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多次元学園の理事長、それは粘液

 九.


 掃除も一段落した頃、ブレイヴィリアが純喫茶ハザマに戻ってきたが、なぜか、野菜を満載にしたリヤカーを引いていた。その隣には、南海食堂ニライカナイの単眼オオトカゲの店主が付き添っていた。ブレイヴィリアはリヤカーをガーデンテラスに横付けすると、ワンピースの裾を豪快に捲り、庭木を飛び越えた。

「手伝え、阿部礼司」

「で、なんでリヤカーなんですか?」

 礼司が使い込まれたリヤカーを指すと、ブレイヴィリアではなく単眼オオトカゲの店主が答えてくれた。

「利害の一致ですよ、阿部君。私は街外れに広い畑を持っていまして、そこで育てた野菜を使ったお料理を店に出しているのですが、余剰分が出てしまうのです。それを学園の学食に卸してちょっとした小遣い稼ぎをしているのです。そして、ブレイヴィリアさんは私の店にそれはそれはツケを溜め込んでおりますので、野菜を運んで頂くことで一日分の代金をチャラにすると約束を交わしたのです」

 なるほど理に適っている。ブレイヴィリアは旺盛すぎる食欲には多少なりとも恥じらいを持っているので、やや赤面した。

 単眼オオトカゲはエプロンを付けた胸に四本指の手を添え、一礼する。

「申し遅れました。私、南海食堂ニライカナイの店主で化学者の端くれでもあります、伊良波・サイクロプス・龍造と申します。以後、お見知りおきを」

 では参りましょう、と伊良波と名乗った異星人は春キャベツの山を掻き分けると、その間にベテルギスクの巨体を寝かせるようにブレイヴィリアを導いた。ふんわりと巻いた若草色のキャベツの玉に囲まれている魔王は、ほんの少しだけファンタジックな光景だった。童話のビジュアルには毛ほども掠っていないのに、無意識にダブらせてしまうのは、ベテルギスクの性格のせいだろう。

 先程まであんなにシリアスだったのに、すっかり興醒めした。礼司は調子が出ないなぁと内心でぼやきつつ、狭間とジャクリーンに見送られながら出発した。



 登校する際の倍以上の時間を掛け、丘の上の学園に到着した。今度はマキナとは鉢合わせしなかったが、油断は出来まい。礼司は辺りを気にしながら校内に入ると、伊良波がキャベツの山の中から古ぼけた瓶を引っ張り出した。

「阿部君とブレイヴィリアさんは、理事長先生にお会いするんでしたね? でしたら、お心付けを持っていった方がよろしいでしょう。これは料理用にと学食の調理師さんにお分けするために持ってきたワインですが、モノは確かですよ」

「昼間っから酒ですか」

 なんて教育者だ。礼司は呆れながらも年代物のワインを受け取ると、伊良波は単眼をにんまりと細めた。

「そういう御方ですから」

「そういえば、私もまだ理事長先生とはお会いしたことがなかったな」

 汗一つ流さずにリヤカーを引いてきたブレイヴィリアは、学食を作るための厨房の裏口にリヤカーを着けると、春キャベツを始めとした野菜の山を厨房に運び入れていった。伊良波は学食側からの注文票と野菜の内訳を確認してから、ブレイヴィリアと礼司に礼を述べて校内に消えた。

 厨房の裏口から更に移動し、専門棟の一階の裏口にリヤカーを横付けした。礼司が引き戸を開けると、ブレイヴィリアは依然として気を失ったままのベテルギスクを頭上に担ぎ上げた。軽々とはいかなかったが、傍目から見ても百数十キロはあるベテルギスクを持ち上げられるだけでも凄まじい腕力がある証拠だ。

「よし、行くぞ」

 専門棟には人気はなく、スリッパを引っ掛けたブレイヴィリアと礼司の足音が異様に響き渡った。昇降口から入れば自分の上履きがあり、そこに取りに行けばよかったのだが、急ぎの用事なので二人揃って失念していた。だから、公開授業などで訪れる来客用のスリッパを失敬して上履き代わりにしていた。

