スライとゴクシ
特にステータスが成長とかはありません。
ふるふるとスライが震える。ぼーっとそれを眺める。恥ずかしがっているのか良くわからないが少し激しく震える。それをまたぼーっと眺める。
今日はどうもやる気が起きなかった。
このところの日課になっているスライのエサ兼廃棄物を集めてまわる作業。さて、今日も行くかと進化して一回り巨大化したスライと迷宮住人の活動域を周り始めたのだが、割とよく見る顔となった住人達から祝福の言葉を貰った。
「おーっ! スライ、お前また進化したのかよ。早いなぁ。かなり優秀なスライムだなと思ってたがお前大物になるかもしれないな」
まず初めに会ったのが割と馴染みの雌コボルトの槍使いの人だった。人型だが身体中毛がふさふさで美醜は分からないが革鎧姿が何となく凛々しい彼女はスライを見て歓声を上げた。
「ええ、呪詛石を吸収したのが大きな経験になったみたいで生きた水とかいう珍しい種族になりました」
「へぇー。そりゃすげぇ。スライ、お前呪詛石何て食べて大丈夫だったか? 調子は悪くないか?」
大丈夫と、言うように彼女の言葉に激しく形を変えて答えるスライ。伝わるのか?
「うん、まあそれだけ元気そうなら大丈夫だろ。あんまり無理するなよ。そんな急いで成長しなくて良いからな?」
うん! というようにまた激しく体を震わせるスライ。まあもう廃棄物回収したしそろそろ良いか。
「あー用事も終わったし、そろそろ行きますね。スライ、行くぞー」
「あー分かった。スライ、またなー。進化おめでとう!」
スライの姿が見えなくなるまで彼女は見送ってくれた。
…あれ? 俺が進化したとき祝ってくれたっけ? というよりスライにはいつも話しかけてるが俺には特に話しかけられた覚えがない。
「お、その様子はまた進化したのか」
これまた割と馴染みのワーウルフの雌の人だった。小説とかでは男は顔は狼、女は人間の顔に狼耳なのが定番だがこの世界では男女ともに獣顔だった。そんな人とかけ離れた顔だから人には受け入れられなくて人族の敵として魔物側にいるのかもしれない。
「あー生きた水という珍しい種族に進化しました」
「そうか。スライ良かったなぁ。身体が透明で凄く綺麗だぞ」
有難う、というように激しく体をくねらせるスライ。その反応に気を良くしたのかワーウルフの人はスライの身体をよしよしと撫で
「スライ、こんなに早く進化したら上に目をつけられて冒険者共との戦闘に駆り出される可能性も出てくるかもしれないが、その時は無理するんじゃないぞ? お前は戦い以外でもきちんと役に立てるんだからな? 戦いなんざ私や男達なんかに任せておけば良い。お前は無理せずお前にだけしか出来ないことをやるんだ。いいな?」
分かった、とでも言いたげにまた震えるスライ。それを見て毛深い顔にどことなく優しげに口元を緩ませながらまた身体を撫でた。
「あーそろそろ用事も済んだし、行きますね。スライ、行くぞー」
「そうか。スライ! 今日も一日元気でな!」
バイバイ、というようにまたスライが身体をくねらせた。あれ? 俺とはまともに話した覚えが無い。
迷宮住人はスライの進化を喜んでくれた。ただいつも以上にスライに意識が向いて俺に対する言葉が少なかった。
よくよく考えなくても俺よりスライの方が明らかに迷宮住人にとって好感度が高かった。確かにここ数か月特に何かを話した覚えもないし、仲が進展するようなこともした覚えが無い。だが、いつも俺と一緒にいたはずのスライとどうしてここまで差が出たのか。コミュ障は自覚しているし、特に誰かと仲良くしたいわけではないが進化したてのスライにだけに話しかけられて俺はいつもより酷いスルー。当然の結果ではあるんだがどうしてだろう。意外に堪えた。
……よくよく考えたら俺がいなくてもスライ一人で廃棄物処理出来るし、どれだけ行動範囲が広がったのか分からないが俺とある程度離れても大丈夫になっている。迷宮住人と仲が良いのもスライだしもう俺は正直いらないよな。
