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続々ヒミズガミ

「オマエたちに武器は渡した。だが、勘違いするな。ここでの戦闘に関してはまだ素人なのだ。それを肝に銘じなければ、その武器はオマエたちを護るものではなく、害するものになるぞ。無論、最前線で闘う必要などない。ここに居る非戦闘員を守れ、そして、絶対に死ぬな。それがオマエたちの最初の任務だ」


 ヨミはテキパキと準備を進め、自分の持ち場に帰っていった。ここは砦の中にある大きめの建物の一つで、現在、30人ほどが詰めている。ここを含む、計三箇所に住民と護衛を配置していた。清人、春日、美穂の三人は、それぞれが一箇所ずつに分散しての配置になった。新米3名が揃うと、その場所の戦力が低下するという判断によるものだった。

 女性の美穂は危険ではという声が一部の兵士から上がったが、ヒミズガミに蹴りを入れたところをどうやってか物見の人が見ていたようで、「あの蹴りを食らえば、ミミズどころかイノシシだって倒れるね」の一言から、歓声と共に迎えられた。


「お兄ちゃんはどこの人? 見たことないけど新しく来た人なの?」


 小さな女の子が清人に話しかけてきた。その手には色褪せたウサギのぬいぐるみが抱かれている。ただ、古そうなモノにしては、毛の傷みがあまりない。大切に扱ってきたのだろう。


「そうだよ。キヨヒトって言うんだ。よろしくな!」

「あたしヒミコ! よろしくね!」


 名前を告げると満足したのか、ヒミコは嬉しそうにスキップをしながら元居た場所へと戻って行った。清人がヒミコの後を追うようにしてその方に目をやると、一つの事実に気が付いた。


(大人の数よりも、子供の数の方が圧倒的に多い)


 理由は何となくわかった。大人は戦いに出る。一万人から現在の数になるまでに、一体どれほどの人々が化け物との戦闘によって命を落としたのか。子供たちが談笑する様子を見ながら、清人は暗鬱あんうつとした気持ちになった。


「よう、キヨ……ヒトだったっけな。お前の名前はヨミさんの紹介で聞いたが、俺の自己紹介はしてないよな? タケオってんだ。よろしくっ!」

「ど、どうも、よろしくお願いします。タケオさん」

「んで、こいつが俺の息子のハヤタだ。ハヤタ、ほれ、挨拶しろ」


 右手に身長くらいの槍を持ち、不精ひげを生やした中年の男が声をかけてきた。如何にも屈強な衛兵という出で立ちだ。その大柄なお父さんの後ろで、恥かしそうにもじもじとしている男の子がいる。


「ハ……ハヤタ、よろしくで……す」

「キヨヒトだ。よろしくな、ハヤタ」


 清人はハヤタの頭に手を置いて、「挨拶出来てえらいぞ」と優しく撫でた。ハヤタはうつむいたまま顔を赤らめて、逃げるように子供たちが集まっている所へ走っていった。


「あれの母親に似たんだろう、極度な人見知りでな。気を悪くせんでやってくれ」

「いえ、そんな。奥さんもここに避難してるんですか?」


 ある考えが頭をよぎりハッとした。(しまった)と後悔するも遅かった。ハヤタと一緒に紹介しなかったということは、もしかしてということもある。あまりにも軽率な発言だった。


「俺の家内、ハヤタの母親はな……」


 タケオが静かに目を閉じた。清人は次の言葉を待つ間に唾をゴクリと飲み込んだ。


「ほれ、あそこにいるよ」

「あ、え?」


 視線の先に、こちらの様子に気が付いたのか、控えめに手を振っている笑顔の女性がいた。タケオの方に視線を戻すと、してやったとばかりにニヤニヤしている。ひっかけられた悔しさか、それとも安堵からなのか、大きな溜め息が一つ、清人の体から漏れて出た。