 パソコンのキーボードを叩く気配や書類をめくる摩擦音が漏れ聞こえる職員室の前を通り過ぎ、数台のコピー機が狭苦しげに詰め込まれている印刷室の前を通り過ぎ、消毒薬の匂いがつんと漂う保健室の前を通り過ぎ、校長室の前を通り過ぎた先に、その部屋は存在していた。

 理事長室。両開きのドアは本場ヨーロッパの古城から運び入れたものなのか、他の部屋のドアとは明らかに違い、かなり年季が入っている。校章が入った朱色の垂れ幕は金の房に縁取られ、騎士団が掲げていそうだ。それだけではなく、ドアの左脇にはクロスさせた槍が掛けられていて、この分では理事長室の中に暖炉も設置されていそうである。極めつけは、ドアの右脇に飾られている全身鎧だ。

「ん、客か?」

 と、思ったら、その全身鎧が動いて喋った。礼司は心底驚いたが、考えてみればそうだ。担任の火ノ元も空っぽの鎧武者なのだから、リビングメイルの一つや二つがいても何もおかしくない。むしろ、いない方がおかしい。

「高等部三年A組のブレイヴィリア・エレクトリア・小林だ。そっちは、一年D組の阿部礼司、私が担いでいるのが阿部礼司と同じクラスの伊東・ベテルギスク十三世・三郎だ。理事長先生と面会したいのだが、取り次いで頂けるか」

 ブレイヴィリアがベテルギスクの下から顔を出すと、赤い房の頭飾りを付けて腰までの丈しかない赤いマントを羽織っている全身鎧は、人差し指でごりごりとマスクを擦った。

「そいつぁ構わねぇが、あいつの機嫌次第だからなぁ」

「理事長先生は気難しい御方なのか?」

「気難しいっつーか……まあ、変なんだよ。とりあえず取り次いでみらぁ」

 全身鎧はドアをノックしてから開き、理事長室に入った。

「おい、生徒が来たぜ」

 全身鎧の口振りからして、彼と理事長は随分とフランクな関係にあるらしい。ドアの向こうで何度かやり取りが交わされた後、ドアが開いて全身鎧が顔を出した。片手だけ出して手招きしたので、礼司と顔を見合わせたブレイヴィリアは、ベテルギスクを担いだまま理事長室に入った。

「失礼いたしまする」

「失礼しまーす」

 理事長、と仰々しい金文字が箔押しされた名札が乗ったマホガニーの大きな机には、誰も座っていなかった。背もたれが長く、肘掛けですらも立派な椅子もまた空っぽだった。分厚い本がびっちりと詰まった本棚の前にも、大理石のチェス盤が置かれている応接セットにも、日当たりの良い窓辺にも。誰かがいた痕跡があるとすれば、応接セットのテーブルの端にある、中身入りのワイングラスぐらいなものだった。ブレイヴィリアは一通り見渡してから、全身鎧に問う。

「理事長先生はどこにいらっしゃるのでありまするか?」

「目の前にいるじゃねぇかよ」

 ブレイヴィリアの問いに、全身鎧は肩を竦める。

「え、でも、どこにも誰も」

 礼司が疑いの目を全身鎧に向けそうになった、その時。

「ははははははははは、我が校の生徒としてはまだまだである。理事長という肩書きから、貴君らの拙い知性で思い起こしたであろう人物像と当て嵌まらぬからといって、そこにいないと言い切るのは早計にも程があるのである。そう、それは喩えるならば、上等なワインを地下のワイン蔵に入れて数日も過ぎないのに己に熟成したはずだと言い聞かせて封を切るようなものである。すなわち未熟、幼稚、貧弱、そして愚鈍であり愚劣の極みなのであるっ!」

 罵倒に次ぐ罵倒。低音の中に渋みと艶を含んだ独特の声色は、その内容が罵倒でさえなければ聞き惚れてしまいかねないほどだった。ブレイヴィリアは一瞬頭に血が上りかけたようだったが、ベテルギスクの重みで冷静さを取り戻した。

