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続ヒミズガミ

 地面に突き刺された太い丸太が、視界の先まで規則正しくずらりと並ぶ。一様にその尖端が三角に削られていた。遠くからでも雄壮に見えたが、近くまで来ると巨大な壁の圧迫感が尋常ではなかった。視線を段々と上げていくと、空と壁の境界に、覗くようにして物見櫓ものみやぐらのようなものが見えた。


 目前の門がギシギシと重い音を立て、左右にゆっくりと開かれていく。


「オカエリナサイッ! ヨーコちゅあぁぁんっ!」

「バカ、やめロッ! 来るナッ!」


 門が開いた瞬間に、両手を広げた女の人が物凄いスピードで駆けて来た。その猛烈なぶちかましにヨーコは「おうふっ」と息を詰まらせる。そのままぎゅうっと抱き上げられると、二人の体は二転三転しながら、遊園地のコーヒカップのように踊りながら跳ね回った。


 ドカッ!


 鈍い音が辺りに響くと、飛びついた女性は頭を抱えてうずくまった。ヨーコは頬を朱色に染めて、プンスカッとでも口から出そうな顔をしている。


「まったく、新入りたちの前で恥かしいだろうガッ!」


 周りにいる人たちが「ガハハッ」と豪快に笑った。その声は、ヨーコと一緒に助けに来てくれた人たちから漏れたものだ。総勢十人の隊だった。


 初めからあの場所にいた人たちは、自分たち三人以外に、あの赤ん坊を連れた女性を含めてたったの5人しかここにはいない。道中、死体と思しき残骸を見た。どれも食い荒らされた後で、肉片が散乱し原形を保っていなかった。

 それを遠くから見る分にはまだましだった。歩いていると不意に何かを蹴った。足元を確認すると、赤く濡れた丸いものが不満気にこちらを見ていた。それを見た瞬間に、昼に食べたはずの弁当が抗議の声を上げながら地面へ落ちる滝になった。


(くっそ……。でも、全員と言うには少ないな。他に逃げた人たちも無事だといいが……)


 あれからも、襲い来る眩暈めまいに必死で耐えて、何とか正気を保っていた。ここにたどり着くまではと懸命にムチ打ってきたが、どうやらそれも限界のようだ。


 目の前が急に反転し、清人は地面に倒れ込んだ。



 ――耳元が何やらうるさい。


「だからヤメロって言ってんだロッ、ヨミ! その無駄なデカチチをむしり取ってアタシに着けるゾッ!」

「ヒミズガミのしゅなんて、あれ掛けとけば一発なんだって! だから、ね、ハイ、紙コップ!」

「それはハチ毒の話ダロッ! それに迷信ダッ!」


 微かに木の匂いがする。指先に、シーツのような柔らかい感触があった。目を開けると例の二人が大騒ぎしながら取っ組み合っていた。


「清人くんっ! よかった……目が覚めたみたい」


 隣に座っていた美穂がほっとしたような顔をして、フウッと息を吐いた。


「オッ! 目が覚めたカッ! ちょっと待ってろ、今、この愚妹を黙らせるカラッ!」

「いや、だいじょ、え? ……妹?」


 上体をお起しながら返事をすると、意外な言葉が頭の中で繰り返され、清人は目を点にした。ヨーコの背丈ともう一人の女性の身長差は、優に二十センチ以上ありそうだった。もちろん、ヨーコの方が低い。それに身体つきが、成熟した大人の女性と、しょ――


 思うが早いか、目の前に火花が散った。頭の上にガツンという衝撃があった。


「あんた、今、ワタシの、このワタクシの姉上様に対して失礼なこと考えたでしょ? 目で分かったわ! あんまりナメてるとあんたの一物ちょんぎって、あのミミズ野郎のオークションにかけるわよ?

