対策も従来型のまま。でもまぁ、水晶でも使わないと、その性能は出せないと思うけど」

 クーに言われ、ヒスイは言葉に詰まる。そんなヒスイを気にも止めず、クーは、何か考えるような仕草をする。

「王都のウチの工房に持ってきてくれたら、車体や汽関周辺の強化……いや、新しく車体から再設計を……」

 クーは、そう言いながら、ヒスイに視線を向ける。このミスリルは、恐らくヒスイが精錬したもの。ならば、ヒスイの錬金術師としての技量は、かなりのものだ。ヒスイに向けられるクーの視線。それに込められる感情は、素直な賞賛だ。

 クーは、隣に座っているエンナ。その膝の上に身を乗り出してヒスイを見つめる。建前上とはいえ、婚約者であるエンナは、ほったらかしだ。それが、エンナには面白くない。

 クーが、言い終える前に、唐突に馬車が動き出した。不安定な姿勢でいたクーは、バランスを崩し、エンナの膝の上に倒れ込む。

「大丈夫?」

 反射的に、エンナはクーを抱きかかえた。そっと手を離すと、クーは、慌てたようにエンナから離れる。

「ゴ、ゴメン……」

 あたふたと、ずれた黒眼鏡を直しながら、真っ赤な顔のクー。そんなクーを見て、エンナは小さく笑った。

「エンナお嬢さん……」

 何とも言えぬ表情で呟くヒスイ。

「ヒスイ様。一度、お願いしてみますか?」

 汽械馬車を操りながら、正面を向いたままギンはたずねる。

「何をだ?」

「この馬車の改造です。実際、水晶を用いて速度を出した場合、車体の強度面で不安を感じますので扱っていて気疲れします。手を入れる必要があるかと」

 御者席の隣、そこに座るゲンザが振り返った。

「ちょっと待ってください。いま、ウチに、そんな余裕は……」

「とりあえずの不安の解消だけで構いません」

「ああ、その程度なら、統連(ここ)でも、一日あればできるよ」

 周りの会話を聞きながら、エンナは小さく息をつく。自分は完全に蚊帳の外だ。でも、今は、それも楽しい。クーが、自分を忘れているわけではないのだから。

「では、早速、お願いしてよろしいか?」

「じゃあ、明日、一日、馬車を預かるね。えっと……あそこの工房が借りれるかな?」

「勝手に話を進めるなーっ!」

 ヒスイが吠える。

「再設計の案と、見積もりも出しておくから、もしその気があったら、いつでもどうぞ」

 ヒスイを無視して言うクー。

 エンナは、くすくす笑う。ヒスイは、単に気障で嫌な人かと思ったが、それは最初の印象が悪かっただけだ。そもそも、エンナが本家に良い印象を持っていなかったのもあるだろう。

 クーのおかげだろうが、普段ならヒスイが自分に見せたりしない色々な面が見える。善い人かどうかまでは、わからない。が、少なくとも、ヒスイは悪人には見えなかった。

 クーとゲンザは、ヒスイを巻き込み、この汽械馬車について、何か専門的な話をはじめた。なにやら、この馬車の性能が大幅に上がるとか、そんな話。錬金術師であるエンナには、手に負えない内容だ。たぶん、ヒスイも、よくわかっていないのだろう。もっぱら、聞き手に回っている。

「ふむ……。なるほど」

 御者席のギンが、小さな声で呟いた。本当に小さな声。聞こえたのは、たぶんエンナだけだ。エンナは、特に気にせずクーに視線を向ける。

 クーは、専門用語を交え、このミスリルの汽関の性能を引き出す手段を説明しているらしい。エンナには、その内容は専門用語が多すぎ、よくわからない。が、その説明は、クーの年頃の少年にできる内容ではない事ぐらいはわかる。

 神童かぁ……。

 エンナは、心の中で呟いた。

 ソラも、偶に、こんな話をすることがあった。エンナは、その内容が理解できず、ただ曖昧に頷くしかできないわけだが、ソラは、それに気づくと、いつも……。

「ああ、申し訳ない。要するに……」

 クーは、よくわかってないらしいヒスイに気づき、専門用語を避けた説明に切り替える。

 そう。いつも、こう謝って、噛み砕いて説明してくれた。

 クーの、その口調は、ソラそっくりだった。仕草も、本当によく似ている。エンナの記憶と大きく食い違っているのは、その言葉が、自分に向けられていないことだけ。

 たぶん、ソラと結婚していたら、こんな様子を端から見ることになっただろう。

 でも、ソラは、もういない。昨日、クーは、確かに、そう言った。

「あれ……?」

 エンナは、思わず呟いた。頬を伝って、ぽたりと滴が落ちる。

「エンナ……?」

 エンナの様子に、クーが気づいたらしい。驚いたように顔を向ける。

「何でもないの」

 そうこたえ、エンナは慌てて涙を拭う。だが、涙は止まらない。

「エンナさん?」

 ヒスイも、そして他の皆も気づいたらしい。話し声が止まる。

 エンナは、ゆっくり深呼吸する。やっと、涙が止まった。

「ちょっと、目にゴミが入っただけ。もう、取れたから大丈夫」

 無論、嘘だ。目にゴミなんか入っていない。ただ、心配されたくなかっただけ。たぶん、皆は納得していない。でも、誰も、何も聞いてこなかった。

 ヒスイが心配そうにエンナの顔を見ていた。が、エンナが、それに気づくと、慌てたように、そっぽを向く。クーは、何も気にしていないというような素振りで、エンナの顔を見もしない。でも、そっと手を握ってくれた。

 目の周りが熱いのは、たぶん泣いたせい。きっと赤くなって、みっともない顔になっているのだろう。

 何故、泣いてしまったのか、エンナには判らない。ただ、少し、ソラのことを考えただけ。それだけの事だったのに。

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