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優しい王子様との相愛数  作者: 蓮冶
□TWO LOVE□
7/20

■大波乱な放課後■

 転校初日の学校はあっという間に終わり、気がつけばホース片手に只今掃除真っ最中。

「あ~、しまった!! ホウキとチリトリ取ってくるの忘れた~!!」

 叫ぶ女子の声は女子トイレ中に響きわたる。

「なら、取ってくる」

 俺は手洗い場に持っていたホースを置いて返事をした。

「あ、じゃあたしも一緒に行こうか?」

 同じ班になった沙耶サヤは、おそらく転校初日で倉庫の場所はわからないとふんだんだろう。言葉をかけてくれた。

 その言葉は嬉しいが、俺としては掃除なんて面倒くさいものはさっさと済ませるにかぎる。

 俺が箒とチリトリを持ってくる間にも掃除をやっていてくれた方が嬉しい。

「ひとりで平気。場所は覚えた。一階の校舎と少し離れたところにある倉庫だろ? 行ってくるよ」

「うん、そう。一階の砂利道を通った階段横の倉庫だよ、助かる~。その間に水撒いておくね~」

 後ろでに女子の声を聞きながら、俺は三階の女子トイレから一階の倉庫へと足を向けた。


花音カノンちゃん、み~っけ」

 居心地の悪い倉庫をひたすら手探りで探し物を物色していると、ふいに男子独特の太い声が聞こえてきた。

 声と共に現れた影によって、視界はさらに悪くなる。

 何事かと思い、入り口を見れば……ここからでは逆光でよく見えないが、やはり男子だろう。三人が小さな入り口を塞いでいた。

 男子三人組みは威圧的な雰囲気をしている。

「なに? わたしに何か用? 今、忙しいんだけど。そこ、どいてくれない? 暗くて倉庫の中が見えないんだ」

 俺は臆することなく立ちはだかる男子三人にそう言った。

「そういうこと言っていいのかな?」

 ツンケンしている俺の言葉に、三人のうち一人が中へと入ってきた。


ぐいっ。

「!!」

 探し物をしている伸ばした手をいきなり掴まれる。

「放して!! わたしは今、アンタらと遊んでいる暇ないんだ」

 さっさと鬱陶しい掃除を終わらせたい。

 そればかりを思っている俺は掴まれた腕を振りほどこうと力を入れる。

 俺が抵抗すれば……。


ぐぐぐっ。


 掴まれた腕に力が入った。

 腕の骨がミシミシと音を立てて痛みを訴えてくる。

「放せ!!」


バシッ。

 俺は掴まれた腕を乱暴に振り払い、相手を突き飛ばした。

「ぐっ!!」


 ガララララッ……ガコン!!

 男子の漏らした苦痛の声と共に、何かにぶち当たる音と鉄の棒が倒れる音が聞こえた。

「痛ってぇ……何しやがんだ!!」

「おい、大丈夫か?」

「ああ、痛ってぇ……」

「大人しくしてたらこの女…………」


 なんだ?

 やるのか?


 罵声バセイをあげて、今にも向かってきそうな勢いの男子に、拳を構える俺。

 いつ殴って来られてもいいように、意識を集中させる……。

 俺と男子三人の間から冷たい空気が流れた。

「おい、待てよ。こっちから暴力をふるえばあの人の思うようにはいかないだろう?」

 殴りかかろうとしている男子を、ひとりの男子が制した。

『あの人』

 その言葉で、第三者からの言いつけでこんなことをやっているんだと気がついた。


――あの人? こいつら誰かのまわし者か? いったい誰が――――。


 そう思うと、ひとりの人物が頭によぎった。

 月夜に好意を抱き、月夜の父親と仲がいい親を持つ彼女。

『いい気にならないで』と俺に言い放った彼女。


――藤堂トウドウ 美影ミカゲ


 彼女の名前が……。


葉桜ハザクラ 月夜ツキヤ

 藤堂 美影について考えていると、突然向かい合っている男子から名前を告げられた。

 とたんに俺の身体がびくりと反応した。


……何か……とてつもなく嫌なことを言われるような気がしたからだ。

「許婚のお前が暴力をふるったってバレたらさぁ、彼はどうなっちゃうんだろうね~。花音ちゃんの大事な大事な旦那様はさあ、華道のお家元だろう? あ~あ、大変だろうな~」