「御言葉ですが理事長先生、我らは生徒ではありますが曲がりなりにも客なのでありまする故、素直に姿をお見せになるべきではありませぬか。それが物の道理であり、上に立つ者の礼儀では」

「ははははははははは、さすがに一国を背負う姫騎士、それなりに弁が立つと見えるのである。だが、我が輩が客人と認めるのは生徒ではないのであるからして、そもそもその括りには入ってすらいないのである。来客であると認めた時点で我が輩はそこの鳥頭のリビングメイルに茶でも淹れろと指示を飛ばし、机にてそれらしい格好を取ってスタンバっているのである! 持て成すだけの価値を見出した相手にこそ、我が輩は神々しいまでの威厳と威光と権力と財力と性的魅力を放ちながらスタンバるのであるっ!」

 礼司はちらりと机を窺うが、そこには何もなかった。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな、という言葉がこの国にはござりまするが。更に言うならば、郷に入れば郷に従え、と学園の教師の誰もが口にいたしまする。それを踏まえますと、理事長先生もその道理に従うべきではありませぬか?」

 だが、ブレイヴィリアは負けなかった。しかし、理事長も手強かった。

「はははははははは、厳密にはそれを言い出したのは我が輩ではないのである。先代の校長であるからして、厳密には我が輩の志ではないのである。よって、その道理が適応されるのは我が輩よりも格下の者達だけであり、我が輩は我が輩だけを敬い、我が輩だけを信奉し、我が輩だけを慈しみ、我が輩だけを愛し、我が輩にだけ従えばいいのであるっ!」

 それは教育者以前に人としてどうなんだ。いや、人ではないか。

「じゃ、これは持って帰っていいってことですね」

 礼司は伊良波から渡されたワインを出してみせると、テーブルの上のワイングラスが独りでに動いて中身が波打った。と、いうことは。

「失礼しまーっす」

 礼司が背を向けると、理事長の裏返り気味の声が投げ付けられた。

「まあ待て待て待て! 待てと言っておるではないか、この我が輩が!」

「御挨拶出来ないんじゃ渡しようがないですよ」

 礼司がドアを開けて外に出ようとすると、全身鎧が笑い転げた。

「うっひゃっひゃっひゃっ、そりゃそうだ!」

「うむ。時間の無駄だったな」

 ブレイヴィリアも前後を反転させてドアに向いたが、その際にベテルギスクの尻尾の先がチェス盤とワイングラスに触れ、駒が散らばったばかりかワイングラスが絨毯に転げ落ちた。すると、全身鎧がピースサインをした。

「俺の勝ちぃー」

「待ったと何度も申したではないか! それを聞き届けずに手前勝手に駒を進めたばかりか我が輩の麗しきクィーンを奪い去っていったばかりか、己の勝ちだと確信するのは愚行の中の愚行でありっ!」

「いい加減に負けを認めろよ。生徒の前だぞ、見苦しいったらねぇや。ていうか、俺と指して負けるってんだからよっぽどだぜ、おい。じゃ、来週の飲み代はお前が払うってことで決まりな。証人もいるわけだしよ」

「おのれぇっ、低級な人間の残留思念がこびり付いた中古の鉄屑の分際で!」

「じゃーなー」

 ひらひらと手を振りながら立ち去っていく全身鎧に、ワイングラスの中身はごぼごぼと泡を立てながら喚き散らした。剣崎(けんざき)・リビングメイル・攻次(こうじ)めがっ、この我が輩から逃げられると思うな、次回こそは貴君に全額払わせてくれるっ、と金切り声に等しい罵倒の嵐を浴びせていたが、当人は姿を消していた。つまり、あのチェス盤で行われていたのは飲み代を賭けた一戦だったらしい。要するに、昼下がりに縁側で将棋を指しているステテコ腹巻き姿のおっさん達となんら変わりがないということだ。一気に所帯染みてきた。

