2. 抗議活動は私のいないところでやってほしい
親父も兄貴もデリカシーってもんがないんだよね。腹立つ。
そうして自室に戻ってきた私は着替え………着替えるべきか?
爺さんに会うだけだし私服で行ってもいいような気がしてきた。
爺さんは市ヶ谷にある海軍省にいると思う。いなかったら同じビルの上階にある国防省だ。
私自身も関係者なので私服でも入れることは入れるのだ。しかし、数年前に私服で行ったら旦那の忘れ物を届けに来た若妻みたいな扱いをされたんだよね。
ニコニコ顔の衛兵に「ここにお呼びしましょうか?」って聞かれたときはビビったね。衛兵が海軍大臣を呼び出すのかよってね。身分証を見せてことなきを得ましたが。
身分証を携行してなかったらどうなってたんだろうね。いや、携行してなかったら張り倒されますけどね?
気付いたら部屋に帰ってきて20分経過してるんですけど。
おじいちゃんのために一生懸命おめかしする孫と思われたくないので着替えずに行くことにする。
姿見で服装の最終チェックをして出発!ジャージだから乱れもクソもないんですけどね。
バイクの鍵と身分証よし!財布は持って行かないから置いといてタバコとライターはポケットの中に入ってる。
よし、では爺さんに一発かましに行きますか!
みなさまごきげんよう。
私は太平洋に浮かぶ基準排水量60,000トンのおふねの上にいます。
一昨日北回帰線を越えたので現在は進路を北にとっております。
爺さんとの話はどうなったかだって?家を出た瞬間にメイドとか庭師とか運転手に囲まれて車に放り込まれた上、トイレ休憩もなしに横須賀まで来たからね。会ってすらいないよ。これは帰ったら遺憾の意を表明するしかないね。
「おい"クレーン"!コーヒーおかわり!」
「はいはーい」
クレーンとは私のTACネームで、あだ名みたいなものです。これは陸軍でも海軍でもパイロットなら誰でも持っているもので、官姓名よりこちらで呼び合うことの方が多いくらいです。
そして、現在パイロット待機所で雑用をこなしています。士官がなぜ?とお思いかもしれませんがパイロットはみんな士官ですからね。どこでも新人はこき使われるものです。しかたないね。
「どうぞー」
「おう。………砂糖が足りねーぞオラァ!」
「すみません!足してきます!」
昨日まではブラックを飲んでたのに!
「すみませんでした。どうぞ」
「おう。………どのくらい砂糖いれた?」
「容器から適当にザーッて入れました」
復讐だオラァ!
「おまえっ……カップの底に固まって、ンハッ…溶けきれないで固まってんじゃねぇか!」
「イタリアでは残った砂糖を食べるとか」
「ここは日本だし俺は日本人だよ!」
厳密には公海上ですが。艦籍は横須賀なので間違いではないのかな?
「えっ!」
「えっ、じゃねえよ!目ん玉腐り落ちてんのか!」
「この前寄港した時に現地の女性に自分はイタリア人だって言ってたのは嘘だったんですか!?」
「あっ、えっ、お……なんでここで言うんだよバカ!」
こんな人でも私が所属する第306飛行隊の飛行隊長で中佐なんです。
「否定しないってことは本当なんですか?」
「マジかよ隊長パネェ」
「TACネームを"スモーキー"から"イタリアーノ"に変えた方がいいのでは?」
待機所には同じ飛行隊のパイロットだけでなく他の飛行隊のパイロットもいるわけです。
そんなとこで言ったわけですから明日までには空母中に広がっているでしょう。
分かってて言ったんですけどね。
「あー、では淹れなおしてきますね?"イタリアーノ"」
「このっ……!覚悟しとけよ!」
何を覚悟すれば良いのでしょうか。何はともあれスッキリした!
