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続モノマ

(空気が重いな……)

 

 門の陰に隠れ、息を潜める。ヨミの立てた作戦により、突撃の合図を待っていた。どうしても目線が一点に定まらない。きょろきょろしていると足元に黄色の草花が小さく芽吹いているのを見えた。


「こちらの夜はとても明るいですね。あんな大きな月、初めて見ました」


 口を開かずには居られなくて、清人は隣にいるヨーコに声をかけた。


「そうらしいナ。ここに来た者は先ず、あの大きさに驚くヨ。オマエも、この世界で初めての月だよナ?」

「そうです。こっちに来て早々、三日間も眠っちゃいましたし」


 街灯、ビルの明り、ネオンサインに彩られた街の夜が思い出される。あの賑やかさに比べればさすがに控えめと言わざるを得ないが、一つの色に染められた世界というのもどこか華やかに見える。月光がモノ本来の色をそのまま浮かび上がらせたようで、決して単一色の世界ではない。

 

 元いた世界の控えめな月とは趣が違うが、あの自己主張の激しい月は清人にとって頼もしく思えた。この光の中ならば存分に戦えそうだ。この夜中に襲撃と聞いて、暗闇の中で見えない恐怖が敵になるかと不安だったが、その心配をしなくていいのは嬉しいことだ。


「真っ暗な中での戦闘って今までにありました?」

「いや、ないナ。どういうわけか、この地域では雨が全く降らないんダ。すぐ近くの川から、砦内まで水路を引いてあるから、水には困らないんだけどナ。夜は必ずあの月がワタシたちに挨拶してくれるゾ」


 清人が安心したように息を吐いた。それを見たヨーコが言葉を続ける。


「でも、勘違いするナヨ? あくまでこちらに不利がないというだけダ。元々、穢れから生まれた荒喰アラクイ共には、暗闇など関係ないからその強さが変わるわけじゃナイ」

「――荒喰?」

「ああ、この世に仇なす霊のこと、あの化け物どもの総称ダヨ」


 言葉を終えると、ヨーコは急に両耳を押え、真剣な顔つきになった。


「ヨミからの伝心きたゾッ! 作戦遂行、行くぞミンナッ! 明日に会おゥッ!」


 門が開き、戦場に繋がる境界が段々と拡がっていく。


 敵は数十に及ぶ物魔モノマ愚霊オロチという悪霊に憑依されたモノを物魔と呼ぶそうだ。愚霊自体はさほどの戦闘力を持たないらしいが、憑りつく先にその生死も対象も問わないということで、物魔ともなれば、憑依先によっては危険度が跳ね上がると教えられた。


 物見によって確認された物魔は、植物型と四足歩行の動物型と、そして、二足歩行、つまりヒト型。


「新入り、どうだ、怪我を負って地に足はついたか?」


 走りながら背後から声がした。振り向くとあの若い男、ヒサヒがそこにいた。


「先日は助けていただいて、ありがとうございました。お蔭様で実感出来ましたよ、『死の恐怖』を」

「そうか。だが、それだけではまだ足りない――」


 そういうとヒサヒは清人の横を抜けて前方へと飛び出した。


「見えタッ! では、作戦通り行くゾッ! まずは後方の植物型をぶッ潰セッ!」

「オウッ!」


 遊撃隊の数は十人。他のものは全て、砦内に留まっている。


(春日も上手くやってるようだな)


 清人は砦の方を向き、弓を射る人影を見た。物見櫓の数は、北門に三つある。そこに今、五人ずつ詰める形で配備され、門前に群がる敵を弓で迎え撃っている。春日はその弓の技術を見込まれ、その隊の中に入った。


(弓術は、てんであいつに敵わなかったからな……)


 春日の父親が宗家を務める『天国アマクニ流』は、剣・槍・弓・手・組を主に教えている。清人は主に剣と手を習った。弓も試してはみたのだが、その才能のなさに早々に諦めた。それというのも、天才と呼べる人間がいつも隣にいたからだ。


「清人! ぼさっとするなヨッ!」

「は、はいっ!」


 前方から喝が飛ぶ。清人は前を向くと敵との距離を確かめた。


「キヨヒトの名のもとに願い奉る。汝、虚から実、空から刀となりて我が敵を断ち斬り給へ」


 清人の右手が明るく光る。精鋭揃いの遊撃隊に、実戦慣れしていない新参が組み込まれたのも、剣術の経験があるからというよりも、この特殊な右手を持ったからだ。


「ハァーアァッ!」


 ヨーコが背中の大剣を抜き、空高く飛んだ。標的は巨大な食虫植物のような物魔。その左右の口が、ヨーコの体を一飲みにしようと大きく開かれた。ヨーコは構いもせずに、大剣を一直線に振り下ろす。


 ギャアアアッ


 ヒトのような叫びを上げ、物魔は見事に両断された。紫色の液体が、じゅわっと地面に流れ出す。


 その後ろに隠れるようにして、犬型の物魔がいた。自身の獲物を見据えると顎をくわっと開いたが、その口は胴まで裂けて続いていた。間髪入れず、ヨーコに向かって飛びかかる。


 清人は、その間に体を滑り込ませた。犬型物魔の獲物が清人に変わる。その牙が清人の間合エリアに侵入してくるのを感じ、斬撃の軌道を頭の中で具現化させ、赤く光る右手を横に払った。