明日はゲラーさんに言って休ませてもらおう、自分の部屋で水魔術と新しく取った雷魔術の練習をするんだ。
ふるふるとスライが震える。ぼーっとそれを眺める。恥ずかしがっているのか良くわからないが少し激しく震える。それをまたぼーっと眺める。
今日はどうもやる気が起きなかった。
今日はお前ひとりで回って来てくれ、と言ったし言葉は通じていると思うのだが行かないの? とばかりにこっちを向いて離れてくれない。いや、今日はお休みです。自室練習だ。
「スライ、さっきも言ったがお前は今日は一人で迷宮中を回ってくるんだ。大丈夫だ。俺がいなくてもお前がいれば全く問題ないし、やれるはずだ。頑張れよ」
「今日は遅かったな」
「いえ、少し用事があったので」
結局離れてくれなかった。スライが離れない以上俺が動かないといつもの回収作業が出来ない。半ば迷宮内での俺たちの役割になりつつある回収を気が向かないから、で放棄するわけにもいかず浮かない気分のまま外に出る羽目になった。もう自室で熟練度上げしておけばいいやと思ったのにスライが離れてくれないのだから仕方ない。
「まあ、お前にも都合があるのだろうがあまりこちらも疎かにするなよ」
「ええ、そうですね」
よくよく考えてみれば、水と魔石でスライを生成して今まで、一度もスライと離れた覚えが無い。召喚生物で離れられないというのはあったが、ひ弱な自分の強力な護衛としておく意味もあったし、そもそも離れて活動する意味が無かった。こうしてコミュ障の分際で他人からスルーされたのに臍を曲げてスライに仕事を任せて自分は部屋に籠ろう、なんて考えなかったら離れる理由が無く疑問に思うこともなくいつもいっしょだっただろう。
「まあ良い。スライ。お前も気分がすぐれない日はあるだろうが完全にサボるのはやめておけよ。一度始めたらずるずる延びて癖になるからな」
今まさに俺がそうなりかけているんですが。どうして俺じゃなくスライにその話を?
……いや、まあそれは仕方ない。それはともかくスライがこの調子じゃサボり癖はつかないか。ひよこが最初に見たものを親と思うように、スライにとっては俺が親代わりでそばにいるべき存在なのだろう。まあ愛想をつかされる可能性は高いが、それまでは一緒だろう。だから俺が何かしなければスライも動かないのだ。
それに、そういえば決めたじゃないか。少しずつでも努力すると。なのに引きこもりの俺が部屋に籠ったらなんだかんだと理由をつけて次の日も、その次の日も何もせずだらだらとしているに決まっている。スライがいたからそんな引きこもりのきっかけが潰れたのだ。スライは生まれてから俺といつも一緒で俺といるのが当たり前、くらいの感覚で離れろと言っても離れなかったのだろうが、無自覚に俺の怠け癖に喝を入れた形になった。
「では行きますね」
「ああ、ではな。スライ、今日も一日元気でな」
長々と何かスライに話しかけていた雌のワーウルフさんの話を切り上げて俺たちは歩き出した。
「あんまりだらけたところは見せられないなぁ」
考え込む俺をどうしたの?とばかりに触手?を顔に近づけてくるスライにいや何でもないと手を振りながら今日の作業が終わったら何をするかを俺は考え始めた。
前世からの怠け癖は治っていないのは間違いないが、いつも近くにスライがいて。
俺が動かないと頼りになって迷宮で仕事が出来るスライも動き始めないのだから、サボるのは無理だろう。いつかスライも自立というものを覚えるのかもしれないが、今はちょっと無理そうだ。仕方ないからそれまで俺が動くしかないな。
主人公がみんなのアイドルとかにはおそらくなりません。だいぶ先にもしかしたら大召喚術師ゴクシと強大な使い魔スライ、とかスライと対等扱いにはなるかもしれませんが人望があることは無いでしょう。
今はスライのおまけです。