「ははっ、そう緊張するな! その顔をする奴の考えていることは大体分かる。仮にお前が懸念した通りだったとしても、ここに来たばかりの人間が気にすることじゃあない。だがな、俺たちの仕事は、新しく来る仲間たちにさっきのお前と同じ想いをさせないことだ」


 タケオが清人の背中をバンバンと叩く。


「はっ、はい!」


 その気遣いに息を詰まらせながらも、清人は、短く強く返事をした。その返事を聞いたタケオは満足そうな顔をして、シメとばかりに清人の肩を軽く叩くと子供たちの方へ歩いて行った。


「新入り。そんなに浮ついてると――死ぬぞ」

「え?」


 背がすらっと高く、その背中に大きな毛皮の入物を負った若い男が、ぼそっとひとことだけ言って通り過ぎた。その言葉に反感を持つよりも先に、心にチクリと何かが刺さった。その真意を確かめようと手を伸ばすが、声は喉から出ようとせず、足は吸盤で貼り付けられたように動かない。


(浮ついてる……?)


 清人は自らの足元に目を落とした。なぜ、そっきの言葉で足が動かなくなったのか。その理由を考えていると、遠くからヨーコの声が聞こえた気がした。

 ――間違いない、聞き分けやすい甲高い声、ヨーコだ。何やら叫んでいるのは分かったが、周囲の喧騒が邪魔をして内容までは聞き取れない。心なしか、その声が段々と大きくなっているような気がする。


 清人は扉を開け、通りに出た。耳の感覚は当たっていた。遠くからこちらに向かって走って来るヨーコの姿がそこにあった。そのヨーコの前の土が、半身を隠すほどの高さで盛り上がっていた。それが猛烈な勢いでこちらに接近してくる。


(でかいっ!)


 土の盛り上がり方が、その幅も高さも前に見たものとは比べてもようもなく大きかった。地面に伝わる振動が局所的な地震のようで、気を抜くと足を持っていかれそうなほどに強い。必死に体勢を崩さぬようにしたが、それも叶わず左手をついて体を支えた。


「なんだ、この揺れはっ!?」

「タケオさん、ヒミズガミです!」


 飛び出して来たタケオに、敵の来訪を伝える。建物の中から続々と守役の人たちが出て来た。


「キヨヒト! 飛べっ!」


 タケオが叫ぶ。その言葉がなければ、清人の体は、永遠に失われていたかもしれない。反射的に近くの地面へ飛び込むようにして逃げたが、そこに巨大なヒミズガミが目前の邪魔な土を喰らい、大口を開けて飛び出てきたのだ。


 ズシンッという音と共に足元が揺れ、押し潰された空気によって砂場埃が周囲に撒き散らされる。


「なんだ、こいつ。最初に見た奴らよりケタ違いにデカい……」

「これがヒミズガミの成体だ。狩り場に出やがるのはほとんどが幼体。客人もだが、ここらにいるニンゲンは、こいつらがでかくなるためのエサってこった」


 先ほどの若い男だった。今度はよく顔が見えたが、年齢は清人よりも少し上というところだろうか。手にしている得物が巨大な『鉈』のようだ。その背中の毛皮袋に包まれていたものらしい。


「お前は中に入って子供たちの面倒をみてろ。後は俺たちでやる」


 そう言うと、男は清人の前に進み出た。


「わ、わかりました」


 一瞬、悔しいという想いが心を過ったが、正直なところ、あのデカさの化け物を相手にどうやって戦えば良いのか見当もつかなかった。勝つためのイメージが全く湧いてこない。


「みんな無事カァーッ!?」


 息を弾ませながらヨーコがそこに合流した。あの時、幼体だったとはいえ、一瞬で3体のヒミズガミを倒して見せたヨーコ。清人はこれで大丈夫だと中の人たちを励ますために、急いで建物の中に入った。


 ――部屋の中の光景は、清人の希望を絵にすることなく、一瞬で吹き飛ばした。


 ハヤタが、ぶらんとした格好で宙に浮いている。周りの子供たちは恐怖にすくんだようにして震え、動けずにいた。泣き出しそうになるのを、口をきゅっと結んで我慢しているのがわかった。少数いる大人たちも自分の子供を、自らの体で覆うようにして声を殺し、うずくまっている。