「何が言いたい!?」

 俺は男の醜い考えから怖気づかないよう、声を振り絞った。

 だって、負けたくないんだ。こんな、卑怯な奴らに。


 俺は男子三人をニラんだ。


「葉桜 月夜と許婚だと困る人がいるんだよ。だからさあ、離れてくれない?」

「………………」

 そりゃ、離れたいっていうか……許婚を解消してほしいと思ってるけど、他人から言われるのって、なんかムカつく!!

「嫌だって言ったら?」

 苛立ち紛れにそう言えば……。

「じゃぁ、仕方ないよね」


ガチャリ。


 その言葉を合図に、倉庫の扉が閉まった。

 するとオレンジ色の夕日は消え失せ、世界は黒と灰色の世界になった。


 その瞬間。


 両腕と足、それに腰を固定され、身体は動けなくなる。

「はなせ!!」

 自由がきかなくなった身体をどうにか解くことは出来ないかとよじって抵抗を試みる。

 だが、やはり男子三人ともなると自分ひとりの力では太刀打ちできない。

「暴力はふるわないからさ」

 俺の耳元で、ひとりがそう呟いた。


 たしかに、暴力はふるわないだろう。

 けど……この状況はヤバいだろ!!

「っつ!!」

 俺は唇を噛みしめて、再度もがく。

 男三人に迫ってこられて気持ち悪さがピークに達する。


 だけど……。


しゅるっ。


俺の抵抗もむなしく、リボンが解ける音がした。

……今朝、月夜が結んでくれたリボンが……………解けたんだ。

 それを思うと、俺の身体はなぜか力が入らなくなった。

 首元は冷たいジメジメした空気にさらされる。

 俺が抵抗できなくなることを悟ると、別の男子が俺の足をなぞってきた。

 次第に太ももからスカートの中へと入ってくる。

「っつ!! いやだ!! はなせっ!!」


マズい!! 俺が男だってバレる。

――いや、この際だからバレてもいいのか?

 いやいや、ここでバレたらマズいだろう?

 家族全員路頭に迷うことになる。


 俺の中でそんな葛藤が繰り広げられる中でも、相手は待ってくれない。

 また別の男子がブレザーのボタンを引き千切っていく。


ブツリ、ブツリ。


 その生々しい音が俺の耳に入ってくると、俺の頭は思考するのを止めた。

 俺の中に取り巻くすべての恐怖が襲ってきたんだ。

「いやだ。助けて!! つきやああああ!!」

 頭の中が真っ白になった俺は、とうとう彼の名を叫んだ。


バンッ!!


「何をしている!!」

 一気に明るくなる視界と共に、凛とした男の声が俺の耳に入った。


 この声は……知っている。


 月夜だ。


 突然扉から聞こえた声で、男子たちの手は俺から離れた。

「花音!! お前たち……」

 月夜の表情は逆光で見えないが、声音がとても怒っているようだった。

 常に穏やかな言葉を放つ月夜の声とはまるで別人だ。

 いつにも増して低い声だった。

 そんな月夜の雰囲気は、相手を今にも殴りかかりそうだ。


――だめだ、月夜。

 こいつらを殴ったりしたら!!