「ええい剣崎めが、この我が輩を何度も陥れおってからに……。この生徒共を招き入れたのは、我が輩の再三再四に渡る待ったを認めたからではなく、勝負を勝ち逃げするための策略だったということであるか。剣崎の分際で我が輩を填めるとは、忌々しいったらないのである」

 ワイングラスの中身はぐちぐちと零していたが、にゅるんと赤紫色の短い触手を伸ばし、礼司らに向けてきた。

「ええいもう追い返すのも面倒臭いのである、貴君らは我が輩に一体何の用事であるのかね! 退屈なことであったらば、気管を塞いでやるのである!」

「ベテルギスク十三世をアストラル界に送り返してやりたいのだが、特異点を開くための権限を持ち合わせておられるのは理事長先生だけでござりまする。ベテルギスク十三世は生まれ育ったアストラル界へと帰還するため、特異点を解放して頂けるという約束を理事長先生と交わしていたのではござりませぬか?」

 ブレイヴィリアはベテルギスクを床に下ろし、座らせた。ワイングラスの中身は重心を器用に動かしてワイングラスの底を回転させ、テーブルを横切ってから、赤紫色の触手を細長く伸ばしてベテルギスクを覗き込んだ。

「ふむ。確かに、ゴールデンウィーク前にそのような話を火ノ元先生から寄越されていたのである。我が輩は生まれながらにして全知全能であり才能と名の付くものは一つ残らず身に付けていて向かうところ敵など存在し得ないという完璧の中の完璧であって非の打ち所を探し出せる者がいるならば顔を見てみたいと思うほどの存在なのだが、特異点を操るのは事実上不可能なのである」

「てことは、ベテルギスクを帰してやれないんですか?」

 礼司が友人と理事長の間で視線を行き来させると、ワイングラス一杯分にも満たない質量の理事長はこぽんと小さな泡を吐く。

「早とちりにも程があるのである。我が輩の雄弁かつ無駄のない弁論を聞いてはおらぬのかね? 確かに我が輩は多次元宇宙を貫き、連ね、重ね合わせた特異点に関わる権限は持ち合わせているが、それはあくまでも螺倉という奇妙な異次元空間の管理を任されただけであり、特異点を操れるという意味ではないのである。特異点とはブラックホールの中心であり、重力の固有の大きさが無限大になってしまう点であり、すなわち無限の可能性と深さを宿している宇宙の神秘の結晶である。それ故に人智だけでなく人外智をも遙かに越えているのであるからして、いかに優れた我が輩であろうとも、ドアのように開けたり閉めたりは出来ないのである。そんなことをしてしまえば、これまで保たれてきた次元同士の微妙なバランスが呆気なく崩壊し、全宇宙の財産たる我が輩を含めた螺倉の住民だけでなく、多次元宇宙そのものの崩壊まで招きかねないのである」

「じゃあ、今まではどうやって行き来していたんですか?」

 理事長の物言いに苛ついた礼司が眉根を顰めると、ワイングラスの中身はワックスを塗りたくった上に洗剤をぶちまけたような滑らかさで喋り立てる。

「はははははは、それは螺倉を統べる者達の最高機密であるのであるからして、一介の生徒に口外出来るような事実ではないのである! 制御可能な情報処理能力を持ち合わせているのはこの世でただ一人なのであるからして、そう易々と接触させるわけにはいかないのである! 貴君らは特異点を悪用出来るほどの頭もなければ悪知恵もないと見えるのであるが、油断は禁物なのであるからして一滴も漏らしてはならぬのである! それ以前に特異点と螺倉が接近し、接触した上で多次元宇宙と行き来するための穴を開くタイミングは限られているのであるからして、穴が開いたからといって選んで行けるものでもないのである! 全ては宇宙意志である! 彼を除いて!」