敬意もクソもない会話をした後ですがちゃんと淹れなおしています。砂糖をスプーン何杯分入れるか悩んでいると待機所からドタドタと慌ただしい音がしたのち急に静かになりました。
まあいいや。取り敢えずスプーン2杯でと思いカップに入れようとすると横から腕が伸びてきて一気に飲んでしまいました。
後ろを見ると少佐がカップを片手に顔をしかめています。
「苦い」
絶対に熱いの間違いだと思う。
「至急ブリーフィングルームに集合。行くぞ」
至急ってことは面倒事だな。
「了解です。"スモーキー"」
ブリーフィングルームには航空団司令だけでなく副長までいる。これはアカンやつだ。
今すぐに医務室に駆け込んで腹痛を主張したいのだが真後ろに隊長がいるので諦めて空いた席に座る。
私と隊長が座るのを見届けると団司令が話し出す。
「我々の東200マイルを航行中の捕鯨船団より入電。後方10マイルに不審船2隻ありとのことだ」
「哨戒中のE-2Cでは1隻しか船影が認められなかったため上空待機中だったホーネット2機を確認に向かわせている」
捕鯨船団に不審船?恐らく海犬の連中だと思うがホークアイのレーダーに映らないっていうのは気になるな。
結局、ホーネットが12機配備されている我々の306飛行隊から2機とトムキャットを12機配備している788飛行隊から2機の合計4機で向かうこととなった。
任務は不審船の監視。あと我々とともに発艦する、ゾディアックボートと特別警備隊(SBU)の隊員を積んだCH-53Eが2機に250ポンド爆弾を積んだトムキャットの護衛もしなくてはいけないのです。
なんという面倒臭さ!
でも大丈夫!この翔鶴にはホーネットのパイロットが1個飛行隊につき30人いるのです!機体の倍以上!すごい!
つまり私が飛ぶ可能性はとても低いと言っていいでしょう!やったね!
「よろしくお願いします」
そんな気はしてた。なぜか面倒ごとに限って当たるんだよ。
「おう、まかせろ」
長機に乗る山野大尉"フジ"が頼もしい返事をしてくれますが気分は晴れません。
「しっかり守ってくれよ?」
「大丈夫ですよ!クレーンが国防大に入ってきた時はデキる奴が来たって、ボーッとしてたら追い抜かれるぞって大騒ぎだったんですから!な?」
「いえ、あの。ありがとうございます。頑張ります」
トムキャットのパイロットのお2人、水岡中尉"ファイア"と真田少尉"ライス"も声をかけて私の緊張をほぐそうとしてくれています。
「いざとなったらこっちから声かけるから心配すんなって」
「そうそう。帰ってきた時にはホークアイなんかより頼りになったって言わせてみせるからな!」
ファイアのレーダー迎撃士官(RIO)である東中尉"サン"とライスのRIOの鈴野大尉"シャイン"も励ましてくださいます。
もう笑うしかねえ。
「それじゃ、デッキでな!」
「おうよ」
いつの間にかハンガーに着いたようです。帰りたい。
「そう気負うなって!俺たちだけじゃなくて先行してる奴らもいるんだからよ」
そうですね。その先行している2人から入ってきた1隻しか見当たらないって情報が最大の懸念事項なんですけどね。
「よし、またな」
「はい。また」
フジと別れるとエレベーターが動き出しました。今回私が搭乗する087番機の機付長が寄ってきて、搭載する燃料や武装に補助兵装。報告された不具合とそれに対する整備などの説明を機体の周囲をグルグル周りながら聞きます。
横にある963番機に乗るフジは説明を聞き終わり、機体に乗り込んでいるようです。
機付長の話も終わり、武装の搭載も終わったようなのでホーネットに乗ってキャノピーを閉め、カタパルトまで機体を進めます。
前輪がロックされると、言われた通りにラダーペダルをふみふみし、コントロールスティックを前後左右に動かして最後にグルグル回す。
武器整備員が武装の安全装置を解除したのを確認。あとはシューターの指示に従ってスロットルレバーをミリタリーの位置に押し込んだらデッキにいる人達に敬礼をして、コントロールスティックを触ってしまわないように右手でキャノピーの把手を掴んでおきます。
これで準備は完了。本当は嫌だけど、本当は嫌だけど!給料分くらいは働きますか。