自由になった俺は月夜の元へと走り、しがみつく。

 殴るなと、その意味をこめて……。

「花音!?」

 困惑する月夜の声が俺の頭上から聞こえる。

「殴ったらだめだ!! 月夜が……苦しい立場になるから!!」

 俺は必死に月夜にしがみつく。

 不利な立場にならないようにと願って……。


「くっそ!!」


 そんな俺と月夜の側を横切って逃げる男子三人組がドタドタと忙しない走り去る音を耳の端で聞きながら、俺は月夜に暴力を振るわないでとしがみついた。

 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、月夜はただ漠然と俺を見つめている。


……シン。


 再び静かになった倉庫。

「怪我は? ……何も……されてない?」

 月夜は俺の身体を自分から放し、表情を確認する。

 声はいつものように優しく、穏やかなものに変化していた。


 なぜだろう。


 月夜の……この声を聴くだけで、目頭があつくなって、泣きたくなるんだ。


「へいき……。ただ…………」

「ただ?」

 俺は壁の側に落ちている解かれた胸元にあったリボンを見つめた。

「月夜が結んでくれたリボン……はずされた……」


 なぜだろう。


 男だとバレて嘉門カモンさんから詐欺だと訴えられ、家族が路頭に迷うとか……。

 男に襲われるとか。

 そんなことより、リボンが解かれたことが……俺の中で一番悲しい出来事だったんだ。

「……まったく……君は。リボンなんていつでも結んであげるよ」


 ぎゅっ。

 俺の身体があたたかい体温に包まれる。

 月夜に抱きしめられたんだってわかった。

 そしたらさ……俺の心の中に溜まっていた悲しみが一気にあふれ出るんだ……。

「………………怖かった…………」

 男だとバレることが――。

 詐欺だと訴えられることが――。

 家族全員が路頭に迷うことが――。


――そして……。


 月夜の名誉が俺の所為セイで傷つくことが――。


 何もかもが怖かった。

 言った声は震えていく……。

「ああ、もう大丈夫だ」

 そう言った月夜の手が腰にまわる。

 恐怖で冷えきった身体を包んでくれているんだ。

 俺の胸の中で優しく、あたたかいものが一気に流れ出てくる。

 俺は月夜のあたたかい体温を感じながら、ずっとしがみついていた。

「月夜? そういえば、なんでここにいるの?」

 ひとしきり泣いた後、どうにか涙は止まった俺は月夜に訊いた。

「ん? ああ、山本さんに教えてもらったんだよ。戻ってくるのが遅いからって……」

「そうなんだ……」

 沙耶が……。

 たった半日、話しただけの相手に気を遣ってくれる沙耶の気持ちが嬉しい。

「それと、山本さんからの伝言。箒とチリトリはもういいから、今日は帰っていいよってさ……」

 沙耶には明日、『ごめん』と『ありがとう』を言わなくちゃな。


ふわり。


「?」

 そう思っていると、俺の肩に柔らかい布がかぶさった。

 月夜が俺の肩にブレザーをかけたんだ。俺よりも少し大きな…………月夜のブレザーが……。

「月夜!!」

「寒いでしょう? 着ておきなさい」

 ニコリと微笑む月夜に、思わず『うん』とうなずきそうになる俺。だけど――。

「だめだって!! わたしのはここにあるから!!」

 無残に引き千切られた所為でボタンはなく、今や真っ白いカッターが見えているブレザーを示した。

 そのブレザーを見ると、またさっきの恐怖が襲ってくる。

「これは……あとでボタンをつけ直そう」

 月夜も俺の心情を知ったのか、間を置いて言葉を繋げた。

 そして、身に着けていた哀れな俺のブレザーを器用に身体から抜き取った。

「……月夜? それじゃ、月夜が寒いじゃないか!!」

 俺が月夜の手からブレザーを奪い返そうと手を伸ばせば……。

「う~ん、あたためてくれる?」

「へ?」

 月夜の言葉に間の抜けた声を出してしまった。

 俺が呆然としていると…………。


 ぽすん。


「うわっ」

 腕が引っ張られ、気がつけば月夜の腕におさまっている。


 だけど不思議だ。

 さっきもそうだったけど月夜に抱きしめられても何も思わないんだ。

 さっきの奴らには気持ち悪いとか思ったのに……俺、どうしちゃったんだろう。


――俺……絶対変だ。


 そう思いつつも、それが当たり前だと思う自分がいる。

 おかしいな。

 どうしたんだろう。

 わからない。

……だけど、たしかに思えることは、もう少し……このまま……。


 こうやって月夜の体温を感じたい。

 このままの体勢で……もう少し……俺の中にある恐怖心を取り除いてほしい。


 ただ、それだけだ……。

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