 いいこと? あの姉のフォルムはね、芸術なのっ! 見てよ、この相反する美! 年齢という殻を破ったそれは、可憐な乙女の様相で内在する気高さを包み込み、大草原を思わせる起伏のなさは、どこまでも突っ走ることを許すだけの器の大きさを示しているわ! まさに、生けるロリ――」


 女性は目が飛び出るほどの勢いで後頭部を殴打され、魂が抜け出るようにその場に沈んだ。


「ダレが『絶世の美女だけど胸がちょっとカワイイね』ダッ!」


(わ~お、予想の遥か上を行くポジティブシンキング)


 美穂は二人のやり取りを見て微笑ましそうな顔をしてはいるが、これはいつもの営業スマイルだ。頭の中ではきっと、和菓子を片手にお茶をすすりながら和んでいるに違いない。


「おう、オマエ。名前は――さっき聞いたな。キヨヒトだっケ? 隣の女がミホだったナ。ミホ、もう一人、帰ってくる途中でやたら話し掛けてきた軽薄そうな男、『カス』ダと言ったか」

「カスガです……」

「おっと、カスガだったカ。いや、まあどうでもいいヤ。オマエたち、遠目に見ていたが中々良い度胸をしているナ。ヒミズガミを初めて見て、向かっていけるニンゲンなんて早々いないゾ?」


「アタシは肝の据わったヤツは大好きダ」とヨーコは続けた。それにしても、春日に対して攻撃的な気がする。ここに来るまでに春日と何かあったのだろうか。


「いや、夢中だったんで……怖かったですよ」


 清人は正直に気持ちを言った。ヨーコの顔をよく見ると、金色のツヤのある髪に同じ色の眉、青天の空のように透きとおった瞳をしている。清人たちとは違う人種であることは明らかだ。ゴーグルを着けているが、不自然に頭の上までズラしているのが印象的だった。ここに来るまでの道で、この容姿に何も感想を抱かなかった。そのことが自分がどれほど追い込まれていたのかを、改めて感じさせた。


「お前たち客人マレビトは、アタシたちにとっても大切な資源だからナ。いつ来てもいいように、見張りを立ててはいるんだが、出現ポイントによっては、どうしても遅れてしまうんダヨ。キヨヒトはヒミズガミの毒にあてられたようだガ、なあに、アイツの毒は大したことナイ。すぐに動けるサ」


 体のことはまだしも、今、とても大事なことを言ったような……資源? 見張り? 出現ポイント? この頭と口は、まだ毒によって鈍くなっているようだ、と清人は結論付けた。


「あの、私たちが資源というのは、どういうことなんですか?」


 美穂が怪訝な顔をして、ヨーコに言葉を向けた。


「ああ、言い方が悪かったかもナ。現状を知ってもらえればすぐに仲間という言葉に変わるんだガ、それまではやっぱり……資源という言葉がしっくりくるんダヨ。ミホ、この部屋まで来る途中、この場所を見て何か感じたことはなかったカ?」


「えっと……こんなに大きな砦なのに、人の数がとても少なく感じました。家の中に居るのかなとも思ったんですが、それにしても活気がないような」


「その通りダ。今ここに居るヒトの数は、たったの百人しかいない。今まで九十ニ人だったんだが、オマエタチを含めてちょうど切りの良い数字になッタ。その中で、戦闘がデキルものが三十名。他は赤ん坊や幼子を含めた非戦闘要員ダ」


 ヨーコの顔が悔しそうに歪んでいく。清人も美穂も、何も言わずただヨーコの言葉に聞き入った。


「この砦、いや、要塞は、以前は一つの街のようだったんダ。それほどヒトが溢れていタ。今の数に百倍するヒトがここに居たのだかラ。それが……みんなヤツラに狩られて喰われてシマッタ」


「一人だけ外に出ているが、今はこれで全部ダヨ」と言うや、ヨーコは自分の拳を壁に叩きつけた。そして、そのまま吐き出すように言葉を繋げる。


「だからこソ、客人マレビトたちは仲間であり、資源なんダ。ヒトの数が十分でなければ、生産業が廃れ、生きていくための農産や、豊かに暮らすための経済が動かなくナル。逆に人的資源が増えれば、ヤツラに対抗する力もそれだけ増すことになるんだヨ」