 上下に開かれた大口が、新線な血肉を目前にしながら、流動の中で別れを告げた。


 清人は自らの右腕をまじまじと見た。剣術の道で人剣一体が理想だとは言うが、幸か不幸か、文字通り刀が体の一部になったのだ。その感覚が美酒を知らない清人に『酔い』というものを自覚させた。


『生き残るために相手を殺す。それが何であろうとだ。単純明快だが、オマエたちにそれが出来るか?』


 ヨミの言葉が頭を過る。しかし、殺した罪悪感が湧かない。この右手に手応えが全くないのだから。


「ヨシッ! 次に行くゾ、清人! 付いてコイッ!」

 

 ヨーコの顔は楽しそうに笑っていた。清人も、体の奥底から沸々と込み上げる歓喜を抑えきれず、それを口から吐き出したい衝動に駆られた。


 一体、また一体と眼前の獲物を屠り去る。植物系の物魔は、近くに寄ればどれもこれも口を開いて喰い付こうととするばかり。それさえ恐れなければ、後の先を取る、身を捻って攻撃をかわし斬り返す、走るに合わせて一振りと共に横を抜く、など簡単に倒すことができた。

 ――闘争の流れに身を委ね、感情の発露に腕を委ね、思うままに斬り伏せる。


(『狩られる』スリルに『狩る』愉しさ。何というか……最高の気分だ!)


 キャラクターの右腕だけを操り敵を倒す。そんなゲームをしているという錯覚さえ覚えた。


 気が付けば、植物系の物魔は目に付く限り倒し終えていた。事前に警戒されていた遠方からの触手による攻撃も、清人自身は味わいことなく終わった。


『奴らはその遠距離特性ゆえに放っておくと危険だが、接近すれば攻撃方法が限られるため、簡単に脆く崩れる。門前で他を引きつけるから、植物系物魔を先に駆逐してくれ』


 作戦は順調に進んでいる。周囲を見渡すと、清人を除く遊撃隊員全て、門前へと走り出していた。


(さすがに経験値が違う)


 さすがに精鋭の部隊、人的被害は一切ないようだ。新参の清人はその強さに素直に感嘆した。後はヨミの作戦通りに、門を壊そうと群がっている物魔たちを背後から強襲し、殲滅すれば終わりだ。


『物魔を支配している愚霊はヒトの魂の穢れで出来ていて、欲望と本能の塊であるために、純粋な攻撃力こそ飛躍的に増大しているが、容れ物本来の感性や知性はない。故に容易に背後を取れる』


 清人もみんなの後を追う形で、走り出そうとした。――その時。


「きゃあああっ!」


 砦方面から逆、清人の背後の方向から、絹を裂くような『ヒト』の悲鳴が響いてきた。



「くく、来るなっ! 近くに来るな化け物オォォッ!」


 女は腰を抜かせたように倒れ込み、手当たり次第に石や砂を投げつけた。体の何処かに命中した手応えがあったが、化け物はお構いなしにじりじりと歩み寄って来る。異形の腕を地面に引きずりながら。


 ついさっきまで、その化け物は女にとって最愛の人だった。


 この付近を彷徨うように歩いていた二人は、遠くにある喧騒に気が付いた。何のあてもなく、どこに行くにも場所が分からず、この世界を漂流していた男女にとって、人の声を聞いたことは漆黒の海にあって灯台の光を見つけたに等しかった。

 音を頼りに、藁にもすがる思いでここまでやってきた。


 周囲に光を出しながら浮遊するものがあった。蛍ではない、その大きさが異様なことを感じてはいたのだが、二人にとっては前方から聞こえる人の声こそ光明だったのだ。


 ヒトと化け物が戦っている――その光景を見たところで、突然、光たちが襲ってきた。男は女の体を突き飛ばすと、庇うようにしてその前に立った。

 

 女は光の姿をはっきりと見た。人の顔。目は抉られ、薄い皮はただれ落ち、頭骨が剥き出しの人の顔。


 それが、目の前に立ちふさがった彼氏の体に喰らい付き、吸い込まれるようにして消えた。刹那、背中の肉がボコボコと盛り上がり、左腕がボトッと無造作に地に落ちた。目の前のモノが緩慢な動作でその腕を拾うと、あろうことかその腕を口元に持って行き、喰らった。


 ――ヌチャ、ミチッ、クチャァ、ガリッ、ボリ……


 愛した男が自らの腕を貪り喰う様に、女は魅入られた。異形の化け物に変わっていく様をまじまじと見せつけられ、地面を濡らした。心がどこかに消えていた、その顔がこちらを振り向くまでは。


「やめて、よ、よらないでぇ……てっちゃああぁんっ!」


 男は、最愛の女性が怯える様子を精いっぱい慰めようと、熱く力強く抱きしめた。



「こ、これは……」


 清人が声のした場所へと駆けつけると、二人の男女が抱き合っていた。だがそれは、ただの抱擁ではなかった。女性の体はエビ反りとなって力なく曲がり、その目が背後に立っているはずの清人をじっと見ている。口からは泡のように血を噴き、それが頬を伝って流れ落ちていた。


 あまりに凄惨な光景が、清人の足を竦ませる。今し方まで湧き立っていた高揚感は、呼吸と共に、体外へと流れ出てしまった。頭が空っぽになって、何をすべきか定まらない。見知った顔だということが、その状態に拍車をかけた。


(間違いない、あの二人だ。最初の場所に居た、あの大学生風の二人……)

 

 右腕が微かに疼く。放心した清人はその僅かな鼓動に気付かないでいた。



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