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ちょっと地球まで島流し  作者: ハツカ
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巻き込まれる


柳瀬綾は自分をごく平凡な人間だと思っている。

成績は悪くない、破滅的に容姿が悪いわけでもなく、少し運動が苦手、少し家事が得意で、オシャレや美容を意識する、平凡的でどこにでもいる、普通の10代女子。

わけあって両親とは暮らしていないが、育ててくれている祖父母は優しく、不満はない。

そして、頼りになる幼馴染の兄に、綾は想いを寄せていた。

そんなごく普通の、人間。


「ほう…おぬしの言霊縛りさえ抜け出すとは、かなりの呪力よのう…」

「下層界にも来るものだな。面白い。だが面倒事がふえてしもうた」


そんな、ごく普通の人間である綾を、時代錯誤な口調で話す異様な2人のクラスメイトが見下ろしていた。


高校の入学式、その後のホームルームで、綾はこの世のものとは思えないほどのガラス細工のような容姿をしている男子生徒の後ろの席となった。

自分が話かける事などおこがましいとさえ思えたその存在に、気さくに話しかけられた時、素直に嬉しかったのは記憶に新しい。

帰国子女だと言いながら苦笑する彼が、自分とは遠い存在だと感じながら、見た目に比べて逞しそうな人だな、と思っていたその時、教室に暴力の音が響いた。

冬哉と同じくらい繊細そうな美少女、それもどうみても外国人という事で、冬哉以上に注目を浴びていたセレナ・クラヴィウスという女子生徒が、ずっと彼女に話しかけていた前の男子生徒の胸ぐらを掴み上げていた。

華奢で、見るだけで滑らかな肌質だとわかるその手からは信じられないほどの力が込められているらしく、男子生徒は苦しそうな声をもらしていた。

教室に走る緊張に、状況が読み込めずに綾は周囲を見回したあと、何故か冬哉の顔を見てしまった。


「わ…わわ…」


冬哉の顔はさっきの『普通の人』のような表情をひっこめ、明らかに退屈そうな表情をしていたのだ。

一瞬で背筋が凍った。

彼はこの状況が退屈なのだ。

彼女が暴力をふるっているこの状況が退屈で退屈で、たまらないのだ。

そして同時に、この男子生徒のさっきまでの態度は全て演技出会った事を悟った。

教師の制止も聞かないセレナを呆れたように見つめている冬哉から、目が離せなかった。

必然、突如として襲ってくる寒気に驚きつつも、この状況で立ち上がった冬哉に、目を向けてしまったのだ。


「え…」


声が漏れる。

大きく息を吸い込んだ彼の身体周辺に、『神様』が降りてきていたのが『見えた』。

どうしてそれを『神様』だと思ったのかはわからない。

実際、綾に見えていたのは黄金のような、はたまた白銀のような、そんな光が冬哉を取り囲んでいる事だけだった。

だが、綾は間違いなく、その光を『神様』だと直感した。

その『神様』が綾の方へ向き、笑ったと感じた瞬間。

『神様』を降ろした彼の紡いだ言葉に、感じていた寒気は吹き飛ばされる。

気にせずに彼は続ける。


『力なきものは眠れ、しばし忘れよ!』


彼の言葉は縛りとなって生徒たちに襲いかかった。

皆一斉に眠りにつき、教室は異様な静寂に包まれ、彼らは話を始める。

話の内容は綾の耳には入ってこない。

ただ、冬哉の口調がセレナと同じ様な、時代劇に出てくる感じの古臭いものとなっているなとしか思わなかった。

色々ありすぎて頭がキャパオーバーを起こしていたのである。

我に帰ったのは冬哉がこちらを振り返り、目が合ってしまった時で、何をどうすれば良いのかわからず、喉の奥から引っ張り出した言葉は引っかかりすぎて出てこない。


「あっ…も…ちづ…」


動けなかった。

彼のそばには再び『神様』が降りてきていて、愉快そうに笑っている。ように見えた。

椅子から立ち上がることすらできずに、気がつけばセレナと冬哉に見下ろされる形になってしまった。


そして冒頭に戻る。


「えと…あの…」

「まてまて、説明してやりたいのは山々だがな柳瀬よ、今は時間が惜しい。悪いが時と場所を変えようぞ。セレナ、お前もそれで良いな?」

「…そのような小娘、説明してやらずとも捨ておけば良いものを、律儀な」


明らかに面倒臭い、不満だといった声を出したが、冬哉に降りている『神様』の気がそれを許さなかった。


「よいな?」


笑顔でそういう冬哉に、渋々といった感じでセレナは頷き、倒れた椅子や机を元に戻し始める。はいorYESというやつだ。

冬哉はセレナのその様子に、よしよし、といった感じで頷くと、自分の席、つまり綾の前の席に座り、綾と目線を合わせ、その白い手を綾の顔に添わせながら間近まで引き寄せられた。

目の前には芸術品と言われても遜色ない少年の顔。

こんな状況出なければ赤面して卒倒してしまいそうな出来事だが、それどころではない。

きっと彼は天使なのかもしれない、と綾はぼんやり考える。

神様を降ろし、その力を使える、美しい天使。

その笑顔はちょっと黒い者を孕んでいるけれど。

腹黒そうな天使はその透明感のある声で妖しく綾に囁いた。


「さて、柳瀬、しばらくすると皆が起きて何事もなかったかのように再びホームルームが始まる。君にも何事もなかったかのように振舞ってもらいたい。心配せずとも君に危害を加えることはないよ。そうすれば、ちゃんと説明して、納得してもらえる準備がこちらにはある。どうだい?」


それは取引としてはずさんなものだが、いいえと言わせない圧力がある言葉に、綾は頷いた。



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