 暫しの沈黙が流れ、清人が口を開いた。


「資源と仲間の差は、この世界の仕組みを知った上で、立ち向かう覚悟が出来るかどうか。ですか?」

「そういうことダ。ただここに居るだけでは、座して死を待つだけだからナ。モノと変わらナイ!」


 「全力で、抗わなければならないンダッ!」そうヨーコは言った。気迫のこもった強い言葉だった。清人の心の中に、その言葉が杭のように打ち込まれ、体の奥底へと刻まれた。


 カランッ! カランッ! カランッ!

 

 突然、鐘のような音が忙しなく鳴った。その音に気絶していたヨミもむくっと起き上がる。


「ヨーコちゃん、多分、さっきのヒミズガミよ。エサの匂いを追って来たんだわ。ヨーコちゃんは出撃した人たちと一緒に遊撃に走って。ポイントはこちらで指示するから。こういうこともあろうかと、残っていたみんなには対策を伝えてあるので安心していいわよ」

「さすがヨミ! それでこそアタシの妹ダッ!」


 ヨーコは壁に立てかけてあった大剣を手に取ると、逸る気持ちを抑えるように口を大きく息を吸った。そして、「よしっ!」と一言、鼓舞するように気合いを吐いて、勇んで部屋を出て行った。


 それを見送ったヨミは、清人と美穂の顔を交互に見た。そして、姉に絡んでいる時とは打って変わった落ち着いた声で、二人の客人に向かって口を開いた。


「あなたたちはどうする? 護られるか、護るのか。狩られるのか、それとも、狩り返すのか。幸なんてない、不幸ばかりだけど、ここにいる限り逃げ道はないわ。武器ならある。抗うなら付いてらっしゃい。壁もある。立てこもるのも一つの勇気よ? だからこそ、あなたたち自身で選びなさいな」


「どの道を行くかを」と言葉を結び、ヨミは部屋の外へと歩き出した。


「おーい、清人。目は覚めたか? なんか、みんなが急に慌ただしく――」


 ヨミと入れ替わるようにして、春日が部屋に入って来た。清人と美穂は、屈伸や背伸びをして、体の状態を確かめながらの準備体操をしていた。その中に、何も言わずに春日も加わる。清人は腕を十字に交差させ、腕の筋肉をほぐしながら口を開いた。


「なあ春日、明日の学園祭でギター弾くとか言ってなかったっけ?」

「そうなんだよ。この三ヵ月でみっちり鍛えた超絶弦切りテクニックを披露するチャンスだったんだがな。そのワイルドさに女の子たちが……のウッハウッハ大作戦も計画してたんだぜ?」


「美穂は喫茶店したかったろ?」

「うーん、そうだね。うちのお店の和菓子たちを披露するチャンスだったし。その美味しさにお店の新たなお客さんが……のウッホウッホ大作戦も計画してたのよ?」


 三人は顔を見合わせ、声を合わせて大笑いした。


「今回は残念だったけど、まあ、ウッハウッハもウッホウッホも、生きていればいつかできるさ。」


 清人がそう言うと、春日も美穂も同時に頷き、二人ともがすっと前に手を伸ばして重ね合わせた。清人もその手の上に、自分の右手をゆっくりと添える。次いで、スーッと息を吸い込むと、肚の底に力を溜めた。


「俺たちは……一人も欠けることなく元の世界に生きて帰るっ! 必ずだっ! 俺は、そのためにも前に進む、戦う覚悟を決めたっ! このデタラメな世界に、全力で抗ってやろうっ! 」

「おおっ!」

「オーッ!」


 三人で円陣を組むのはいつ以来だろう。幼い日の遠い思い出。清人は束の間の時に、想いを馳せた。

 

 『現在、砦内の人口百人。農業、工業、商業共に、目立った発展はなし』

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