 その中でただ一人、言葉にならない呻くような声で必死で何かを訴えている女性がいた。


「ハ……ハヤ、タ。ハヤタを……離して……」


 少し照れくさそうに微笑んだあの女性だ。タケオの妻でハヤタの母。倒れた体を引きずり、ハヤタの体を掴もうと懸命に手を伸ばしているが、無情にも距離の壁が立ちはだかっている。その腕を伝い、赤いものが滴り落ちていた。


「ハヤタァーッ!」


 ヒミズガミの口から舌のようなものが伸び、ハヤタの体に巻き付いている。サイズ的に幼体だろうが、ハヤタ程度の大きさならば一飲みにしそうだった。その中にあって、ハヤタはピクリとも動かず目を閉じて力なく腕を下げている。

 大声でハヤタの名前を呼び、清人は走った。ヨミから渡された武器が腰の横で忙しなく揺れるが、構うことなく全力で腕を振った。


 ヒミズガミがこちらの方に頭を向けた。ヨミからは事前に、ヒミズガミが大きな音に反応する特性を持っていることを伝えられていた。この場にいる子供たちや大人たちが悲鳴を上げずに、じっとその場で耐えているのもそのせいなのだ。


「おいっ! こっちだデキ損ない!」


 もう一度、挑発するように声を上げた。猛り狂ったヒミズガミの体が、円を描くようにぶるんと大きく揺れる。その体の動きに合わせて、ハヤタの体を重しにして遠心力をつけた舌が前方へと投げ出された。

 

(危ないっ!)


 振り回されたハヤタの体が固い石の壁へと向かっている。それを見た清人は、走り込む勢いそのままにハヤタと石壁の間に体を投げ出した。


 ――がはっ……

 

 右半身に重い衝撃があったが、何とか体を捻るようにしてハヤタの体を正面に捉える。しかし、その勢いを殺すことは出来ず、そのままの姿勢で後ろの石壁に叩きつけられた。


(いってえ……だけど、これで)

 

 何とか意識を繋ぎ止めると、ヒミズガミの舌を左手で掴んだ。そのまま手繰り寄せる力で体を引き起こすと、ハヤタの体と位置を入れ替え、腰のカタナへと右手を伸ばした。


「えっ?」


 この状況にあって、思わず間の抜けた声が出た。カタナを抜いた。それも驚くほどに手応えがなく。その理由が分かると今度は魂が抜けた。視線の先にあるはずのものがない――鍔から先の刀身がないのだ。


(どうすんだ、どうすのよこれ? やっぱりあの人、ロリシスコンで変態でオッパイなだけだった!)


 頭の中で思いつく限りの悪態をついていると、ボトッという音がして、左手がふと軽くなった。下に目をやると断ち切られたヒミズガミの舌が落ちていた。忘れていたように切断面から飛び散った体液が壁と床を緑に染める。 口の中の牙以外に毒がないのは知らされていたが、反射的に顔をそむけ、カタナを持つ手で受けるようにかばった。


「バカ野郎ッ! 目を逸らすなっ!」


 あの若い男の声だった。刹那、右手に大きな衝撃が加えられ、燃えるように熱くなった。鋭いものが肉を削り、押し潰し、腕の中へと侵入して来る。

 その全てが静寂の中で行われ、感触がじわじわと脳に刻まれていく。腕の中の硬いものが行く手を阻むが、それは意に介さず深奥まで達した。


 時の流れが戻って来ると、宙空を支える腕の重さがはたと消えていた。

 

 ――叫び声を上げただろうか。その後のことは覚えていない。気が付けばまた、あのベッドの上だった。


『現在、砦内の人口調査中。数名の負傷を確認。農業、工業、商業共に、目立った発展はなし』

 

 

 

  

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