「じゃ、その彼ってのを呼んで下さいよ」

「はははははは、呼び立てたところで来るとは限らないのである! 彼は自由であり奔放、それ故に不条理! 我が輩の言葉に耳を傾けてくれる保証はどこにもなく、そもそも耳と呼ぶべき生体器官は備えていないのである! っであるからして、さっさとそのワインを置いて立ち去るといいのである! 伊良波は酒を嗜みはしないが舌は本物であるからして、奴の選んだ酒であるならばまず間違いないのである! 今夜は剣崎を返り討ちにする一手を捻り出すため、我が輩の単細胞直列型情報処理器官を最活性化させるために一瓶空けてやるのである!」

「そういうわけにはいかないんですよ。てか、さっさと話を進めさせて下さい。でないとこれ、そこの排水溝に飲ませますよ」

 礼司はドアを開け、廊下にある洗面所をワインボトルで指した。

「生徒にあるまじき凶行であるな……。ええいならば致し方ない、今回に限って彼を呼び出し、その驚異的な演算能力を駆使してもらうのである」

 最初からそうしてくれ。礼司のみならず、ブレイヴィリアもそう思っていた。ごとごととテーブルを進んだワイングラスは、テーブルの端に到達すると何度も飛び跳ねるが、一センチも上昇しなかった。理事長が机に昇りたいのだと気付いたブレイヴィリアが仕方なく手を貸すと、気付くのが遅いとひとしきり罵倒された。なんでこんなのが理事長をしているのだろうか。

 理事長は赤紫色の細い触手を内線電話に伸ばすと、受話器を持ち上げてワイングラスの柄に当てた。振動で音を感知するからだろう。細い触手で手早く番号を押し、少々の間の後に喋り始めた。

「ははははははは、我が輩こそが全宇宙の財産であり多次元宇宙の至宝であり特異点の守護者である糸引(いとひき)・ゼラチナス・(すべる)理事長であぁあああるっ!」

 こんなものを電話口で聞かされている相手に、礼司は心底同情した。

「と、いうわけであるからして、早急に学園にご足労願いたいのである!」

 主語だけでなく何もかも抜かしやがった。これで果たして意味が通じるのだろうか、と礼司が不安に駆られていると、返事があったらしい。

「うむ……ふむ。そうか、ならばどうしようもあるまい。ええい嘆くでないぞ、我が輩までなんだか切なくなってくるではないか」

 いきなり雲行きが怪しくなってきた。理事長はことりとワイングラスを傾け、気色悪いほど優しい仕草で受話器に寄り添う。

「ならば我が輩の膝で泣くがよいぞ、愛しき我が同族よ。厳密には異なりはするのであるが、生態系や生体組織や塩基配列は割と似通っているのであるからして。ん、何であるのかね? ふむ……」

 ワイングラスの中身が波打ち、礼司を捉えた。ように感じた。

「ならばタイミングは最高なのである。では、向かわせるのである」

 そう言って、理事長は受話器を置いて通話を切った。

「で、何がどうなったんですか? さっぱり展開が読めないんですけど」

 理事長は重心移動でくるりとワイングラスを回し、二人に向き直る。

「あまり引っ張ると面倒だから伝えてしまうのであるが、多次元宇宙を連ねる特異点を操作出来るほどの演算能力を持ち合わせている生命体とは、貴君のクラスメイトである青沼ジュリエッタなのである」

「えぇー……?」

「なんであるか、その不満極まりない上にぶっちゃけ有り得なさすぎーとでも表現すべきだらしない面構えは。だが、貴君らが日頃接している青沼ジュリエッタとは本物の青沼ジュリエッタではなく、青沼ジュリエッタとしての意識を保つために本体から分離させた分身なのである。そして、青沼ジュリエッタがスーパーコンピューター数千万台分の演算能力を備えるために不可欠な生体部品があるのであるが、それは今や青沼静子嬢のスケキヨマスクと化しているのである」

「え? あれってジュリエッタの体の一部だったんですか?」

「そうである、大脳皮質である。もっとも、次元の自己修復能力を受けているがために体積は数万分の一に縮んでしまってはいるのであるが」

「うっ……」

 大脳皮質と聞いて、ブレイヴィリアが呻いた。それはつまり、青沼静子はジュリエッタの脳みそで顔を覆っているということだ。考えただけで生臭そうだ。

「だが、今し方ジュリエッタと交わした電話によれば、青沼静子嬢は昨晩の合コンで出会った男を連れ込んでいるそうである。よって、貴君らはジュリエッタを慰めに行ってはくれまいか。というか行け、行かねば三日三晩に渡って罵倒のハリケーンなのであるぞ」

 話題の生臭さも数十倍に増した。だが、静子に限ってそんなことがあるのだろうか。ジュリエッタが好きすぎてどうにかなりそう、というより、既にどうにかなっている静子が人間の男に目移りするだろうか。礼司は疑問が駆け巡ったが、早く行ってやれ、と理事長にせっつかれてブレイヴィリアとベテルギスクと共に理事長室から追い出された。事態は混迷しているばかりか、腸捻転を起こしそうだった。気を失ったままのベテルギスクを廊下の隅に置き、ブレイヴィリアは眉を八の字に下げた。礼司も似たような顔をしている。

「頼み事をしに来たはずなのだが、なぜ私達が逆に頼み事をされるんだ?」

「でも、逆らうとまた面倒なことになりそうな」

「だなぁ」

 ブレイヴィリアは珍しく疲労の色を見せ、ベテルギスクの隣に座り込んだ。礼司はベテルギスクを間に挟み、壁に背を預けて腰を下ろす。ブレイヴィリアは恐る恐るベテルギスクの硬い腕に触れると、目線を左右に彷徨わせながらも頬を緩めた。触っても投げずに済んでいる。これはかなりの進歩だ。

「で、先輩ってなんでそんなにベテルギスクのことを気にするんですか?」

「貴様に言うようなことか」

 つんと顔を背けたブレイヴィリアの横顔は、軍人らしい硬さもなければ姫騎士らしい強さもなく、年相応の柔らかな面差しになっていた。それはつまり、そういうことなのだろう。礼司はちょっとにやけた。

「そう言われると、余計に気になるじゃないですか」

「べっ、別に私はベテルギスク十三世に対して好意を抱いているわけではないからな!? 本当だぞ、王家の騎士が嘘など吐くものか!」

 おおツンデレだ。礼司は一層にやけながら、聞いてない振りをした。

「わっ、私がこいつにいちいち構うのはだな、ベテルギスク十三世の骨格に惚れ込んだからであって、奴自身の人格やら何やらに対して興味を抱いたわけではないっ! 奴の骨格の形はそれはもう見事なのであってだな、外殻を落として皮を剥いで肉を削いで臓物を抜いて乾燥させて魔法塗料で塗りたくって加工すれば、私の身体に合う極上の鎧となるのだ! 頭蓋骨は兜に、肋骨は甲冑に、手足の骨は半分に割ってガントレットとし、翼は私の魔法を孕んで風を掴む魔導翼に作り替え、背骨はムチの如くしなる剣と成し、骨盤はなめした皮を張って盾とし、血肉と臓物は霊薬として壷に詰め、私だけの所有物とするのだぁあああっ!」

「和睦するんじゃなかったんですかぁ?」

 一瞬にしてヒートアップしたブレイヴィリアに礼司がおののくと、ブレイヴィリアはベテルギスクの硬いウロコを殴り付けながら宣言した。

「和睦するとも。そしてその暁には夫婦の契りを結び、私の身体に合う骨格を維持させるために奴の寝食やら何やらを掌握し、肉と皮を滑らかに育て上げ、血を清め、ベテルギスクが己が寿命で朽ちる時まで寄り添ってやり、そして同じ墓に埋もれるのだぁあああああああっ!」

 デレるまでが遠回り過ぎやしないか。やはりブレイヴィリアは、骨の髄まで戦闘民族だ。彼女の生きてきた世界では、肉体言語以外は通用しないのだろう。その上、郷に入っても郷に従う気が更々ない。今更ながら、礼司は魔王に同情した。


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